第10話 10合目
「うーん、本当にこれでいいんだろうか?」
「そこを何とか頼む! もちろん報酬は弾ませてもらうからよ。あと俺の宿屋に泊まる時は、今後色々便宜を図らせてもらうぜ」
「むむ? いやいや、それだけでは足りんのじゃ。そうじゃのう、例のジュースをあと100杯ほど頂くとしようかのう?」
「そ、それは勘弁してくれねえか? 俺が破産しちまうよ・・・」
そんなバカな会話をしている間にも、大きな建物の前に到着した。
「ゲイルさんが言っていた場所ってここですか?」
「ああ、そうだ。でっかいだろう?」
俺とモルテはゲイルのおっさんに連れられて、街の中心近くにある大きな建物の前までやって来ていた。5階建てくらいだろうか?
その建物の扉からは屈強な男やフードを目深にかぶった者、騎士の如き出で立ちの者、牙を生やした獣人などが出入りしている。
すごいなあ、本当に異世界なんだなあ・・・。
俺がそんな風に感慨にふけっている間にも、ゲイルさんは勝手知ったる我が家の如く扉を開く。さすが元冒険者、手慣れてるなあ。
おっさんが半歩ほど中に入る。すると、突然こちらに振り向き、
「ようこそ、冒険者ギルドへ!! 歓迎するぜ、コウイチロウ!!」
そう大きな声で言って、手招きした。
やめろてくれ、恥ずかしい!! 前世で友達がいなかった俺は、目立つのがともかく苦手なんだよ!!
ざわざわ・・・ひそひそ・・・。
ほら見ろ、周りの冒険者たちがざわついてる。前世でも色々陰口をたたかれるタイプだったんだ。きっと今回も碌でもない事を言われているに違いないぞ?
「おいアレもしかしてドラゴンスレ・・・まであと一歩だった・・・」「若いのは・・・弟子・・・かなりの・・・」「・・・イプかも・・・」
ああ、やっぱり俺のことを何か言ってるな・・・。まあ気にしたら負けだ。俺はできるだけ外野を気にしないようにする。
軽くため息をついてから、一歩を踏み出した。
隣のモルテはというと俺の手を握って、やたらとブンブンと振っている。やけに嬉しそうだな?
「何でそんなにご機嫌なんだ?」
俺の質問にモルテはキョトンとした表情で答える。
「もちろん、冒険者になれるのが嬉しいのじゃよ?」
お、そうなのか。まさかそれほど冒険者に興味を持っているとは知らなかった。
だが、そう言うとモルテは首を横に振った。
ん? じゃあ、どういうことだ?
「コーイチローと一緒に冒険出来ることが嬉しいのじゃよ。冒険者になってパーティーを組めば、わしらはパートナーじゃ。パートナーはな、一緒にいないといけないのじゃぞ? じゃからな、コーイチロー、これからわしらはずーっと一緒じゃぞ? 色々な所を二人で見て回ろうな?」
彼女はそう言って女神のように微笑んだ。
何なのこの子、本当の女神じゃないか? そうか正真正銘の女神だった!
しかしマズイな、俺、全然ロリコンじゃないはずなんだが、このままだと・・・。
「お、俺の方こそ末永く頼む・・・」
「む? お、おう、分かったのじゃ・・・。そ、そこまで言われては仕方ないの・・・」
と、お互いになぜか俯いてもじもじとする。
「おい、お前ら。もういいか? ったく、よくこんな公衆の面前でいちゃつけるな・・・。ほれ、いい加減扉の前からどいたらどうだ? 他の奴らが通れねえだろ?」
そう言われてハッとして周りを見ると、先程よりも多くの冒険者たちがこっちを見てヒソヒソと囁いていた。
「・・・ン死ね・・・」「・・・チャしてんじゃねーぞ・・・」「・・・のにロリコ・・・」
ううむ、よく聞こえないが、どうやら通路を塞いでいたことで文句を言われてるようだ。さっさと中に入ってしまうとしよう。
俺はモルテの手を引いて建物のへと入る。
中は広めのロビーがあり、待合のためのソファや軽い打ち合わせができるよう丸テーブルが幾つも配置されていた。
部屋の奥手の方にはローカウンターがあって、何人かの受付のお姉さんが座っている。手際よく客をさばいていた。
一部ハイカウンターもある。そこでは冒険者が何か物を渡していて、それを受け取った受付嬢が奥に引っ込み、しばらくすると現金を持って再び戻って来るという作業を繰り返していた。どうやらアイテムをあそこで換金するらしい。
いやあ、冒険者ギルドって感じだなあ。
「おい、こっちだぞ、コーイチロー?」
俺が珍しい光景にキョロキョロとしている内にゲイルさんはずんずんと先に進んでいたようだ。すでにローカウンターの前にいる。
おっさんの前にはカウンターを挟んで、一人の受付嬢がふわふわとした笑みを浮かべて待っていた。桃色の髪をした優しい雰囲気をただよわせるお姉さん、といった感じである。
「アリシア、こいつが今言っていたコウイチロウとモルテだ。コウイチロウの方は元冒険者の盗賊アーレンを倒したスゲエ奴さ!」
「まあ、まだ若いのにすごいのねえ。あ、自己紹介がまだだったわね。わたしはアリシア。この冒険者ギルドで受付や相談窓口をやってるのよ」
よろしくね、と言いながらニッコリと笑って手を差し出してきた。
「あっ、はい。どうぞよろしくお願いします」
女の子の手などほとんど握ったことのない俺としては、緊張の瞬間である。まったく、ただの握手に緊張してしまう俺って・・・。
だが、なぜかゲイルさんは怪訝な顔をして、ニコニコと笑うアリシアさんの方を見ていた。どうしたんだ?
