第13話 ライバル

翌朝天候は少し良かったが、日の出前にフードを被り出かける事で、何とか問題なく登校する。


こうしてそのまま桃と共に彼女の通うクラスに向かうと、そこには早い時間であるのにも関わらず、人影が2つある事に気づいた。


ふたりは桃の机の前で何かをしている。


成る程、朝から行動を起こすとは、虐める側も色々と頑張っているのだろう。


そして、その状況を目の当たりにした桃はと言うと、別に驚くでもなく静かに見ていた。


つまりは、慣れてしまっているのだ。


不満が自然と行動に反映され、俺は教室の引き戸を勢い良く開く。


瞬間、2つの視線が一気にコチラに向けられた。


「君達、楽しそうだね」


そう言うと、ふたりの女子生徒があからさまに動揺しだし、何かを後ろに隠す。


「く……黒田君、どうしたの?」


「どうしたって、君達に会いに来たんだよ」


教室に足を踏み入れ、ふたりに近づくと、ふたりは逃げる様に後ろに一歩下がる。


「何故逃げようとするんだ?」


「えっと……」


問い詰めれば俺から視線を逸らし、言葉を濁し、苦笑いで誤魔化そうとする。


何もかもが低俗のやる仕草。


許せない、こんな奴が桃をけがしていいわけがあるか。


「ねえ、何故俺の彼女を虐めるの?」


質問しながらも、更に近づく。


「何故、そんな陰湿な事しか出来ないないの?」


「……」


「何故、そんなに自分の事しか考えられないの?

何故、俺達の愛の邪魔をするの?

