第40話 40合目
「肉が焼ける臭いはしたんじゃがなあ。恐らく回復力が尋常ではないのじゃろう。一気に大ダメージを与えんと倒すことは出来そうにないのう?」
「で、でも今の魔法を超える攻撃手段を私たちは持ち合わせていませんよ!?」
ふむ、と頷いてから、モルテは真っ直ぐに俺の方を見てきた。俺もモルテの方を真っ直ぐに見る。視線が絡まる。お互いに何も言わないが、彼女の考えていることは手に取るように分かる。
「イチかバチじゃな!」
「だが、勝機がある以上はやるしかない!!」
俺とモルテはお互いにニヤリと笑う。
「えっ? えっ?」
シエルハちゃんが戸惑った声を上げているが、残念ながら敵は待ってはくれない。説明して上げる時間はなさそうだ。
「モルテはもう一度、イカヅチ魔法で攻撃!!」
「了解じゃ!」
「シエルハちゃんは少しの間だけホワイトドラゴンをひきつけろ! 出来るか?」
「ひえええ、わ、わたしですかああ!?!?!? な、何分でしょうかああ!!??!?」
「30秒ほどで良い! 死ぬなよ!!」
「はいいいいい!! やりますともおおお!! 信じてますよおおお!!!」
シエルハちゃんは巻きついていたモルテの首から飛び上がると、近くにあった別のテラスへと降り立つ。10センチ程度しかない小さなテラスだ。小動物だからこそ何とか足場にできる程のカンテ《小さな岩のでっぱり》である。
「獣化ぁ!!」
だが、彼女はその場所で獣化する。金色の髪が腰まで伸び、爪が鋭い獣のそれに変わる。
人の姿に戻ったために、キツネだった時に辛うじて乗る事のできた足場は破棄せざるを得ない。
「おりゃあああああああ!!!」
しかし彼女は驚くべきことに自分の手足の爪を氷壁に打ち込むと、丸で俺たちがダブルアックスとアイゼンで登攀するのと全く同様に壁へと張り付いた。
そう、キツネ族とは俺たちがギアを使わなければならないところを、自分の肉体だけでクライミングすることが可能な種族なのである。これこそがキツネ族が山の種族と謳われる由縁だ。
だが・・・。
「戦闘しながらですと10分と持ちませんからね!!」
うまい話には裏がある。自分たちの肉体だけで長時間登攀することは不可能なのだ。数百メートルを超えるクライミングともなってくると、たとえ彼女たちであっても体力面で厳しくなるし、そして何よりも肝心の爪と肉体が氷壁の硬さと冷気に負けてしまうのだ。戦闘をするともなれば、その速度は否応もなく高まる!
彼女たちキツネ族すら竜のアギトの登頂に成功していない理由はコレである。
そして、俺が紹介したクライミングギアに彼女が感動したのは、まさしくこうした種族的な欠点を克服する叡智が詰まっていたからというわけだ。
彼女は左手と左足の爪を氷壁にガッチリと喰い込ませた姿勢で器用にホワイトドラゴンの方へ振り向くと、右手に持ったアイスハーケンを全力で投げつける。
ガギンッ!
という鋭い音を立てるがハーケンは当然のようにドラゴンの固い鱗に弾かれる。
だが、ドラゴンの注意は一時的にシエルハちゃんの方へ向いたようだ。
「グオオオォォォオオオオオン!!!」
咆哮を上げてヤツはシエルハちゃん目掛けて滑空してくる。押しつぶすつもりだ!!
「協会長をなめんじゃないですよおおおおおおおおお!!」
よく分からない叫び声を上げて、彼女は左足で穿った窪みを蹴って大きく上昇する。片足だけの脚力で3メートルは飛び上がる。
「だが、たったそれだけじゃ!!」
「わかってますよおおおおおおお!! おりゃああああああああああ!!!」
たった3メートルの距離を移動しただけではドラゴンの突撃をかわすことはできない。だが、彼女は飛び上がるのと同時に再度、氷壁に右手、右足の爪を突き立てた。そして休む暇なくもう一度飛び上がる。それを3度繰り返した。
つまり彼女は瞬時に10メートルの距離を上昇したのだ!
ドゴオオオオンン・・・ッ!!!
彼女が先ほどまでいた場所にドラゴンの体当たりが炸裂していた。固いはずの氷壁がバラバラと崩れ落ち、何百年、もしかすれば何千年ぶりに内部の土や石が露出する。
「ゼエ、ゼエ、ゼエ・・・。死んでしまいます・・・」
と、さすがのシエルハちゃんも限界のようだ。だが、おかげで準備は整った。ドラゴンが壁にめり込んだ巨体をゆっくりと引き抜いている隙に、俺たちは言葉をかわす。
「モルテ! いけるな!!」
「無論じゃ!! イカヅチ招来!!」
再びホバリングを開始し始めたドラゴンの頭上に、凄まじい稲光とともにイカヅチが落ちる。たちまち肉の焼ける臭いと煙が周囲へと充満した。
「でも、それはさっき効かなかったはず!!」
シエルハちゃんが当然の疑問を口にする。いやはや、ちゃんと説明できていなくて申し訳ない限りだ。きっと、これから俺がする行動にも肝をつぶすことだろうなあ。
「いや、作戦通りだ!!」
「え? コウイチローさん・・・って、えええええええええええ!!! 何してるんですかああああ!?」
彼女が素っ頓狂な声を上げる。まあ、仕方ないだろう。
何せ俺は安全帯であるところロープをビレイポイントから外し、ドラゴンに向かってダイブしたのだから。
俺はシエルハちゃんの絶叫を背中に聞きながら自由落下して行く。
そう、ホワイトドラゴンの頭上にだ!!
