第22話 22合目
「おう、コウイチロウになら、もちろん構わねーぜ! いくらでも使ってくれや! ああ、もちろん前に言った通り昼飯も無料だからな!」
と言うゲイルさんの言葉に甘える形で、俺たちは宿の一室をただで借りることが出来た。まあ依頼を受ける際の報酬だったので、ここは素直に受け取っておく。その代わり何が何でもクエストは成功させるつもりだ。
「ふむ、そろそろ始めるかの?」
「そうだな、よし。第一回目の登山計画会議を始めよう。シエルハちゃん、まずは魔の山について分かっている情報を教えてくれるかな?」
「はい、コウイチロウさん! 私たち山岳ネット協会が総力を上げて資料を集めましたのでご報告致します!」
俺とモルテ、そしてシエルハちゃんはテーブルを囲み、ミーティングを開始する。卓上にはサンドイッチと飲み物という簡単な昼食のほか、等高線の引かれた地形図や魔の山に関するレポートの束が所狭しと並べられていた。
「頼むよ。ところでシエルハちゃんは山岳ネットワークの協会長ってことだったな。あと、魔の山にも登り慣れているとも言ってたと思う。なので、俺としてはまず魔の山を単純化した
俺がそう言うと、シエルハちゃんは驚いた顔をしてこちらを見つめて来た。
「ど、どうしたんだ?」
もしかして変なことでも言ってしまったか?
「い、いえいえ。いえいえですとも! とんでもありませんともッ!」
シエルハちゃんは首を振ると、たちまち興奮した表情で俺の方を見てきた。なんだ、なんだ?
「今までにも非常に沢山の・・・ええ、それはもう沢山の冒険者さんたちが魔の山に登ろうとして来たんです。その度に、その度にですよ? わたしは老婆心を発揮して、魔の山の地形図を渡した上で、登山ルートを説明しようとしたんです。私たちが死ぬ思いをして長い年月をかけて調べ上げた等高線つきの魔の山の地形図を、です。なのに、なのに! 冒険者さんたちがどれだけ残念な脳筋ばかりの集まりであったことか!」
ドン! とテーブルを両手で叩いて立ち上がるシエルハちゃん。まあ、身長が低いので立ち上がったのは椅子の上なわけだが。幼女がダダをこねているようで、怒っているのに可愛らしいだけである。言わないけど。
「例えばですよ、1日目は夜を明かしやすい
「まるで自殺志願者だなあ」
俺が呆れたように言うと、シエルハちゃんがスゴイ勢いで頷く。
「そうなんですよ! 厚着もしない、ソールの薄い靴を履いてくる、雨の日でも出発しようとする。何でそんなにチャレンジャーなんですかッ!!」
ドンドンドンとテーブルを両手で叩きまくるシエルハちゃん。どうやら相当溜まっていたらしい。ううん、やはりこの世界の登山レベルは相当低いみたいだな。多分、このシエルハちゃんが例外なだけで、基本的に冒険者の登山レベルは0に等しいようだ。
「山を自分の力だけでどうにか出来ると思うのが、そもそもの間違いだからな。一歩間違えれば即、死につながるのが登山なんだ。だから天候やルート、道具に技術、それらをすべて入念に準備することが大前提だと俺は思う。その上で、それらを揃えることが出来て初めて、生還の最終条件である運というものが付いて来るんだ。拙い計画や思いつきによる行動をするような奴は登山する資格がない」
「ああ、そうなんです。その通りです~。ぐすぐす」
「いや、泣くほどのことでは・・・」
至極、当たり前のことだし。
「いえ! 今の言葉は私たち山岳ネット協会の精神そのものでした。コウイチロウさんにはそのうち正式に当協会へお招きしなければなりません!」
なぜか勝手に固い決意をかためるシエルハちゃん。
ううん、お招きいただくのは良いのだが、とりあえず今は魔の山の情報を整理したいのだけど・・・。
「シエルハよ、その話はまた今度すればよかろう? まずは話を進めてはどうじゃ?」
おおモルテ、グッジョブだ!