何故、そんなに身も心も不細工になれるの?」


どれだけ質問を重ねようと、ふたりとも一つも答える気配を見せない。


「じゃ、これだけは答えてくれるかな」


ふたりを追い詰め、互いの距離が近くなり、そんな時に最後の問いかけ。


「何故、平気な顔で生きてられるんだ?」


そう聞いた瞬間、背後からコチラに向かって走り寄る足音が聞こえ、俺の肩は強く掴まれた。


そのままの勢いで引っ張られ、振り返ると、そこには息を切らしたノッポの姿。


「お前……何で、今日学校に来てるんだ。

今日は晴れだろ」


「おはよう、もう登校してたんだ」


そう答えると、ノッポの視線は俺の近くに居たふたりの女子生徒の方に向けらる。


「……彼女らは、何かしたのか?」


「桃を虐めている人達だよ。

さっき桃の机に何かしようとしたから問い詰めていただけ」


「成る程」


ノッポは状況が納得出来たのか、俺から離れて、ふたりの女子生徒の方を向く。


「何よ、アンタも私達に何か言いたいの?」


女子のひとりがノッポに向かって強気に返しているが、あからさまに震えているのがわかる。


「今の話、本当なんだね?」


「アンタには関係ないでしょ!」


ごもっともな反撃だ。


さて偽善者のノッポは、この状況で彼女らに何を言うのだろうか。


「関係ないと、他人を切り捨てるのは簡単だ。

だが、それで解決するかもしれない問題を無視して、何かあったらどうする。

俺は……何かあった時、何も思わない程心は強くないからな」


ノッポはそう言うと、ふたりに優しく微笑みかけた。


「辛かったよね、好きな人が他人に取られて……

でも、それで虐めていたら好きだったその人にまで嫌われて、余計に君達が苦しくなるだけじゃないか。

もう……そんなに自分を追い詰めるな」


「や、やめてよその言い方」


ノッポの言葉に、ふたりの固まっていた表情が徐々に崩れていく。


「だって……私たちはずっと我慢していたのに、あの女が……」


ふたりの手から、マジックとカッターが溢れ落ちる。


コイツら、それを使って桃に何をするつもりだったんだ。


流石に一言言ってやろうと前に一歩足を踏み出した途端、ノッポの片手がコチラに伸び、行手を阻まれる。


そして、コチラに訴えかけるような“手を出すな”と言う視線にとっさに動きを止めると、ノッポは又話し続けた。


「そうだね、君達の事情は事前に聞いていたから俺も知っている。

因みにそのファンクラブには桜木さんは入っていたのかな?」


「……いや、そもそもそんな手続きないし。

でも、同じ人が好きならその人の周りがどうなっているか普通わかるでしょ。

それに、私たちはそんな女よりずっと前から黒田君の事が好きだった‼︎」


聞けば聞くほど苛立ちが膨れ上がっていく。


人から愛を奪っておきながら、この言いよう。


早く、この邪魔な存在を排除しなくては。


「成る程、まるで詐欺師から聞く証言だな」


これまで女子ふたりに寄り添った物言いをしていたノッポから出てきた、突然の突き放す言葉に、膨れ上がる怒りがピタリと止まる。


何だこいつは、ふたりの味方ではなかったのか。


そのままノッポは喋り続ける。


「入った覚えのないファンクラブの規則を破ったから粛清とは、例えその前にどれだけ辛い思いをしていても、それはしちゃいけないよ」


「何よ、全部私たちが悪いって言いたいの!?」


「そうは言ってない。

だが、この事実が公になり、大半の人がこの事実を知れば、君達は完全に悪人として吊し上げられるだろう。

君達はそんなにずっと、辛い思いはしたくはないだろ?」


「それって、脅し?」


「そんなつもりはないよ。

ただ、自分のした事、しようとしている事を今一度考えて欲しいだけだ。

君達はそんな悪い人じゃないって、俺は信じてるから」


「……なさい」


「ん?」


「ごめんなさいって言ってるの!

