第4話 4合目
俺はここグライヤ平原を根城にしている盗賊だ。間抜けな旅人や商人どもをカモにしている。
元々はこの近くにあるテグの街で活動する冒険者の、しかもリーダーだったんだが、何年か前に「魔の山」で俺を除きパーティーメンバーを全滅させちまってからは、まるで階段を転げ落ちるように身を持ち崩しちまった。
くそっ、間抜けなメンバーを持つとこっちが迷惑するぜ・・・。
あの時の依頼は確か山頂に生えているという、エルク草を採取してくるっていう内容だった。
もちろん、依頼未達成により報酬はなしだ。しかも依頼を受けるにあたって色々と借金をしたせいもあって、たちまち首が回らなくなっちまった。しかも、パーティーを全滅させたリーダーってことで高い報酬が得られるオイシイ依頼は軒並み断られる始末。じゃあ、冒険者をやめて他の仕事を・・・つっても、冒険者一筋で生きて来た俺に、今さら普通の仕事が務まるわけもねえ。
ま、そうなりゃ人間、堕ちるのは早い。冒険者なんて元々、堅気じゃねえから、堕ちる先も絞られる。
そんな訳で、街に居づらくなった俺はこうして一人、しのぎに精を出しているってわけだ。
そして今、目の前には間抜けな男と女の二人組がいた。
一人は線の細い、いかにも育ちのよさそうな黒髪の優男だ。貴族だろうか? だが、なぜ独りでこんな場所へ? それに変わった服装をしている。もしかすると最近の王都で流行っている服なのだろうか? それから女の方は、まだ10かそこらの銀髪の小娘だ。だが、チラリと見えた容貌は、これまで見たどの女よりも美しかった。将来は大層な美人になるだろう。先ほどの親しげな様子から見て、あの男の女だろうか。自分が逆立ちしてもかなわないのはすぐに理解できたが、そうだとしても羨ましいばかりである。
だが、俺は口元をニヤリと歪める。その幸せそうな二人の仲を、これから引き裂くことを想像し溜飲を下げたからだ。
「へへへ、悪く思うんじゃねえぞ。こっちも商売なんでな」
女の年齢から言って恐らく初物だろう。だとすれば、かなりの値がつくはずだ。まだ幼いが、だからこそ買う客もいる。
俺は頭の中で自分の懐に入って来るであろう金貨の枚数を数えながら奴らを観察する。
どうやら女は簡単な魔法を使用できるらしく、男の前に水鏡を出していた。何か言っている様だが残念ながら遠すぎて聞き取ることは出来ない。
・・・それにしても、この辺りでは本当に見ない顔だ。やはり貴族の道楽旅行か何かだろうか? だが、それにしては妙に軽装なのと、徒歩と言うのが理解できないのだが・・・。
「へへっ、まあ、そんな事はどうでもいいか」
俺はナイフを持ち直すと、奴らに視線を定める。考えるのは止めだ。いくら頭を動かしても手に入るものはない。重要なのは相手に気づかれずに近づき、男の命を奪ってから、女が絶望している内に捕縛してしまうことだ。その後ゆっくりと身ぐるみを剥ぐ。
俺は肺一杯に空気を吸い込む。
そして獲物の方を真っ直ぐに見つめた。男は後ろを向いている。こちらには気づいてはいない。間抜けめ!!
俺は嘲笑を浮かべると、全力で駆け出す。たちまちのうちに相手との距離が縮まって行く!
まずは男を一突きで殺す。もちろん男娼にして売るという手もあるだろうが、欲張ってはいけない。女だけでも十分な金になるだろう。ならば、初手で男から戦闘力を奪うのが正解だ。恐らく大した力も持っていないだろうが、俺も元冒険者だ。油断するようなマネは決してしない。小さな油断が大きな後悔につながることを知っているからだ。
そう、それは時に命を奪うほどの結果に・・・。
そんな刹那の思考の内に、若い男の背中が目の前に迫った。
コイツ、まだこちらに気づいていやがらねえ! 振り返る様子もなく、無防備な背中を見せたままだ。
「悪く思うなよ!!」
これも俺が生きて行くためだ。
振り下ろした鋭いナイフが、「ガギン!!」、という音とともに男の背中へと吸い込まれた。
いや、待て。音がおかしくないか? ガギン! だと?
どうして生身の体を刺したのにそんな音がする?
「うわあっ!! っと、・・・ああ、本当に大丈夫だった。いや、もちろん俺はもちろんモルテを信じていたぞ?」
「ほう、ではその冷や汗はどうしたことじゃ?」
「え? うーん、これは初めて魔法を使った疲労というか・・・」
「そうかそうか。不思議じゃのう? それくらいの身体強化の魔法で疲れるはず無いのじゃがのう?」
何だ、コレは? わけが分からない!
俺はグライヤ平原を根城にする盗賊だ。凶悪なモンスターが徘徊するこの場所で生き抜いて来た一匹狼。腕も立つ!。
そんな俺が獲物と定めた子供二人に襲いかかったのだ。
それならば、今頃は血まみれの死体一つと、それにすがりついて泣き叫ぶ少女一人が出来上がっているはずなのだ。
それなのに・・・。
「まあ良いのじゃ。とりあえず、目の前のそやつを何とせねばならんのではないか?」
「だな。けれど、どうしたら良いんだ? 何せ俺は腕立て1回が限界の男だぞ?」
「ふむ、簡単じゃよ。そのまま殴れば良い。コーイチローが使った身体強化で防御もそうじゃが、攻撃力の方も上昇しておるはずじゃ。それに、転生してスペック自体も上昇しておるしのう。お主の今の力ならば、そやつ程度、一撃で倒せるであろうよ」
「そ、そうなのか? すごいな・・・」
若い男はのんびりとした様子で、銀髪の少女とそんな意味の理解出来ない会話をしてから、こちらへ振り向いた。
やはり若い! 柔らかな黒髪とほっそりとした体、整った容姿はどこかの貴族のようだ。だが隙だらけの体勢に、どこかポヤンとした態度。それでいて俺の攻撃を防いだ事実。
全てがちぐはぐだ。丸でどこか別の世界からやって来たかのようである。
「う、うぉおぉおおおおおお!!」
俺は訳のわからない恐怖が全身を駆け巡るのを感じた。何か、手を出してはいけないものに手を出してしまったような、そんな野生の勘が感じる焦燥をだ。
俺は一度は弾かれてしまったナイフをもう一度振り上げると、今度こそ男の息の根を止めるべく鋭く前に突き出す。
だが、その行為を嗤(わら)うかのように、目の前の男は手を払うような仕草をする。ただそれだけで、ナイフの刃が根元からバキンッと音を立てて折れた。
「は?」
俺は思わずそんな間抜けな声を出してしまう。
そりゃそうだ。このナイフは冒険者時代に高い金を出して購入した一品ものなのだ。
何度このナイフの切れ味、頑丈さに助けられたかわからない。
手で払っただけで、やすやすと折られる様なものではないのだ。
それをこの男はたった一撃・・・それも攻撃とは思えない挙動だけで・・・。
しかし、そんな風に俺が唖然としていると、目の前に突然拳が迫っているのが目に入った。だが、それはそうだと理解するのが精一杯で、とてもかわすことなど出来はしなかった。
そうして次の瞬間には、目の前が真っ暗になってしまう。
どうやら、ただの一撃で気絶させられたと気づいたのは、後ろ手に縛られた状態で目を覚ましてからのことだ。
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