「何だか他の冒険者どもと扱いが随分違うくねーか? だれが誘っても断るお前さんが、えらい気前が良いじゃねえか?」
「え~、そうだったかしらあ? きっと気のせいよ。それに、モルテちゃんみたいな小さい子の面倒を見ながら二人で旅してるんでしょ? 偉いわねえ」
彼女は微笑みながらモルテの方を見る。
だが、なぜかモルテは不機嫌そうな表情をしてそっぽを向いてしまう。そして、なぜかアリシアさんと握手している方とは逆の手をつねり始めるのであった。
「あたたたた。ちょっ、モルテいきなりどうしたんだ?」
「コーイチローはもてるのー? なんじゃ、お主は女なら誰でも手を握るのか?」
と、よく分からないことを言いながら、更にギューッとつねるのだった。痛い痛い。
なるほど、もしかしたらモルテは神様だから握手という文化を知らないのかもしれない。こんな綺麗なお姉さんが俺の手を握ってくれる理由なんて、あくまでそういった文化にのっとった作法・・・儀礼的なものに決まっているというのに。
「モルテ、これは握手って言ってな、これから仲良くしていきましょう、っていう作法みたいなものさ。人間にはこういった文化があるんだよ」
すると彼女はジトッとした目で俺の方を見つめた。なんでだ? だが、本気で分からないという表情をする俺に、ハァ~と深いため息をつく。あれれ?
「もちろん、わしとて握手くらい知っておるのじゃが・・・まぁ良いのわい・・・」
彼女はそう言うと、つねっていた手を逆に優しく撫で始めた。ううむ、よくわからん。
「あらあら、これは強敵ねえ。というか私のも伝わってないのね~」
と、お姉さんも眉をハの字に曲げて、何やらよく分からないことを言っている。
「あ、そうじゃ」
と俺の手を撫でていたモルテが、ふと気づいたというふうにアリシアさんの方に振り向いた。いや、けっこう身長差があるから見上げたといった方が正しいか。
「大事なことを言っておらんかったのう。アリシアとか言ったな? わしは別にコーイチローに面倒を見てもらっておる訳ではないぞ。その点、間違えるでないぞ? コーイチローとわしはな、一心同体のパートナーなのじゃからな!」
モルテがフフンと得意げに言った。なんでアリシアさんにそんなことを得意げに言うのだろうか? それに、いつもよりも若干口調が悪いような・・・?
案の定、アリシアさんは困ったような笑顔を浮かべている。きっと、戸惑っているのだろう。
「うふふ、そうねえ。大事なお兄ちゃんですものね。ええ、パートナーだと思うわ。たっぷり甘えたらいいんじゃないからしら? お兄ちゃんにね」
笑顔で話すアリシアさん。やはり兄妹に見えるのだろうな。そういう意味では普通の反応と言えるだろう。・・・だが、なんだろう。アリシアさんの笑顔から、なぜか強烈なプレッシャーを感じてしまうのだが・・・。
「ふっふっふ」
モルテもまさに女神といった微笑を浮かべている。
だが、二人の間に何やらゴゴゴゴゴゴゴ・・・という雷鳴の如き音が鳴っているように思えるのはなぜだろうか?
「おい、お前ら、そういうのは後にしろ。他の客もいるんだ。用件を先に済ますぞ!」
正体不明の重圧をものともせずにゲイルさんの太い声が割って入った。よく分からないが、ともかくおっさんグッジョブだ!!
