第33話 33合目
「完全に死んでるみたいです!」
シエルハちゃんがモンスターの死亡を確認してくれた。なお、既に俺の打ち上げていた魔力弾はなくなっていて周囲は真っ暗である。
「よし、オッケーだな。・・・で君はこの後どうするんだ? 替えのテントは持って来てるのか?」
シエルハちゃんの報告に頷いてから、俺は少年へと問いかける。先ほどの戦闘で彼のテントはムチャクチャになっていたはずだ。
現在の気温は氷点下20度で、おまけに風も比較的強い。先ほどの戦闘で疲労もしているだろうし、このままでは少年が夜を凌ぐことはできないだろう。
「替えはありません。申し訳ないのですが、予備のテントはありませんか?」
「いや、申し訳ないが持って来ていない。出来るだけ荷物は軽くするのが登山の基本だからな」
「ですよね・・・あの、無理を承知でお願いするんですが・・・」
「ああ、待った。言いたい事は分かったから、続きは俺たちのテントへ移動してからにしよう。ここで話していると、無駄に体温を奪われてしまう」
「あっ、その通りですね・・・。けど、これだけは言わせてください。お礼が遅くなってしまいましたが、本当にありがとうございました。あなたが来てくれなかったら、無傷では済まなかったでしょう」
「気にするな。困ったときはお互い様だ」
「は、はい。あ、あの、お名前をお伺いしたいのですが」
「コウイチロウだ。こっちはモルテにシエルハちゃん。さ、移動するぞ」
「コ、コーイチロウ様ですか。何だか白馬の王子様みたいなお名前ですね!」
どこがだよ! それに男に王子様とか言われても嬉しくとも何ともねえ・・・。
「ふむ、シエルハよ、何だか嫌な予感がせんか?」
「モルテさんもですか? 実は私も野生の勘がそう告げてるんですよねえ」
一方の二人は小さな声で、よく分からないやり取りを繰り広げていた。
「ほら、ともかく行くぞ」
俺は強引に会話を打ち切ると、率先してテントまで戻る。到着して中に入り込むとランプに火を灯す。小さな光源がぼんやりと中を照らし出した。
3人とも俺に続いてゾロゾロと入って来る。俺は後ろを向いた姿勢のまま少年に告げる。
「4人なら、まあ、何とか入れるだろう。手狭だがな。今日はうちに泊まれ。明日からの行動は・・・まあ自分で決めれば良いさ」
「ありがとうございます! コーイチロウ様!」
「“様”付けはやめて欲しいんだが・・・。まあ、好きにしてくれ。それに恐縮する必要はないぞ? 俺たちは一方的に手を貸したんじゃない。あくまで共闘したんだからな。それに何より、山で人が死ぬところを見たくなかっただけなんだ」
俺はそう言って振り向いた。そして少年の顔を初めてしっかりと見たのである。
先ほどまでは暗がりの下での戦闘であったため、俺もモルテもしっかりと相手の容姿を確認することが出来なかったのだ。それは相手も同じだったろう。
俺たちは目を合わせた瞬間、同時に「あっ」と声をハモらせたのだった。
「勇者ティム!」
「あっ、あなたは冒険者ギルドで私の邪魔をした人!?」
くそ、俺と同じ獲物・・・エルク草を狙う商売敵じゃないか! 冒険者ギルドでの出来事を思い出す。
ああ、これは厄介なことになるぞ、と頭を抱えた。
相手の様子を見てみれば顔を真っ赤にしている。やはり思った通り、腹を立ててコチラに対して難癖をつけて来るつもりなのだ。
俺は何を言われるのかと、思わず身構える。
・・・が、いくら待っても勇者はチラチラと俺の方を見るだけで、何も言ってこない。
なぜか顔だけが、どんどん赤くなって行くのだが。
「おい、俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」
「え!? えっと、その・・・あの・・・白馬の王子様がコーイチロウ様で・・・今日の戦闘もすごくかっこよくて・・・実は冒険者ギルドの時から気になってたし・・・つまり、そのう・・・」
おいおい、さっきもそうだったが俺は男にそんな風に褒められても嬉しくないぞ? 特に目の前の少年は幼い顔立ちながらもパッチリとした大きな瞳をしていて、それになぜか良い匂いもするもんだから、色々と危険なのだ。俺をそっちの道に引き込むんじゃない!
うむ、ここはガツンと言っておこう。
「悪いが俺はノーマルなんでな。君みたいな美少年に褒められても困るだけだ。むしろ、君もそんな言動をしていたら、そのうち本当にソッチ方面に誘われかねないぞ?」
俺が老婆心を込めてそう言うと、最初、勇者はキョトンとした表情をしていたが、その内プルプルと震え始めた。
そして、何事かをブツブツとつぶやき始めたのである。
「ボク・・・だ・・・」
うん? なんだって?
「ボクはオ・・・コだ・・・」
やはりよく聞こえない。喋る時はハキハキとしゃべって欲しいものだ。男の子なのだから。
「聞こえないぞ? ちゃんと言ってくれないと・・・」
「ボクは女の子だあああああああああああああああああ!!」
そんな絶叫が魔の山に木霊(こだま)したのであった。
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