第23話 23合目
「まあ、いいさ。初日は登山口を過ぎた後、北西の方角へ向かう。途中で向かう方向を真北に修正するタイミングがある。幸いなことに大きな岩・・・この地形図によれば魔王岩という物がそこにあるらしいから、それをウェイポイントとして設定すると良いだろう。この時点で標高700メートルだ。ここまで3時間くらいで登り一旦休憩だ。そのあとはひたすらベースキャンプまでの400メートルを1時間30分で登る。およそ4時間30分の行程になる。ベースキャンプに到着したらキャンプを張って露営の準備だ」
「良いと思うぞ? ところで食料は何日分を運び込むのじゃ? 天候によっては何日かかるか分からんから6日分を持って行くか?」
「・・・そうだな・・・そうしよう。短期決戦とは言え、天候が悪い時に備えて2日分だけ多く持って行く。・・・シエルハちゃんはそれで良いか?」
「え? は、はい!もちろんですよ! 妥当で堅実なプランですよね! 天候次第では数日、ベースキャンプなどで出発を見合わせなくてはなりませんし。ところで食事内容はどうされますか?」
おお! 良い質問だなー。シエルハちゃんが山に詳しい事が分かるセリフである。当然ながら、何が食べたいか、などという俺の趣味嗜好を問うた質問ではない。
「ふむ、何を持って行くかは大事じゃの。ちなみに一番重要な水、それから火は魔法で出せるから考えなくても良いぞ?」
モルテが口を開いてそう言った。そうなんだよな。この世界では魔法で水も火も出すことができるのだ。これが本当にでかい。
何せその二つは山に登る者にとっての生命線だからである。
「助かるなあ。標高が高くなると、空気が乾燥して人体から急速に水分が奪われる。だから山では一日に3リットル、4リットルの水を飲む必要があるんだ。魔法がなければその分の水か、代わりに雪を溶かすための燃料を持って行かないといけない。当然ながら水は荷重が大きいから、その分体力を奪われる。十分な量の燃料もまた嵩張ることになる。それが丸ごと0になるんだから、いや魔法っていうのは本当に便利だなあ」
「そうですね・・・。そうですが、まるで魔法がない世界から来たようなことを言うんですね?」
シエルハちゃんが頭に疑問符を浮かべ、首をコテリと傾げた。
しまった! 違う世界から来た事は秘密なのだ。色々とややこしくなりそうだからな。俺は焦った心を外に出さないようにしつつ話を進めた。
「そうか? きっと気のせいだろう。それよりも食料だったな。逆に聞きたいんだが、普段はどういったものを携行しているんだ?」
「パンや麺類、燻製肉、ハチミツ、スープ粉末といったところですかね」
「ふむ? 悪くはないが、少し足りんような気がするの?」
モルテが俺の方を向いて確認するように言う。
「そうだな、今シエルハちゃんが言った内容で朝夕はまかなえるけど、行動食が必要だな。チョコレートがあればベストなんだが、この世界・・・じゃなかった、この国にはそういった食べ物はあるか?」
俺の質問にシエルハちゃんは頷く。
「はい、あります。とっても高いので滅多に口にできませんが・・・。それで、あのう、協会長の私が言うのも恥ずかしいのですが、“行動食”というのはどういう意味ですか?」
シエルハちゃんが質問してくる。おっと、知らないのか。
「移動中にエネルギー補給を効率的に行うための食事のことさ。登山中は急速に体力が失われるから数時間おきに何かを食べた方が良いんだ。で、チョコレートはびっくりするくらい効率の良い行動食ってわけだ」
「は~、知りませんでした。そうだったんですね! これからは私も真似をしてみたいと思います。チョコレートは貴族のためのお菓子、といった所ですが、ツテがありますので、そのルートから大量に入手しておきたいと思います」
「助かるよ。ところで
「食器ですか? 普通にこういったものですよ?」
そう言ってシエルハちゃんは参考にと持って来た道具の中から、何枚かの食器を取り出して見せてくれた。
「えーっと、普通の食器だね?」
「はい、フツーの食器です!」
シエルハちゃんが取り出した食器は、鉄製の鍋やお皿、フライパンといったものであった。それが俺の前へと並べられる。
「これだと結構ザックのスペースを取っちゃうんじゃないか?」
「そうなんですよねえ。まあ家庭用の食器を適当に見繕って使っているだけですからしょうがないんですが・・・」
「なるほどな、うーん、しかし、それはあまり良くないな」
「良くない、ですか?」
シエルハちゃんの疑問に俺は答える。
「そうだ。ザックは出来るだけ軽く、省スペースを目指すべきなんだ。荷物がかさばってしまうのは良くない。歩く際にもバランスが悪いし、必要な道具が入らなくなる。例えばだが、こうしてみたらどうだ?」
俺は小さなお皿をフライパンの中へと収納してみせる。
「え?」
シエルハちゃんは俺が何を言いたいのかわからず困惑しているようだ。そうだろうな。俺も最初見せられた時は驚いたものだ。
「で、この中にお皿が収まったフライパンが、もしもこの大鍋の中にちょうど収まったとしたらどうだ?」
「!?」
俺はフライパンを大鍋の中へと入れようとする。まあ、もちろん入ることはない。もしも、の話だ。そして、頭の良いシエルハちゃんは俺の意図を瞬時に理解してくれたようだ。
「そ、そういうことですか! こ、これはすごいです! コンパクトにまとめることで、食器の持ち運びがとても便利になりますよ!? こ、これをぜひ協会の方で商品にする許可をいただ」
「別にいいぞ」
シエルハちゃんが言い終わる前に快諾してやる。
「え!? そ、そんなにアッサリ? わ、分かりました、謝礼の方は後日ということですね! 了解しました!」
彼女はひとりで盛り上がると、コッフェルをどうやってコンパクトにまとめるか考え始めているようであった。いや、別にお金はいらないんだけどな。むしろ、俺たちの出発までに新型コッフェルを開発して欲しいのだが・・・。
「ううん、この柄が邪魔ですね。そうか、横の部分に可動式にしてくっつければ・・・」
シエルハちゃんは鍋やフライパンをジーっと睨みつけながらブツブツとつぶやいている。
おお、どうやらすでにイメージが具体化し始めているようだ。しかも彼女の発言内容を聞くに、前世で使用していたものにソックリだ。一瞬にしてそこまで辿りつく彼女も相当スゴイ。うん、どうやらシエルハちゃんに任せておけば、俺たちが出発する頃には十分コンパクトなコッフェルが手に入りそうだ。
「よし、大体の計画概要は話し合うことができたかな。後はもっと詳細なところを詰めて行こう。出発は1週間後、みんな良いな?」
俺の声にモルテ、そしてシエルハちゃんは大きく頷く。
「うむ、良いぞ。なあに、わしがいるのじゃから心配は無用じゃよ」
「この私、山岳ネット協会長にお任せ下さい!」
彼女たちはそう言うと、なぜか挑戦的な視線をお互いに向け合うのであった。ううん、女の子同士、頑張ろうということだろうか? 前世では本当に女の子と縁がなかったからなあ。その辺さっぱりと分からん。まあ仲良しそうだからいいか。
「よし、じゃあ細かい段取りを確認するぞ? まずは・・・」
俺たちの会議はその後、毎日数時間に及ぶのであった。
そうして早くも時はすぎ、1週間が経過する。
その日の早朝、テグの街がまだ薄暗い闇に覆われ、太陽が昇るまで今しばらく時間を要する時刻、俺たち三人の冒険者たちは魔の山を落とすべく、ついに街を出発したのであった。
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