コレで満足!?」


「わ……私もゴメンなさい」


何だ、何故ふたりは謝っているんだ。


「うん、ふたりとも分かってくれて嬉しいよ。

もう絶対にこんな事しないって約束は出来るか?」


「うん……約束する」


「ありがとう、やっぱり君達は根はいい人達なんだね」


ノッポのその言葉にふたりの顔は赤くなる。


そして、ふたりがその場を立ち去るとき、桃の前に立ち止まり、ひとりがこう口を開いた。


「本当にごめんなさい、もう馬鹿な事はしないから」


意味が理解できない。


何故、あんな方法で謝らせる事が出来るんだ。


その後教室は俺達3人になったが、それは一瞬で、すぐにクラスに人が次々と入って来る。


もう、普通の登校時間になったという事だろう。


「場所を変えようか」


ノッポからは先ほどの笑顔は消え、無表情のまま教室を出る。


人によって顔使い分けているとは、偽善者も大変だな。


「ねぇ、何で白亜の邪魔をしたの?」


移動をしようと背を向けたノッポに、これまでずっと静かに様子を伺っていた桃がついに口を開いた。


途端に、その場の空気が変わったのが分かる。


ノッポも立ち止まり、桃の方を向きなおす。


「やはり、もう君にはそういう解釈しか出来なくなってしまったのだな」


少し泣きそうにも見える悲し気な表情でノッポはそう言うと、そのまま又歩き始めた。


「解らないな……」


ノッポの後姿を見ながらそんな事をぽつりとつぶやく。


俺と彼とでは、あまりにも価値観や思考が違うのか、何を思って動いているのか全く想像が出来ない。


だが、それでいいのかもしれないな。


ある程度骨のある邪魔者でなければ、彼の存在する意味がなくなってしまう。


「さぁ、俺たちも行こうか」


桃にそう言うと、俺は桃の手を引いてそのままノッポの後を追った。


ノッポが向かった先は、使われていない教室。


中に入ると、ノッポは出入り口付近に立って待っており、俺たちはそのまま中に入る。


「それにしても驚いたなぁ、何で俺たちがあのクラスにいるって分かったんだ?」


中に入ってすぐに、最も気になった質問を投げかけると、ノッポはその場の壁に寄りかかりながら少し疲れ気味に「登校したら、リバーシの靴があったから」と答えた。


「靴があったとして、迷わず俺たちの場所に駆けつけるかな?」


「天気のいい日、朝早く、それに加えて事前に聞いていたいじめの可能性を加えれば、自然とその可能性にたどり着いだだけだ」


「本当に、君はまるで探偵だね」


「それよりもリバーシ、晴れていても外に出れたんだな」


「まぁ、一応人間だからね、少し無理をすれば普通に出れるさ」


「なら、何故これまで学校に来なかった……いや、違うな、何故このタイミングで無理してまで登校したんだ」


「桃が心配だったからだよ?」


「それだけじゃないだろ」


本当にこいつはいちいち鋭いな。


「ねぇ、お前の名前何だっけ?」


「は?」


「だから、名前だよ。

今までそれ程興味がなかったから覚えてなかったんだ」


「……つまり、今は興味があると?」


「そうだね」


そう答えると、ノッポはまた悲し気な表情を浮かべた。


「俺は、前からリバーシの事を大切な友達だと思っていたのに、本人はそうではなかったらしいな。

そして、ここまで関係が崩れてしまってから、漸く名前を覚えられようとしている。

皮肉なものだよ……」


ノッポはそう答えると、俺の方を真っ直ぐと見た。


「俺の名前は、広瀬 一ひろせ はじめ

お前の罪を世間に知らしめ、お前自身も救おうとする男の名前だ、覚えておけ」


その眼には、先ほどの悲しさや迷いはない。


「俺を救う? 俺はもう救われているよ」


そう言って、桃を引き寄せる。


ほら見てみろ、愛する存在もここにいるじゃないか。


「今の俺には、昔の様に縛るものは何もない。

近くには恋人がいて、とても幸せな生活を送っている」


そう言って、“はじめ”に見せつけるように目の前で桃にキスをした。


「お前……まさか両親まで……」


はじめの表情が鋭く変わっていく。


「確かに、リバーシの家は様々な問題を抱えていたことは知っていた。

だからと言って俺達学生は、自分たちだけで生きる術を持たない子供だ。

それなのに……何故」


「殺す事で失うかもしれない自由を恐れているのか?」


桃から離れ、はじめにゆっくりと近づく。


「はじめは贅沢な疑問を持つ事が出来る環境で生きていたんだね」


やはり、彼は俺と何もかもが違う。


「うらやましいな……俺にはそもそもそんな自由がなかったのだから。

ねぇ、教えてよ……はじめにとって自由って何?」


「自由……それは……」


はじめがついに言いよどむ。


「当たり前に目の前にあるものを突然答えるなんて無理だよね」


「違う、そういうつもりじゃっ」


「いいよ、分かっているから。

