第8話 復習

桃は、俺が自分の事を話したという事もあり、スラスラと自分の事を話してくれた。


母が過去に行きたい大学に行けず、学業で苦しんでいた事。


そんな辛さを娘に経験して欲しくない為、学業に厳しくなっている事。


父は口数が少なく、それ程交流をしてない事。


聞けば聞く程、桃の家も問題だらけである事がわかる。


だが、桃はそんな自覚がないのか「白亜と比べたら本当に些細ささいな問題だよ」といって微笑んだ。


「些細なんかじゃない」


何で笑っていられるんだ。


充分に大問題じゃないか。


「このままでは桃が壊れてしまう」


「そんな、大袈裟おおげさな」


「大袈裟なものか!」


そう声を荒げると、桃の表情が固まった。


そうだ、笑っている余裕なんてない。


「桃は、自覚してないだけでどんどんと親に毒され、洗脳されていってる。

自分が悪くもないのに、自分を責め、自分を追い詰め、自分の感情を殺しているんだよ。

思い出してご覧、初めて俺の家を尋ねた日を!

あの時、何故家に帰りたくないと思った?

親に、恐怖を感じていたからじゃないのか?」


「それは……」


「自分に悪い部分があったと、思い込めば余計な事を考えずに楽だろうさ。

だが、それでは根本の解決にはなってない。

親の綺麗事に惑わされたらダメだよ、もっと内側を見ないと!」


桃の目が左右に揺れ、泳ぎ始める。


動揺しているのなら、それは迷いがある証拠。


なら、このまま一気に言葉を畳みかけて、正気に戻してやるんだ。


「桃の母親は、過去に勉学で失敗し、その尻拭いを娘に押し付けている。

父親は、それを知っておきながら知らぬふりをして、自分はその問題に関わらない様にと逃げている。

そんな自分勝手な世界で、少し息抜きをしたぐらいで怒られるなんて、桃は自由を奪われているのと同じだよ。

今はまだ、桃が大人しく従っているから問題は小さいのかもしれない。

だが、こんなハリボテの関係はいづれ簡単に亀裂が入る」


「そう……なの?」


「あぁ、俺は……嘘はつかない」


桃の頬を撫で、肩を掴むとそのままソファーに押し倒す。


体を起こし、横に倒した桃の上に足を広げて上にまたがった。


動揺する桃の頭を優しく撫で、顔を近づける。


「亀裂は徐々に広がり、やがて娘である桃に牙を剥く」


そう言いながら手を滑らせ、首元を優しく撫でると、そこに唇を落とした。


ピクリと桃が震え、俺はゆっくりと顔を上げる。


「俺は、桃に苦しんで欲しくないんだよ……

それとも、俺の事が信じられない?」


甘えるように弱々しく、それでいて刺激しない様にゆっくりとした言葉で桃に問いかける。


「違う、そんな事はない!」


すると桃は、そうハッキリと俺に答えてくれた。


ほら、やっぱり桃はわかってくれる。


「ありがとう、桃ならわかってくれると思った」


そういって桃の唇にキスをすると、ソレは徐々に深みに入り、熱を帯び始めていく。


「自由にして良いんだよ」


唇から離れ、火照る桃にそう言うと、俺はゆっくりとその体を撫で下ろしていった。


「ま、待って……ここってカメラがあるんだよね」


「……そうだね」


そうだった、ノッポのせいで桃にカメラの事を知られていたのだった。


俺は下半身に滑らせようとしていた手を止めて、体を起こすと、桃に手を差し出し、倒れていた桃をゆっくりと起こす。


そして又隣同士に座ると、桃は服を整えながら顔を赤らめさせ、俺から目を逸らした。


次は寝室にするか。


「あ、あのさ……1つ聞いても良い?」


「ん?」


「前、親が見守ってくれてるって話した時、とても生き生きしていた様に見えたけど、白亜の過去を聞いたら、あの時の表情は私なら出来ないって思って……」


「そうかな?」


「うん、ソレに監視カメラの前でこんな事してるの見られたら、絶対両親は怒るはずなのに、白亜は気にした様子もないし……

あ、嫌って訳じゃないんだよ‼︎」


