第13話 13合目

「おい! そっち行ったぞ!」


「えー? 見付かんないぜー?」


「よく探せって。確かにそっちに行ったはずだぞ!」


遠くの方でいかにもなイタズラ好きそうな少年たちが、首を伸ばしてキョロキョロとしている。どうやら俺の方にいきなり飛び込んで来たこの動物のことを探しているようだ。


「キューン・・・キューン・・・」


「んん? 何だと思ったら犬・・・いや、こいつキツネか!?」


金色の毛玉としか見えなかったそれは、よく見るとペタリと伏せられた耳と尖った口があった。かなり怯えているようだ。


うーん、それにしてもやわらかいな~。ふわふわだな~。


前世では犬も猫もろくに懐いてくれなかったからなあ。むしろ俺が近づいたら露骨に威嚇されるか、最悪噛みついてくるんだよな。割と動物は好きだったのに悲しかったもんだ。


多分、このキツネはあのガキどもから逃げるためとはいえ俺を頼って来たということだろう。ま、理由が何であれ嬉しいもんだ。


そんな風に俺は場違いにもほっこりしてしまう。いやあ、それにしてもキツネの体ってこんなに柔らかいんだなあ。なでなで。


「おい、あっちに行ってみるぞ!」


少年の一人がコッチへやってこようとする。おっと、まずい、ついトリップしてしまっていた!


俺は考える事も無くキツネを体から引き離した。キュウン! という悲鳴が上がるが時間がない、許せ!!


「モルテ!」


「オオっ! なのじゃ!」


スポっ!


俺は引き剥がした金色のふわふわを、丸でマフラーのようにモルテの首に巻き付ける。


・・・はっきり言って気温は温かいくらいなので、マフラーをしているのはかなりおかしいのだが、咄嗟にそれに気づくことは難しいだろう。


案の定、悪ガキどもは目の前を通り過ぎると、そのまま遠くの方へと行ってしまった。うむ、大人の知恵の勝利だ!


「ふう~、もう大丈夫だぞ?」


俺がそういってモルテの首に巻き付いたキツネに呼びかけると、そいつは最初警戒するように周囲を見回した後、本当に脅威が去ったことを確認してホッとしたような仕草をする。


えらく賢そうなキツネだなあ。ま、良いか。


俺たちには行くところがあるしな。


「さて、と。少し予想外のことが起こりはしたが、気を取りなおしてシエルハ登山道具店に向かうとするか」


「そうじゃな。今日の内に道具の方は見ておきたいからのう。ゲイルの奥方の容態は、比較的安定しておるらしいが、モタモタとせん方が良いじゃろう」


「ああ、女神さまの言う通りにするとしよう」


俺がそう行って歩き出そうとすると、モルテの首に巻き付いていたキツネが地面に飛び降りた。


そして、「キュイ! キュイ!」とコッチの方を見上げながら何度も鳴きつつ、先を歩いて行く。


何だ、何だ?


俺とモルテが思わず立ち止まり、顔を見合わせる。


だが、キツネは俺たちが立ち止っていることに気付くと、またもや「キュイ! キュイ! キュイ!」と鳴いた。まるで・・・、


「俺たちに付いて来いって言ってるのか?」


「そのようじゃが・・・。まさか、お主のいた国の物語のみたいに浦島太郎の亀ではあるまいな? わしはお主をむざむざと乙姫に渡すつもりはないぞ?」


「まあ、乙姫が嫌がるだろうから、それは無いとして、いちおう付いていくか? 悪意みたいなものは感じないし」


俺は前世で碌な人生を送って来なかったせいで、人の悪意とか負の感情にとことん敏感なのである。あまり威張れる話ではないが。


その勘があのキツネが悪い動物ではないと告げるのである。


「ふむ、では付いて行ってみるとするかの? どこに案内してくれるのか興味もあるしのう。それにしてもお主、相変わらず自己評価が低いのう。わしが見込んだ男じゃというのに。ま、まあ、わし的にはその方がいらぬライバルが登場せんで済むので助かるがの」


モルテはよく分からないことをブツブツと言ってから、俺の手を取るとキツネの後を追いかける。


俺もモルテの小さい歩幅に合わせる様にして付いて行った。


だが、20分ほど歩いたところで俺もモルテも茫然とすることになったのである。


なぜなら先を歩いていたキツネが立ち止まった場所が、「シエルハ登山道具店」と看板を掲げたお店の前だったからである。


こ、このキツネ、人間の言葉が分かるのか!?


俺がそんな風に驚いている間にも、キツネは器用にも建物の庇(ひさし)やら窪みを跳ねるようにして2階の少し開いた窓の隙間へと入って行った。


俺たちはどうしていいのか分からず少しばかり立ち尽くしていると、建物の中から階段を駆け下りるドタバタという音が響いて来た。


そしてすぐにバンッ! という音を立てて、一人の美少女が扉を開けて姿を現したのである。


「ようこそ! シエルハ登山道具店へ!!」


少女はそう言ってニッコリと笑った。ふわりとした美しい金髪が風に揺れた。

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