「煙幕でこっちには気づいてないな!」
モルテに再度、イカヅチ魔法を使わせたのはコレが目的だ。倒すことが目的ではない!俺が接近している事に気づかれないための煙幕だったのだ!!
ガギン!!!
そして俺は煙の下に隠れたドラゴンの背中に見事飛び移ることに成功する。滑り落ちそうになるが、手に持ったアイスバイルを鱗へ引っ掛けて必死にしがみついた。
竜の皮膚にアイスバイルの
「うわっ、こええええええええっ!!」
背中に乗られたことを知ったホワイトドラゴンがたちまち翼を強く動かし、俺を振り落とそうと暴れ始めた。むちゃくちゃな軌道を描いて上昇し、下降し、滑空する。
「うぐぐぐぐぐぐ・・・」
俺は振り落とされないように必死にしがみつく。
だが、このままでは鱗へ引っ掛けたアイスバイルと、アイゼンのスパイクが外れてしまう。そうすれば300メートル下の地面へとグランドフォールだ!
「だが、落ちるのは俺だけじゃねええええ!!」
俺はそう叫ぶと、首から下げていたドワーフからもらった精霊のペンダントを引きちぎって握り締め、魔法発動の最後のキーワードを唱える。
「
俺は数少ない使用可能な魔法を発動させる。といっても元々アイテムに込められていた魔法を発動させただけなのだが。
そう、このペンダントはドワーフのクワンガさんから友情の印としてもらったマジックアイテムで、“特に魔法使い相手に”効果があると言われて貰ったものだ。
その正体とは、「周囲にいる者達の魔力を吸収してしまう」という、まさに魔法使い泣かせのアイテムなのである!!
それにしても、さすがドワーフ謹製のマジックアイテムだ!! 周囲一帯にいる者・・・すなわち俺の体からも魔力がごっそりと吸われて行くのが分かった。冒険者ギルドで、魔力量だけならS級にも劣らないと言われた俺の魔力がたちまち枯渇して行くくらいなのである。
だから、その効果はドラゴンにもバッチリだ!
「グオオオオオオオオオオオ!?」
それまで自由自在に空を飛んでいたホワイトドラゴンの軌道がガクリと下向きにと変わり、どんどんと高度を落として行く。そう、300メートル下の氷の大地へと!!
「やはりハーピーと同じか! そりゃこれだけの体が、羽ばたきだけで浮かぶはず無いもんなあ!」
俺は物凄い勢いで落下してゆくドラゴンの体にしがみつきながら叫ぶ。
そう、ハーピーと戦っている時に気づいたのだが、どう考えてもあの体重を翼だけで支えることは不可能なのだ。特に俺が片方の翼をアイスバイルで切り落とした際も、まだ奴らは辛うじて浮遊していた。片翼だけで鳥は飛べるか? 無理に決まっている!!
つまり、奴らにとって翼とは浮くための補助的な働きしかしておらず、飛ぶこと自体は魔力で行っていると気付いたのだ。
それは20メートルを超えるドラゴンも当然同じである。そして、いかにドラゴンと言えども300メートルの高さから地面に叩きつけられれば大地のシミにしかならない!!
「俺と一緒に落ちろおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
空の王者たるドラゴンが、恐らく今まで体験したことないであろう墜落という自体にただ絶叫する。近くにそびえる竜のアギトに掴まることも、魔力吸収を続けるペンダントを使用する俺をふるい落とすことも頭に思い浮かばないらしく、ひたすら慌てふためいているようだ。
「どうやら、今までは力だけで生き延びて来た御山の大将に過ぎなかったみたいだな! ただの雑魚か!!」
凄まじい速度で錐揉(きりも)み回転しながら落下して行く中で、俺の言葉がどこまでコイツに届いたのかは分からないが、ドラゴンは最後に忌々しそうに首を捻って俺の方を睨み付けるようにした。だが、何をするにしても遅い!!
「地面だ!!」
俺はドラゴンの背中を蹴るようにして距離を取る。そして、もう一つのペンダントを首から引きちぎった!
俺はモルテからもらったペンダントに加えて、この二つ目のペンダントの呪文詠唱も既に完成させていた。シエルハちゃんに時間を稼がせたのは、二つの呪文を完成させておかねばならなかったからだ!
「衝撃吸収のペンダントよ、力を開放せよ!!」
そう、これは勇者ティムちゃんからもらったペンダントだ! その効果が発動し、俺の体にガクンッ! と急制動がかかる。凄まじい勢いで落下していたので、とてつもない重圧が俺の体にのしかかった。
くっ!? 身体強化をしていなければきっと内蔵が潰れていたことだろう。
ドオオオオオンンンン・・・っ!
一方、ドラゴンの方はそのまま大地へと激突した。凄まじい地響きを立てて轟音が周囲に伝播する。頭から落ちたようで、氷に覆われていた地面に突き刺さるようになっている。周囲には鱗や肉片、それに血が飛散しており、とんでもない状況だ。
「だが、それでもまだ原型をとどめているとは・・・さすがドラゴンだな・・・」
俺は感心しながら、ゆっくりと地面から起き上がる。
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