桃は落ち着かない様子のまま、疑問点をゆっくりと口に出していく。


成る程、俺の話をよく聞いている。


「凄いね、俺の言葉にそこ迄真剣に向き合ってくれていたんだ」


そう言うと、血色の戻りかけた桃の表情が、また赤く染まった。


そうだな、もう桃には話しておいた方がいいだろう。


「実は、今の親は前の親と違うんだ」


「……え?」


桃の表情が、固まる。


「母さんは父さんと一緒に、俺の手の届かない遠くに行ってしまってね、取り残された俺は今新しい母さんに助けてもらっているんだよ」


「それって……」


「どうかした?」


俺は何かおかしな事でも話したのだろうか。


「ううん、何でもない。

じゃあ、今は幸せなんだね?」


「幸せだよ、世界が見違えたみたいに明るくなってね。

監視カメラをあまり気にしないのも、新しい母さんが優しいからなんだ。

だからこそ、桃にもこの幸せを感じて欲しい」


「そっか、ありがとう。

……なら、私も頑張らないとね」


何だこの違和感は。


優しく微笑む桃の表情、それは俺の好きな表情である筈が、何か以前と違う感覚がする。


そう、まるで貼り付けられたかのような浮いた笑顔。


桃はこんな表情をする様な女性だっただろうか。


いや、そんな筈はない。


「何か、無理してない?」


そう問いかけると、桃の肩が小さくピクリと震えた。


「そ……そんな事はないよ、私は白亜が幸せならソレが1番だと思うの。

そんな幸せを私も感じれたらと思うよ」


「本当に?」


「本当だよ、だからコレからは私達で幸せを掴んでいこうね」


何だ……びっくりした。


桃はそんな事を考えてくれていたのか。


てっきり俺を拒絶したのかと思ったが、そうだな、桃に限ってそんな事をするわけがない。


何故なら、桃は俺に愛を与えてくれると約束してくれたのだから。


「そうだね、俺も頑張るから、一緒に幸せを掴もう!」


「うん」


互いの意志を確かめ合い、俺はその唇に優しく口付けを交わす。


そこで、俺達ふたりの幸せな時間は終わりを迎え、桃を玄関まで見送った後、俺はひとり静かな一軒家の中に取り残された。


聞こえるのは掛け時計の秒針の音と、自身の服が擦れる音。


意識すれば、呼吸音までしっかり聞こえる程の静寂。


……寂しい。


突然膨れ上がる孤独感に言いようのない不安が押し寄せてくる。


コレまで、こんな思いをした事があるだろうか。


いや……ない。


食器を片付け、静寂の中ひとりでテーブルを拭くと、そこに水が一滴、滴り落ちた。


「……あれ」


視界が歪み、顔に手を触れさせる。


泣いてる。


俺は、いつの間にやら目から涙が溢れ出している事に気づき、急いで涙を拭いた。


どうしてしまったのだろうか。


分からない。


先程までの鬱陶しいと思っていたクラスメートのあのふたりですら、今は恋しいと思えてしまう。


おかしい、何か俺の中で壊れてしまったかの様に、涙が止まらない。


溢れ出す涙はテーブルを拭けども汚し、胸の内にある不安が広がり始める。


寂しい、嫌だ、嫌だ、ひとりになりたくない。


不安が爆発しそうになった次の瞬間。


突如、携帯が静寂の中で鳴り響いた。


画面を見ると【汐淵 茜】の文字。


母さんからだ。


急いで通話ボタンを押して耳に当てる。


「母さん!?」


『随分楽しそうだったわね』


「うん……楽しかったよ。

ねえ、母さんは今日も帰って来ないの?」


『ごめんなさいね、ちょっとこっちも忙しくって』


「……そっか」


やっぱり、今日も俺はひとりなのか。


『それより、貴方が欲しがっていた情報だけど、全部調べがついたわよ』


「本当に!?」


『えぇ、今から話すからメモの準備をして頂戴』


「わかった!」


良かった、コレでようやく桃を解放できる。


母さんから欲しかった情報を手に入れ、ソレをメモすると、急いで電話を切り、別の番号にかけた。


