第38話 38合目
「くっ、登攀中だってのに! とうとう出たか!! 各自ビレイを再確認! ハーケンが抜ければ数十メートル下にグランドフォールだぞ!」
「分かっておる! ハーケンに結ぶロープは長めに確保せよ! 動けねば的になるぞ! それで、敵はどこから来るのじゃ!」
「上空20メートル! 数は3!」
俺たちは短いやりとりと同時に、再度アイスハーケンをハンマーで氷に固く打ち付ける。その間にも、上空からバサバサと鳥が羽ばたく様な音が近づいてきた。
徐々に敵の姿がはっきりとしてきた。その姿は上体が人間の女、下半身と手は鳥というおぞましい姿であった。知性らしきものは見当たらず、ただコチラへの殺意を隠そうともしない。このモンスターの姿は・・・。
「ハーピーか!!」
「そうです! 打ち合わせの時にもお伝えした魔の山の高峰に棲息するモンスターです! 好戦的で、冒険者たちが多数餌食になっています! 群れで襲ってきますよ、気を付けてください!!」
「分かった。モルテたちも援護してくれ!」
「無論じゃ、魔法で攻撃する! シエルハもハーケンを投擲せよ。50個までなら失ってもかまわん! この後のクライミングには支障ない!」
「はっ、ハイ!!」
俺は氷壁の窪みに足を乗せ、うまく体重をあずけながら壁を背にするようにしてクルリと回転する。
目の前には不気味な女の顔をした怪物がホバリングし、こちらを見ながら唇をニィと歪ませている。
ふむ、相手にはどうやら俺が氷壁に張り付いた、まったく身動きの取れない餌にしか見えないらしい。
「初見の相手に油断とは、実に下等なモンスターらしいミスだな」
俺はモンスターどもに負けないくらい唇を歪めて嘲笑する。相手がわざわざ用意してくれたチャンスをふいにするつもりはない。
俺の両手は現在どちらもアイスバイルで占領されている、いわゆるダブルアックス状態だ。そのうちの一方、右手のそれを俺は何の予告もなくアンダースロー気味にハーピーへと投げつけた!!
いやもちろん、俺は壁にロープで張り付けられている様な状態なのだから、大きく振りかぶる様なスペースなど無い。ほとんど、肩を使わずに腕だけで投げたようなものである。従って、アイスバイルは精々、ハーピーたちのいる方向へ10メートルも飛べば良い方で、運が悪ければモンスターたちのいる場所まで届かず、地表へと落ちてしまうだろう。また、命中したとしても勢いの弱まったアイスバイルではダメージは無いに等しい。
「ま、生身ならな」
俺は当然ながら、相手がご丁寧にもゆっくりと降下して来てくれた時間を無為に過ごすようなマネはしなかった。
「既に身体強化の呪文詠唱は完了済みだ!」
まったく馬鹿な奴らだ。
もしコイツらが俺たちの不意を突いて襲撃していれば、少なくとも俺に身体強化の呪文を唱える時間を与える事は無かっただろうに。
そして、もしも俺に呪文を唱えさせていなければ、俺がこうして壁に張り付いままで「アイスバイルを腕の力だけで凄まじい勢いで放つ」などという離れ業も不可能だったに違いないのだ。
「ギ?」
唇を歪めて舌なめずりしていたハーピーのうち、真ん中にいた一匹が、目をぱちくりとしばたいた。そして、その一匹の様子を目撃した両隣の二匹も同じように驚愕の表情を浮かべている。
きっとソイツは自分に何が起こったのか、最後まで分からなかったに違いない。
それはそうだろうな。なぜなら、俺が放ったアイスバイルは丸で死神の鎌のごとく凄まじい勢いで回転しながら、そのハーピーの首を胴体からすっぱりと切断してしまったのだから。理解する暇などあるはずがないのだ。
首を落とされたハーピーはたちまち落下し始める。
一瞬の静寂の後、怒りの形相を浮かべた残り二匹がコッチの方を向いた。そして、鋭い牙を見せながら俺を喰らい尽くさんと滑空して来たのである!
俺は体を壁に
なるほど、確かに相手の動きを止め、手も足も出ないところを襲うというのは間違ってはいない。
「まあしかし、しょせん鳥頭だな。考えられる事と言えばそれくらいか。逆に行動が読みやすかったぞ!!」
ハーピー二匹が迫る。だが、その背後から更に他の何かが、もっと凄まじい勢いで近づいて来ていたのである!
「ギイイイイイイイイイイ!?!?」
俺にその醜怪なる牙を突き立てようと迫っていたハーピーのうちの一匹が、片翼を切り落とされて絶叫を上げた。そして、俺の手元に先ほど放ったアイスバイルが戻って来ていた。
「ま、ブーメランの要領だな」
片翼を失ったハーピーは空中での制御を失ったらしく、ものすごい勢いのまま頭から氷壁へ激突するすると、気を失ったのかそのまま地上へと落下してゆく。グランドフォールだ!!