俺の求める答えを考えてくれていたのだろう。

ねぇ、はじめ、自由を持たない人間の目の前に、突然自由が手に入れる可能性が転がってきたら人はどう行動すると思う?」


「……飛びつくんじゃないのか」


「そうだね、最初は自由に戸惑い、その場で何度も足踏みをする事もあるだろうが、結果としてはその自由を求めて飛びつくだろう。

自由を知らない人間が存在した場合なんて考えるような余程な皮肉屋でなければ、誰もが想像できる展開だ」


そう答えながら、物置となっている教室を見渡し、今度は教卓に近づき、優しくそれを触れる。


ココに、ふたりの死体を隠したっけ。


今度は教室の端に積み上げられた椅子の一つを取り出す。


「その自由を手に入れる可能性が、殺す事だったとしても、結果は同じ……何ら不思議な部分は感じられない」


花嫁を座らせた場所に椅子を置き、そこに腰を下ろして、桃を手招きすると、桃は静かに俺の膝の上に跨る様に座った。


「それは違う」


そんな俺の言葉に、ついにはじめが反論の一手に出た。


「人の命は、そんな簡単な存在じゃない」


「簡単だよ、はじめのその思考は国家に飼い殺され、常識という洗脳を施された結果生まれたものだ。

そもそも、我々の存在を人間と区別していることが間違いなんだがね。

我々は等しく動物で、もっと広く見れば地球という惑星に生息する小さな生命体にしか過ぎない」


膝の上に座る桃の首筋を優しく触り、ゆっくりと手を滑らせていくと、その体は脈打つように小さく震える。


可愛いなぁ。


「だが、俺たちは知能ある生き物だ。

ちっぽけな存在として切り捨てるには、我々人間は賢すぎる。

だからこそ、それらを統括するものが必要になる。

国家も、宗教も、何もかも人間が生きるためには必要な存在で、この学校も、そして一人の一人の家庭ですら、そこには意味がある」


「つまり、俺とはじめは判り合えないと?」


「そもそも判り合う気があったのか?」


ごもっともだな。


こうも真っ直ぐ否定されると、なんだか可笑しくなる。


楽しい、ここまで考えている事が違うと、こんな衝突が起こりえるのか。


「……それで、死体はどこに隠したんだ」


「はじめは面白い事を言うね、俺は一度も自分が殺したなんて言ってないよ。

勝手な勘違いをしないでほしい」


「そうだったな……」


はじめは諦めたようにそう答えると、そんな彼の方から物音がし始め、桃の隙間から視線を向ける。


どうやら携帯の画面を見てため息を吐いているようだ。


「そろそろ教室に戻ろうか、直也が心配している」


成る程、探されていたのか。


「後で行くよ」


そう言うと、はじめはそのまま空き教室を出て行き、俺は今だに膝の上から動こうとしない桃を見上げた。


「授業始まっちゃうよ?」


「白亜は、何であの男子を生かしてるの?」


なるほど、桃は余程はじめの事が嫌いらしい。


まあ確かに俺が居ない時に呼び出され、不快な告げ口を聞き、今回は自身をいじめているあのふたりの粛清準備が邪魔されたのだ。


当たり前の反応か。


だが、はじめを殺すわけにはいかない。


「俺達の愛をもっと深く堪能するためには彼の存在は必要不可欠なんだ。

だって、ある程度刺激がないと興奮しないだろ?」


そう言って、そのまま腰に手を回して引き寄せると、そのまま桃の胸元に顔を埋めた。


すると桃は「もうっ」と恥ずかしそうな声を出した後、ふと思いついたかのように「じゃぁ、何故もう一人のチャラチャラした男は生かしてるの?」と質問を続ける。


埋めていた顔を上げ、桃を再度見上げる。


「チャラついたって、直也の事か? 何でそれを聞くんだ?」


「だって、いつも近くに居て、邪魔じゃないの?」


「彼は、ただの友達だよ」


「……そう、ただの友達、だから一緒に居るんだね」


「他に何かあるのか?」


そう言うと、桃の表情はふわりと明るくなった。


「何もないよ、ありがとう!」


桃はそう答えると、俺の膝から降りるとそのまま手を伸ばしてくる。


「早く教室に戻ろう」


そう言われて、俺は桃の手を取り、その場を後にした。


一先ず桃があの答えで満足できているのなら、今はコレで十分か。


移動しながらそんな事を思っていると、今度はじめが最後に質問して来た“死体はどこに隠した”という質問が思い出される。


そういや……俺は、どこに死体を隠したのだったか。


母さんたちに死体の処理を任せていたが、確か両親は自分で処理をしたはず。


「あれ……」


何故だろうか、まるで思い出せない。


桃の両親の処理も、俺は手伝っていた。


だが、何故か全て死体を処理した後の事を全く思い出せない。


眠い……そういや、いつも死体を処理した後は眠くなっていたっけ。


桃の後も……俺はあそこからどうやって帰った?

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