第32話 32合目

「私が行きます! 獣化!!」


シエルハちゃんが走り出すのと同時に、髪が伸び、爪が鋭い獣のそれに変わる。何よりも普段の様子からは考えられないほどの脚力を得て、大地をジグザクに疾駆しながらホワイトトロルへと一瞬で近づいた。なるほど、単なるキツネになることも出来れば、ああした戦闘タイプに変化する事もできるのか。


・・・だが、どうなのだろう?不意を付いた俺のアイスバイルも、モルテの魔法も効果はほとんど無かった。あの少年だって恐らく相当の手練なのに、得た成果は体毛をわずかに切り飛ばしたくらいだ。シエルハちゃんの力を侮るわけではないが、戦況を楽観する事はとても出来ないだろう。


ん? 力・・・力・・・そうか! 力だけで攻めようとするからダメなんだ!!


「モルテ! 耳を貸せ!」


「んお!? 了解なのじゃ!!」


俺はモルテに用件を素早く伝える。彼女は一瞬驚いた顔をするが、すぐに納得するとゴニョゴニョと呪文を唱え始めた。


そんなやりとりの間にもシエルハちゃんと敵の攻防が繰り広げられて行く。


「グオオン!」


「危ないですね! 当たったらどうするんですか!」


なぎ払うように凶器を振るうホワイトトロルの一撃を飛び上がってかわすと、彼女は相手の目を狙って鋭く尖った爪を容赦なく繰り出す。


だが、そう安易に急所を突かせてくれるような相手ではない。敵は顔を少し横にズラすだけでシエルハちゃんの攻撃を無効化すると、体勢を立て直しながら再度棍棒を振るう。


一方の彼女も流石というべきで、攻撃が失敗したと悟るやいなや、その瞬足で敵の攻撃範囲から逃れている。なんちゅう速さだ。


敵の攻撃はまたも空を切った。


「一進一退の攻防・・・に見えるかもしれないが、こちらが順調に追い詰められているな。人はこんな高度で戦いをするように出来ちゃあいない。モンスターはともかくな」


「その通りじゃの。そして我がパートナーよ、朗報じゃ。魔法が完成したぞ?」


「!? めちゃくちゃ早いな! よし!!」


俺はさっき思いついたばかりの作戦を実行するべく声を張り上げる。


「そこの少年! それからシエルハちゃん! そのまま攻撃を続けてくれ、俺も加わる! だけど、目標は・・・時間稼ぎだ! 倒す必要はない!!」


そう言って俺はモンスターの方へと駆け出す。


「どういうことさ!」と叫ぶ少年の声は無視する。


敵は俺とモルテに対しては背中を向けた状態だ。だが、俺が突っ込んで来ると知るや否や、くるりと体の向きを反転させるのと同時に、その勢いを利用して棍棒を大きく横なぎに振るった。


その際に、敵もあながち馬鹿ではないようで、地上に降り積もった大量の雪を弾き飛ばしながらスイングする。どうやらコチラの目くらましを兼ねた一撃らしい。


「だが、やはり馬鹿の一つ覚えだな!」


横なぎの攻撃はさっきシエルハちゃんの時に見ている! だから幾ら雪で視界を潰されようと、棍棒の軌道は予想できていた。案の定、飛び上がった俺の下を、唸りを上げながら凶器が通り過ぎて行く。


「コーイチロー!?」


「大丈夫だモルテ!! それよりも続けろ・・・!!」


シエルハちゃんほど華麗ではないが、俺はアイスバイルの鎌首部分を敵の首に引っ掛ける要領でクルリと空中で体勢を変えると、相手の肩を蹴る形で棍棒の射程範囲外に飛び退いた。


「案外、肝が冷えるなあ」


「援護するよ!」


「私もです!!」


そう言って少年とシエルハちゃんが連携して追撃を行う。初めて会ったばかりだというのに息がピッタリだ。少年の神速の剣はダメージこそないものの、確実に衝撃を与えているようで、時々モンスターがたたらを踏んでいる。そこにやはり神速の足を持つシエルハちゃんが突っ込んで行き急所を狙うのだ。敵には攻撃をする余裕などなく、闇雲に棍棒を振り回すことで凌ぐのが精一杯となる。


「よし、そろそろかな?」


「何がそろそろなんです? いい加減、ボクにも教えてくれませんか?」


「そうですよお、私には秘密は無しにしませんか?」


そう言いながら少年とシエルハちゃんが隣に並んだ。


「見てれば分かるさ。ほら」


俺がそう言ってホワイトトロルの方を指さした瞬間、これまで一向にダメージが通らず、無敵ではないかと思われた敵が、片膝をついて苦しそうに喘ぎ出したのである。よく見れば、厚い体毛に覆われて完全に断熱されているはずの皮膚が小刻みに震えていた。


「ど、どうしたんですか、アレ。突然苦しみ出しましたよ? ・・・まるで凍えているみたいです」


「みたい、じゃない。正真正銘、寒くて震えているんだ。つまり、全身が冷えて、体温が急速に奪われているんだよ。そして、乾燥した空気に晒されることで体内の水分が蒸散し、高山病とも言うべき状況に陥っている。このまま放っておけば全身の細胞が壊死して、じきに死ぬだろう」


「な、なんでそんなことが!? ホワイトトロルと言えば雪山に棲息する凶悪なモンスターだよ? それが凍え死んでしまうなんて聞いたことがないよ!?」


「もちろん、理由無くああなっている訳じゃない。奴を凍えさせた者の正体は、ずばり空気中の水だよ」


「水? コウイチロウさんの言う水って、いつも飲んでるあの水ですか? でも、ホワイトトロルは自分の体が濡れたら熱を発して蒸発させてしまう性質を持っているんです。だから水魔法で攻撃しても無駄、というのが冒険者のセオリーなんですが・・・。というか、誰も水魔法で攻撃なんてしていないはずですよ?」


「あっ、そうか! さっきから後ろで何かしている子がいると思っていただけど・・・」


お、どうやら少年の方は答えにたどり着いたみたいだ。なら、意地悪せずに答を教えるとしよう。


「実はだな・・・」


と、俺が解説をしようとした時、片膝をついていたホワイトトロルがとうとう耐え切れなくなったのか、全身を大地に突っ伏すようにして倒れ込んだ。


「あ、勝てたみたいだぞ」


「どうやらそのようじゃのう」


ひと仕事を終えたモルテが俺の隣に来て言う。


ちょうど俺の放った魔力の灯火も消えようとしていた。

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