「よくできたパートナーだなあ」
俺がそんな風に軽口を叩くと、モルテは「馬鹿」と言ってそっぽを向いてしまう。
しまった、怒らせてしまったかな。話を進めた方が良さそうだ。
「まあ、ともかく続きの説明を頼むよ」
「はい!!」
元気よく返事をして、シエルハちゃんは説明を再開する。
「魔の山の標高は約4500メートルで、ベースキャンパスは標高1100メートルのところにあります。途中のキャンプポイントは全部で2つ。一つ目の
少女の質問に俺は考えることもなく答えた。
「それだけ聞くと割と落ち着いたスケジュールが組めそうに思うけど、誰も登頂に成功したことが無いというからには違うんだろうな」
そう言うとモルテがサンドイッチをつまみながら頷いた。
「そうじゃろうな。モンスターが出る上に、氷雪気候と聞いたぞ?キャンプポイント間で荷上げするのも大変じゃろうなあ。ルート工作も出来て居らんじゃろうし・・・。うーむ、というか今回は荷上げはせんで良かろう? 標高だけなら大したことはないのじゃ。短期日程で挑んではどうかな?」
モルテの意見に俺も同意する。そうだな、4日の行程で往復するのがベストだろう。それくらいならば食料もクライミングギアも自分たちで持って運べるからだ。
ちなみに、シエルハちゃんは「モルテさんもやりますね・・・」と悔しそうに言っていた。微笑ましいな。同じ年齢(に見える)の女の子同士、競争心が沸くのかもしれない。
「えっと、モルテさんのおっしゃるとおりですね。モンスターは標高を問わずに出現しますし、ベースキャンパス地点を境に積雪地帯が始まります。荷上げしようとすれば、無駄に日数ばかり掛かる事でしょう」
「ん? いや、待ってくれ。ベースキャンプから積雪地帯が始まるって・・・そんなにはっきりと範囲が決まっているのか?」
俺の質問にシエルハちゃんはハイ、と頷いた。
「そうなんですよ。魔の山は誰の仕業かは分からないのですが、標高1100メートル辺りから上が氷雪に覆われるという奇妙な気候になっているんです。伝説によれば何者かが遥かな昔、そうした魔法を掛けたからだと言われています。が、詳しいことは分かりません。いずれにしても、ベースキャンプがあるのは、その積雪地帯が始まるぎりぎり手前の地点という訳です。なお魔法を解くことが出来た者はいません」
「ちなみにモンスターもその辺りから増え始めたりするのか?」
「その通りです! さすがコウイチローさんですねえ。ベースキャンパスを超えた辺りから凶悪なモンスターが増え始めます!」
ふむ、と俺は地形図と、それとは別に用意された幾つかの地図に目を落とす。
行ったこともない魔の山の情報が俺の頭の中にインプットされ、有機的に結合して立体的なイメージが展開されて行く。勉強がまったく得意ではなかった俺であるが、なぜか登山に関してだけは少しだけ頭が回るのだった。目から入った只の文字情報が、たちまち俺の脳内で具体的な形として理解されるのである。
「魔の山登山口は草原地帯だ。緩やかな尾根が続いていて、気候は温暖・・・だが風が上から下へ強く吹き降りて来る・・・で合っているか?」
「な、なんで分かるんですか!?」
俺の質問にシエルハちゃんがコクコクと頷きながら聞いてくる。
「いや、ただの想像だ。地形図を見ると登山口までは果樹園が周囲に結構あるから、その辺りは温暖なんだろう、ってな。一方、標高の高い場所は積雪している・・・だとすれば、気温も低い。そういう場合、冷えた空気が地表へと吹き降ろしてくるんだ。だから強風が吹くことが多い」
俺は冷たい空気の方が重いので、上から下に降りてくる、という小学生レベルの知識に基づいて推論を語る。だが、シエルハちゃんは目を白黒させるばかりである。ふむ、どうやらこの世界の人はそういった知識を持っていないらしい。つまり風の吹く仕組みが分かっていないということだ。だとすれば俺の言葉が理解できないのも無理はない。
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