第39話 39合目
「うおりゃああああああ!!」
俺は右手に握ったアイスバイルを近づいて来たホワイトドラゴンに対して目一杯の力を込めて投げ付ける。身体強化の呪文を唱えた上でのその投擲は、ハーピーを一撃で仕留める必殺の一撃だ。だが・・・。
ガギン!!
俺の放った一撃はあっさりとドラゴンの皮膚に弾かれる。
・・・ま、ホワイトトロルに全力で攻撃しても傷一つ付けられなかった事を思い返せば、当然っちゃ当然か。しかも、目の前のドラゴンは体長20メートル以上はあろうかという巨体であり、鱗にびっしりと全身を覆われているのだし。
「ちっ、不意打ちは失敗か・・・。おっと、キャッチだ!」
俺は氷壁に打ち込まれたアイスハーケンに繋がれたロープを限界まで伸ばし、ドラゴンにはじかれて地表に落そうだったアイスバイルを何とか空中でキャッチした。
ふ~、やれやれ。
真下を見れば数百メートル下の地上が遠くに見えた。壁に打ち込まれたハーケンが抜ければ俺もたちまち地上のシミか。ゾッとしないな。
俺がそんなくだらない事を考えていると、下の方からモルテの首に巻き付いているシエルハちゃんの焦った声が聞こえた。
「なっ、何やってるんですか、コウイチローさん!? 逃げるんですよッ!!」
「逃げるって言ってもなあ」
もし逃げるとすれば、
でもな~。
俺は首を傾げて周囲を見回す。既に目の前にはホワイトドラゴンが攻撃してきたコチラを睥睨するようにして飛んでいるし、俺などこうしてアイスハーケンを支点として半径1メートル程度しか移動できないような状況だ。逃げ出すとすれば、まずはアイスハーケンと俺を結着しているロープを外さなくてはならないが、はてさて、そんなことをしている暇は・・・。
「やっぱり無いよな!!」
俺は突如として飛んできた透明な「何か」を身をひねってかわす。氷壁にアイゼンのスパイクを突き立てて、アイスハーケンを支点に無理やり体の位置を変えるという曲芸師さながらの挙動でだ。
「ひえええ!! ハーケンが抜けちゃいます!
「うるさいのじゃ、シエルハ! 耳のそばでそう大きな声を出されては、詠唱に集中できんじゃろうが!」
「だ、だってだって! 私のコウイチローさんが死んじゃいますよう!」
「やかましい! アレくらいで死ぬ男ではないわ! ドラゴンくらい、どうにかせんでどうする! それからはっきりしておくがの、アレはわしのもんじゃ! お主は良くて二番じゃ!!」
「え!? そ、そんなあ・・・」
「お前らマジメにやれ!!」
ホワイトドラゴンが強く翼を羽ばたかせると、そこから更に先ほどの「何か」、・・・いや、50センチはあろうかという氷柱(ツララ)数十が、目では捉えられない速度で俺に向かって射出される!!
「完全に殺る気だな!!」
ドス! ドス! ドス! という音を立てて壁に突き刺さっていくのが分かった。俺の頭のあるほんの1ミリ横に死のトゲが突き刺さり、今さきほどまでいた場所には太い槍が生える。俺はほとんど直感的にそれをかわして行く。身体強化によるスピードアップと筋力上昇がなければ到底不可能な挙動であったろう。しかも俺の行動半径は1メートルしかないのだ。ほとんど首の皮一枚で命が繋がっているようなものである。
「くそっ、けど絶望的だな!」
目にも止まらない氷柱をかわすことが・・・ではない。実を言えば、既に俺の体は相手の攻撃パターンに慣れつつあった。永遠にかわし続けろと言われれば・・・出来る! が、問題があるのは俺ではないのだ。そう、いくら相手の攻撃を完璧に見切ったとしても、どうにもならないことが一つある。
それは氷壁に打ち付けられたアイスハーケン自体はどうにもならない! ということだ。
俺の体をこの切り立った崖につなぎ止めてくれているのは、このたった一本の細い杭(ハーケン)だけなのである。故に、これに氷柱(つらら)が命中し破壊されれば、俺は晴れて空中に放り出されるというわけだ。
いやあ、絶対絶命だな~。
「イカヅチ招来じゃ!!」
俺がそんな風に頭を悩ませている間に、モルテの呪文が完成したようだ。彼女の掛け声とともに曇天の空から一筋の雷がホワイトドラゴンへ直撃する!!
バリバリバリバリ!!!!!
丸で鞭を振るわれて生皮が弾けたような生々しい音とともに、タンパク質が焼ける臭いが漂い、そして煙が周囲に広がった。
「やりました! まさかイカヅチ魔法まで使えるなんて!! さすがのホワイトドラゴンでもダメージが・・・」
「しゃべっとらんで、しっかり巻きついておれ!!」
「えっ? 何をってきゃあああああ!!!」
モルテは足場に置いていたロープなどが入ったザックを左手で掴むと、いきなり自分のいた小さな足場からジャンプして氷壁に打ち付けていたアンカーを右手で掴む。そして、何とその場でクルリと倒立したのである。
「ひえええええええ、い、いきなりどうして!?」
「良いから下を見てみんか!」
「え? ああっ!?」
シエルハちゃんは驚愕の視線で、今までいた場所を見下ろす。そこには一本の氷柱が深々と突き刺さっていたのである。アレを食らっていれば間違いなく彼女たちはあの世行きだったろう。
モルテは倒立をやめて、その氷柱の上に降り立つ。
「あ、ありがとうございました」
「そんなのは後じゃ。どうやら今の魔法でもダメージは通っておらんようじゃぞ?」
「そ、そんな!?」
シエルハちゃんが絶望したような声で上を見上げる。
徐々に煙が晴れたそこには、まったくダメージを受けた様子のないドラゴンが悠然と浮かんでいた。
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