第31話 31合目
山の深夜ともなれば明かりはないに等しい。周囲には完全に闇の帳(とばり)が落ちていた。
ヘッドランプがあればまだマシなのだが、異世界にそんな文明の利器があるはずもない。
「悲鳴はあっちの方からでした!」
シエルハちゃんが駆け出そうとするので、俺は全力で彼女の肩を掴んだ。「キャッ」と言って立ち止まる。
痛かったかもしれないが勘弁だ。
「無闇に走ったらクレバスに落ちるぞ!」
「す、すみません」
「じゃがどうする? このままテント内に留まるのか? 今の悲鳴、もしやするとモンスターが出現し、他の登山者を襲っとるのやもしれん。じゃとすれば次に襲われるのはわしらじゃぞ?」
「分かってる。別に駆けつける事に反対した訳じゃない。暗闇の中を動き回るのは危険だと言っただけだ。大丈夫、俺の方で明かりを作る」
「ほう? コーイチローには、まだその魔法は教えておらんかったが、出来るのか?」
「いや。ただのゴリ押しだな。よっと!!」
俺はそう掛け声を上げるのと同時に、ただ単純に集めた魔力を上空に放り投げた。それは光を放ちながら周囲を照らし出す。
「ほほう、なんとまあ・・・。確かに魔法ではないの? じゃが、これはコーイチローにしか出来ん方法じゃな」
「な、なんて魔力量ですか・・・」
ふむ、どうやら不器用だと呆れられてしまっているようだ。まあ仕方ない。通常なら瞬時に霧散する魔力という存在が、ああして上空で留まり光を放ち続けているのだから、相当の魔力量なのは明らかなのだ。そんな恵まれた魔力を使って俺がやった事はと言えば、ただそれを放出しただけなのである。そりゃあ唖然とされるのも無理はない。
だが、俺の不出来さに呆れている暇はないぞ? 幾ら魔力をかき集めて作ったとはいえ、さすがに30分と持たないだろうからな。
「急げ! 時間は少ない!!」
「は、はい! えっと・・・、あっ、見つけました! そっちです!!」
そう言って目の良いシエルハちゃんが目標を発見し、すぐに駆け出す。俺とモルテもその後を追った。
「あれじゃ! 誰かが巨大なモンスターに襲われておる!」
モルテが叫んだ通り、俺たちは雪田に張られた別のテントを発見する。そして、その手前には白い体毛に巨体を包み、鬼の如き形相をして棍棒を振り回すモンスターを見つけたのである。
「
「タフな相手みたいだな!」
俺は駆け付けるスピードを緩めずにホワイトトロルの背後まで肉薄すると、持って来ていたアイスバイルを思いっきり振り下ろした!!
ガンッ!!!!
そんな鉄を叩いた様な音がしてアイスバイルが弾き返される。
「ダメか!」
「ちょ、ちょっと君、危ないよ! ボクのことは良いから逃げるんだ!!」
おっと、どうやら襲われていた当人はまだ無事のようだ。声の高さと口調からすると少年だろうか。だが、上空に魔力の明かりを作っているとは言え、やはり周囲は暗い。そのため少年の顔までは見えなかった。
それにしても我が身よりも、コチラが巻き添えにならないように心配してくれるとは随分優しい人物のようである。
だが、そう言われて、ハイそうですか、と引き下がるわけにはいかない。別に安っぽい正義感を発揮しているわけではない。次に襲われるのは俺たちかもしれないのだから、このタイミングで倒しておく必要があるのだ。言ってみれば、ここで少年を助けるのは俺の都合である。
3対1ではなく、4対1で戦った方が有利という、ただそれだけだ!!
「グオオオオオオオンッ!」
俺の存在に気づいたホワイトトロルが振り向き、かつての獲物の血がこびりついた棍棒を振り回してこちらを攻撃してくる!
だが、俺は鼻先を掠めるその凶器を何とかかわすと、後ろに大きく飛び退いた。
「よし、挟み撃ちするぞ!!」
「もう! どうして逃げないのさ!!」
文句を言いつつもホワイトトロルに襲われていた少年がテントへと駆け込もうとする。敵はそうはさせまいと再度振り返ろうとするが、モルテのファイヤーボールが背中に直撃してその行動を阻止される。だが、体毛すらも焦げていない・・・。ダメージは0のようだ。だが、その隙に少年は手に剣を持ってテントから出て来た。
「さっきはよくもやってくれたなあ!」
そう言って素早く剣を一閃させる。キンッ、キンッ、と硝子が割れる様な高音だけが耳に届く。音速を超えた剣戟が衝撃波を生じさせているのだ! 切りつけたであろう敵の部位から体毛がこそげるように宙を舞う。
だが、モンスターの鋼のごとき皮膚を切り裂くには全く不足していたようで、ホワイトトロルは嘲笑するように口元を歪ませた。
「ああ、もう! この剣じゃやっぱりダメだ! 戦士に貸したボクの魔剣じゃないと!!」
よく分からないことを言って嘆く少年に対し、敵は容赦なく棍棒を振り上げる。
「かわせ!」
「分かってるよ!」
ギチィッ!
鉄と鉄がひしめくような、異様な音が雪田に響いたと思った瞬間、少年の立つほんの数ミリ横に棍棒が振り下ろされ、深々と地面をえぐっていた。人間が喰らえば瞬時に肉片になるであろう、凶悪な一撃だ。
「あやつ今、振り下ろされる棍棒を横から僅かに叩いて軌道をそらしおったぞ!?」
「無茶するなあ。けれど、そう何度も続けられないぞ! 空気が薄いこの高度じゃあ、すぐに集中力が切れる。ジリ貧になるぞ!」
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