「そ、そうだな! 今回俺たちは冒険者になろうと思って、ここに来たんだ。それで、アリシアさん、登録するにはどうすれば良いですか?」
すかさず話題を転換する。
すると、さすがにプロらしくお姉さんはすぐに営業用のスマイルになると、おっとりとした口調ながらスラスラと説明を始めた。
「冒険者登録ですね? 冒険者になるのに条件は本当言うと色々とあります。出自とか、保証金とか、あと一番大事な点になるけれど、腕前も確認することになるわ。やっぱり危険な仕事ですものねえ。むざむざと死なれちゃ夢見が悪いでしょ? あ、でもねえ」
彼女は豊かな胸の前で手のひらを打ち合わせると、
「コーイチロー君は別ね~。 何せあのドラゴンスレ・・・」
「おい! その話はいいだろう?」
何かを言い掛けたアリシアさんをゲイルさんが止めた。何なんだ?
「あら・・・そーう? まあいいわあ。ともかくB級冒険者ゲイルさんのお墨付きがあるんでもの。ホント、この頑固者の冒険者がここまで推す人材なんて今までいなかったのよお? ホントにすごいことなんだからねえ? ま、ともかくギルドとしてはこれ以上ない保証なわけ。なのでえ、コーイチロー君は晴れて全試験免除とします。はい、パチパチパチー」
一人盛り上がるアリシアさんを前に、俺は勢いについて行けずにただただ唖然とする。
いや、それで良いのか、冒険者ギルドよ。いくらなんでも適当すぎないか? ほら、周りの冒険者たちが何かを言っている。当たり前だ、こんな方法で入ってくる新人冒険者に、みんな納得できるはずが無いのだから・・・。
「すげえな、あの新人ただもんじゃねーぜ?」
「ああ。あのゲイルさんに認められたんだからな!」
「あの盗賊アーレンを倒したのも本当のようだ。門番どもが噂してたぜ?」
「へえ、今度パーティーに誘って、一緒にゴブリン退治と行くか!」
って、おおい! それで良いのか冒険者たちよ! お前らってもっとこう、聞き分けが悪くて、荒々しい獣のような奴らじゃないのかよ! 何、ぽっと出の新人を普通に受け入れてんだよ。からむくらいしてこいよ!
「しかも、アイツ、冒険者になる理由ってのが、ゲイルさんの奥さんを治すために、あの伝説のエルク薬を魔の山に取りに行くかららしいぞ?」
「マジかよ・・・。登頂した奴がいないっていう最高難易度のクエストじゃねえか・・・」
「男だな。俺たちがグス・・・できなかったことをグス・・・やろうとしてるんだ・・・」
泣いてる奴いるし! しかも、それが完全に世紀末風なモヒカンの兄ちゃんなんだが。モヒカンにするか、泣き止むか、どっちかにしろよ!
はぁ・・・何だろうココ。人相や格好はどう見てもヤクザな奴らばっかりなのに、前世で周りにいた奴らよりよっぽど善人っぽいんだが・・・。
「のう、ちょっと良いか? コーイチロー」
と、周囲の状況に混乱していた俺を、モルテの声が引き戻してくれる。
「ん、ああ、すまない。どうしたんだ?」
「さっきからコーイチローの話は出ておるが、わしの話がでないと思っての? わしは登録してはダメなのかのう?」
そう言ってシュンとした顔をする。
そうだった。モルテも登録するという事を言わなくては。
「アリシアさん、すみません。冒険者登録するのは俺だけじゃなくて、このモルテも一緒にお願いしたいんです。信じられないかもしれませんが実力は俺以上ですよ」
なんせ元神様ですんで。まあ、本来の力の1%も使えないとの事ではあるが、それでも相当レベルの高い魔法も使えるのだ。
「えっ、この子がですか~? えっと、ゲイルさんそこのところはどうなんです?」
「宿屋でも同じことを言ってたな。ありゃ冗談じゃなかったってことか。ううん、信じてやりてえが、どう見ても10歳かそこらの嬢ちゃんにしか見えねえからなあ。見た目が若いエルフ族、ってわけでもなさそうだし・・・」
「そうですよねえ、耳とがってませんもん。あっ、それでしたら、いい方法を思いつきました~。ちょっと待っててくださいねー」
アリシアさんはそう言うと足早に奥の部屋へと引っ込んだ。そしてガサゴソという慌ただしい音を立てたかと思うと、たちまち戻って来る。
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