何回も何回も何回も何回も何回も、同じ番号に繰り返し着信を続ける。


もう、こんな孤独感にさいなまれるのは2度とごめんだ。


桃とあんな寂しい別れを経験しない為、俺はその日から計画を実行に移した。


それから、1週間。


何度か学校に行く機会にも恵まれて、その中で桃を観察していると、日に日にやつれているのが分かる。


少しづつ成果が出てきているのだろう。


「おい、リバーシ……お前の彼女、大丈夫か?」


学校での休み時間、ノッポも桃の変化に気づいたのか、不安気に俺に問いかけてきた。


そういや、コイツは以前俺の家で桃を守るなどと言う事を口にしていたな。


コレは、余計な事をされないように、直接釘を刺す必要があるか。


「何か家庭内で揉めてるみたいだよ。

でもそう言う込み入った部分は、俺たちが手を出して良い領域じゃないと思うんだ」


「だが、それだと彼女は辛いだろ」


「そうだね。

だから、ガス抜きで偶に愚痴を聞いてあげてる。

彼氏だからね、家庭の事情とかも話しやすいんだと思うよ」


突き放すように答えると、ノッポは「まあ、吐き出す場所があるなら良いんだが……」と口では納得したように答えながらも少し不満げな表情をし、俺から離れた。


そうだ、お前の出番はココにはない。


もう、過去の肝を冷やしたあの体験は懲り懲りだ。


そんなノッポの対策の事もあり、色々と手こずっていたが、コレで準備は整った。


授業が全て終わり、カバンを手に取ると、隣のクラスへと向かう。


「桃!」


声をかけると、桃はピクリと反応し、コチラを向いた。


「一緒に帰ろ」


そう言うと、桃はやつれた顔で、俺に微笑みかけてくれた。


「大丈夫?」


共に帰る道すがら、うつむき気味に歩く桃に問いかける。


「……うん、結構辛いかも」


「そっか、俺の家に着いたらゆっくり話しを聞くから、それまで我慢してね」


「うん」


桃の声がこもる。


しっかりした子の為、公衆で涙を晒したくはないのだろう。


必死に堪えているのか、俺の手を強く握って来る。


だからこそ俺は、それを優しく握り返した。




家に着くと、桃を今度は寝室に招き入れ、ベッドに座らせる。


「飲み物、取ってくるね」


そう言って振り返った瞬間、ブレザーの裾を引っ張られ、行動を止められた。


「いか……ないで」


小さなその声に、我慢が限界まで達した事が理解出来、俺はそのまま桃の横に腰を下ろす。


「頑張ったね」


たった一言口に出した瞬間、桃の緊張の糸は切れ、遂に大声をあげて泣き始めた。


過去、俺の為に泣いてくれた時とは比べようもないほどの号泣に、桃がコレまで相当辛い想いをしていたのが分かる。


あぁ、なんと可哀想な桃。


小柄なその体型すら、今は更に小さく見えてくる。


「ごめんね、俺がもっと早くに気づいてあげられたら」


泣きじゃくる桃を抱きしめ、謝罪を口にすると彼女は「白亜は悪くない」と言いながら更に泣いた。


惨めで、可哀想な可哀想な桃。


だから言っただろう、“こんなハリボテの関係はいづれ簡単に亀裂が入る”と。





俺が少し手を加えただけでこのザマだ。


ひとしきり泣いた桃は、漸く落ち着きを取り戻し始め、涙で汚れた顔をティッシュで拭き取り呼吸を整え始める。


「落ち着いた?」


「うん……ごめんね」


桃は、涙で野暮ったくなった顔をしながらも答える。


もう、これ以上は桃にも負担だ。


明日で終わらせた方がいいだろう。


「何があったか教えてくれるか?」


そう聞くと、桃はゆっくりとコレまでに起きた出来事を話し始めた。


最近電話が頻繁に鳴る事。


その電話がきっかけで、両親が神経質になって来ている事。


そして、連鎖するかの様に父親の職場ではトラブルが続き、母親と衝突する事が増えた事。


その衝突が遂に飛び火するかの様に、桃自身も怒鳴られる事も増えたそうだ。