さて、残った一匹であるが・・・
「コンガリと焼けるが良いわ!」
下から飛んで来た火球にたちまち打たれた。すると、やはり羽は燃えやすいらしく、たちまち体中が炎に包まれる。
「ギギイイイイアアアアアアアアアアアアアア!?!?!」
恐ろしい絶叫を上げながら地上へときりもみ回転をしながら落下して行く。
少し時間を置いて地表からプチっ、という間抜けな音が2つ聞こえた。
どうやら終わったようだな。
「なんだ、てんで雑魚じゃないか。モルテ、シエルハちゃん大丈夫だったか!」
「もちろんじゃよ! 楽勝じゃったな!」
「す、すごい・・・。ハーピーと言えば中堅冒険者が普通に戦っても苦戦するモンスターなのに・・・。ましてや、クライミングしながら戦うなんて前代未聞ですよ!!」
何やらシエルハちゃんが興奮して捲し立てているが、はっきり言ってこれくらい、山の寒さや酸素濃度の薄さという敵に比べれば何でもない。
「これくらい出来て当然だ。むしろ今後は、クライミング技術、クライミングギア、そして魔法を組み合わせた新しい登山スタイルをもっと追究して行く必要がありそうだな?」
「!? そ、その際には、ぜひ私にお手伝いをさせてください! これは登山の概念が変わりますよ!! わたしは今、歴史の節目を目にしているのですね!!」
俺の言葉になぜかシエルハちゃんが更にヒートアップしている。ううん、当然のことしか言っていないと思うのだがな・・・。むしろ、これまでの冒険者たちが平地での戦いに固執し過ぎていたんじゃないかな。山で戦う場合は平地とは全然違う方法論が必要なのだ。だいたい、山では歩く方法から違うのだから当然だな。
「まあいいさ。そういった今後のことは、まずは生きて還ってからするとしよう。まずはエルク草だ」
「あ、そ、そうですね。行きましょう!」
「やれやれ、騒がしい奴らじゃのう」
俺たちはそう言いながらクライミングを再開する。途中、2回ほどハーピーとの戦闘が発生したが、最初に戦った時と同様にアイスバイルの投擲と魔法による攻撃。あとは、シエルハちゃんが獣化してのハーケン投擲によって、次々とグランドフォールさせてやった。
そうして、竜のアギトも残すところ50メートルほどになる。もう3ピッチほどで登頂だ!
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。終わりが見えてきたな。モルテ! ビバークなしで一気に行けるか?」
俺が叫ぶようにして下のモルテに声をかける。
「大丈夫じゃ! むしろ天候の変わらんうちに登り切るべきじゃろうて!!」
「シエルハちゃんはどうだ!」
「問題ありません! 体力がある内に進みましょう!」
実は先程から風が少し出てきているのだ。風が強まる前に登頂してしまうのが正解だろう。もちろん、体力面で難しければ無理をするつもりはないが、俺もモルテも、そしてシエルハちゃんもまだ大丈夫そうだ。
よし、魔の山の初登頂まで最後の正念場だ!
俺が決意を新たにした時、シエルハちゃんからモンスターの襲来を告げる声が上がった。なんだ、またハーピーか? 懲りない奴らだ。
「次は何匹だ? ハーピーが何匹来ても敵じゃないぞ?」
「ちっ、違います! 下を見てください、麓から昇ってくる姿が見えませんか!!」
下・・・麓だと?
俺は目を凝らして魔の山の稜線を見下ろすように麓へと視線を移してゆく。
すると、一つの白い点が確かにこちらへと飛んで来ようとしているのが分かった。
白い点・・・だが、先ほどまでのハーピーとはどこか違う。
まず群れではない。それは黒い点が一つきりだ。そして、遠いためはっきりと分からないが、どうやらハーピーよりもよほど大きいように見える。
何よりも、魔の山の空気が変わった。先程まで静かに佇むだけだった山に強い風が吹き始め、どこから湧き上がったのか分厚い雲が辺り一帯をたちまち覆ってしまった。晴天はたちまち曇り空へと変わり、清浄で澄んでいたはずの空気が妙に重く俺にのしかかる。丸でこれから恐ろしいことが起こるかのようだ。
その影がコチラへと近づくにつれて、俺の喉がカラカラと乾いて行く。なんだ、この訳のわからない重圧感は!
だが、その嫌な雰囲気は俺などよりも、元々女神であったモルテの方が強く感じていたらしい。
「コーイチロー! 全力で対応するのじゃ!」
モルテの言葉に俺は理由など聞かない。この一瞬が生死を分けることを直感的に理解したのだ。無駄な会話を重ねている暇はない。
「分かった!」
俺はハーケンを強くハンマーで打ち込みビレイポイントを確実にしながら、相手が来るのを待ち受けた。そして、一番目の良いシエルハちゃんが絶望に染まった声で、俺たちにその白い点の正体について告げる。
「ホワイトドラゴンです!! A級冒険者でも束にならないと倒せない凶悪なモンスターですよ! でも、なんでこんなところに!?」
ド、ドラゴンだと!!さすがの俺も彼女の言葉に驚くしかなかった。
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