家庭は崩壊寸前で、今では桃は家に帰る時間になると、軽い過呼吸を起こすほどの拒否反応が出ている。


「なんで……こうなっちゃったのかな」


最後に桃はそう言葉を締め括ると、又その目から涙が溢れ始めた。


桃の涙を柔らかいハンカチで拭きとってやり、頭を優しく撫でる。


「今日は、このまま泊まっていく?」


そう問いかけると、桃は少し驚きながら此方を向いた。


「今、桃の両親は正気ではないのかもしれない。

そんな、負の感情に当てられ続けたら、流石にしっかりしてる桃でも耐えられないと俺は思う」


弱りきり、救いを求めて来ている今だからこそ、甘やかす。


「たまには、自分を労ってストレスから解放される時間も必要だよ」


「甘えて……いいのかな?」


縋り付くような、か弱い問いかけ。


「勿論だよ」


桃にそう答えると、額にキスをして優しく微笑んだ。


そうだ、君の家はコレからココなのだから。





それから泊まる事を決めた桃は徐々に心の安定を取り戻し始め、夕食を共に食べ、風呂から上がった後にはもう、いつもの笑顔に戻っていた。


多少無理しているのは分かるが、本人なりに前を向こうとしての結果なのだろう。


「そういえば、白亜の……お母さんだっけ、今日も来ないの?」


夜、寝る時間になっても誰もこの家に人がいない事が不思議なのか、桃がそんな事を聞いてくる。


「そうだね、だから正直桃がここに居てくれるのは本当に嬉しいんだ」


「そっか、じゃぁ今回のお泊まりは、お互いの為になった結果だったんだね」


サイズオーバーの俺の服に身を包み、儚げなに微笑むその姿は、あまりにも刺激的で、理性が自分の中で簡単に壊れて行く音が聞こえてくる。


「そうだよ、ココは幸せな空間なんだ」


桃の唇に自分の唇を重ね、舌を絡ませ、徐々に手を下に滑らせて行く。


そして、そのままベッドに押し倒すと、桃は全てを委ねるかの様な姿で仰向けになった。


「今日はカメラもないし、最後まで良いかな?」


「……うん」


頬を赤く染めての小さな頷きに、俺は桃の着ている服に手をかける。


あらわになる素肌に指を滑らせて、優しく噛み付くと、桃は「んっ」と甘い吐息を漏らし、脈拍が上がる。


もう、止めるものは何もない。


絡み合う関係は激しさを増し、快楽に溺れた人間は知性を奪われ、獣のように更に深みを求める。


「白亜っ……はく、あっ……」


桃は縋り付く様に何度も俺の名前を呼び、俺はそれに応えるようにテンポを上げた。


そして、ここで更に甘い言葉を加える。


「俺は、何があっても桃の味方だよ」


「うん……知ってる」


潤んだ瞳で微笑む桃の視界には、もう俺しか映ってない。




こうして、汗と、愛液に塗れた長い夜は終わり、疲れ果てた桃は、幸せそうにベッドの上で寝息を立てていた。


寝顔の可愛さから、そっとその髪に触れる。


やっと一つになれた。


喜びに自然と頬が緩んでいくのが自分でも分かる。


だが、コレはまだ終わりではない。


「さてと、第二段階と行くか」


体を拭き、服を着替え、引き出しから封筒を取り出すと、桃が起きない様に慎重に部屋を出る。


そして階段を降り、玄関から外に出ると、フードを深々と被り、夜の世界へと溶け込んで行った。


向かう先は、桃の実家。


長い夜道、鼻歌を楽しみながら可能な限り人目を避けて歩き続けると、遂に目的の家にたどり着く。


ポストに封筒を投函とうかんし、直ぐにその場を離れ、帰り道を歩きながら、いつもかけている電話に着信した。


中々繋がらず、何度も何度も着信を繰り返すと、漸く繋がり、ほっと胸を撫で下ろす。


『もう、いい加減にして‼︎』


「ポストに大切な手紙が入ってますので、ご確認下さい」


繋がったと同時に女性に怒鳴られたが、俺は要件だけを伝えると直ぐに通話を切った。


明日が楽しみだ。

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