第18話 18合目
「頼む作らせてくれッ!!」
ちょ、いきなり五体投地かよ!?
俺たちは冒険者ギルドを出ると、その足でクワンガ爺さんの鍛冶場へとやって来た。そこにはいくつもの炉があって、周囲には似たような顔をした、いかにもドワーフといった立派なヒゲを蓄えた職人たちがところ狭しと駆け回り、鉄を打ち、汗を流していた。室内は熱気がこもり真夏のように暑い。
その中でも一番立派なヒゲを蓄え、大きな兜をかぶった爺さんこそが、シエルハちゃんの言うクワンガさんであった。彼女が紹介してくれたおかげで挨拶は何とかなったが、身長は低いががっしりとした体と鋭い眼光に正直ビビる。だが、いざ作って欲しいものを伝え始めると、すぐにクワンガさんの目が大きく見開かれた。
そして、現在の五体投地になったというわけである。・・・いや、やっぱりおかしくありませんかね?
「あの、クワンガさん、今回の件はむしろ俺たちが頼む立場ですから、頭を上げてもらえませんか? っていうか、この道一筋、凄腕の鍛冶師って聞いてたから、どれだけ気難しい人だろうと心配してたのに予想外すぎますよ。ちょっと腰が低すぎでは? ほら、周りにお弟子さん(?)もいらっしゃることですし」
俺がそう言うとさすがにクワンガさんも周囲の視線に気付いたのか顔を上げる。
「む、そうか。いやあ、だが久しぶりに痺れる注文じゃったから、ついつい身を投げ出してしまったわい。それで、どうじゃろう、コウイチロウ殿」
「ええ、元からクワンガさんにお願いするつもりでしたから。シエルハちゃんからもクワンガさんが凄腕の鍛冶師だと聞いていますからね」
「そうかそうか! 是非、任してくれ。それからわしのことは今後クワンガと呼んでくれ!!」
「え? いやあ、さすがに年上を呼び捨てにするのは・・・」
「何を言うか! わしらはすでに共に新しい道具を創ろうとするパートナーではないか! さん付けなどよそよそしいわい! クワンガと呼んでくれ!」
えええ、何だかこっちの世界に来てから、やたらとパートナーって言葉を聞くんですけど。前世ではパートナーどころか友達すら一人もいなかったんですが・・・。
「え、ええ、もちろん。クワンガさ・・・クワンガが構わないなら、そう呼ばせてもらいますよ。なら俺の方もコウイチロウと呼び捨てにしてください。さ、それじゃあ作って欲しいアイテムについて、もう少し説明を続けても良いですか?」
「うむ、コウイチロウ殿、ドンと来い!」
呼び捨てになってないし!! はあ、もういいか。
「は、はあ。ではまずハーネスですが、こういう感じです」
俺は粗末な紙にそのギアの形を描いていく。ハーネスとは腰にベルトのように巻く部分と、太ももに巻き付ける輪っかが繋がっているクライミングギアだ。これに登山用ロープや
「ふむ、なるほどな。柔軟性と耐久性を併せ持った方がいいだろう。岩場から滑落した際にはしっかりと衝撃を受け止められないといけないだろうからな」
「その通りです。登っている最中に
「そいつはゾッとしない話だな、了解した。これにはワイバーンのヒゲを編み込んで作る事としよう。では次に行ってくれ」
「分かりました」
俺は頷いて次の話に進もうとする。だが、なぜか周囲のドワーフたちが驚いた表情をしているように感じた。気のせいだろうか?
「どうしたコウイチロウ殿、焦らすのはよせ!」
「いえ、別に男を焦らすような趣味は・・・。じゃあ次はこれです。機構はそれほど難しいものじゃありませんが」
そう言ってサラサラと次のギアを描く。それはカラビナ、と言われるギアである。
「ハーネスとつないだり、後で伝えますがハーケンとつないだりする、とても重要なギアです。破損は
「ふっ、難しい注文をする男だな。だが、燃えてきたぜ、これも了解だ。
さすが超一流の鍛冶師だ。前世の世界における最先端のギアの性能や特徴を、俺の抽象的な話を聞くだけで一瞬で深く理解しているのだから。
俺が前世のことは伏せてそう言って褒めると、クワンガは首を振って否定する。
「いや、コウイチロウ殿の説明が良いんだ。知識と経験に裏打ちされた内容だから、とてもわかりやすい。他の奴じゃあこうはいかんだろうさ」
そうか、俺の登山なんて下手の横好きに過ぎないんだが、何にしても褒められるのは嬉しいもんだ。
そのことをコソっとモルテに呟くと、彼女は大きくため息をついてジト目で俺の方を見る。ううむ、なぜだろう・・・。
「まあいいか。では次ですね。さっきも出てきたハーケンです。これは壁に打ち付けて使うものでヘッドのところにはロープやカラビナを通す穴が必要です。登攀の途中で
「うーむ、こいつも重要そうだな。こいつは数がそれなりに必要になるだろうから、十分用意するにようにしよう」
本当に話が早くて助かるなあ。
「さて、それでは最後にアイスバイルです。氷壁登攀をするための専用の道具といったところでしょうか。片方は壁を突き刺すための
「ほう、合理的だな。
「ぜひお願いします! 実はリクエストしようかと思っていたくらいです」
「そうか、そうか。がっはっはっは!」
機嫌よさげに笑うクワンガに釣られて俺も笑い出す。
すると、なぜか周りのドワーフたちがまたしてもザワザワとしだした。
「おい、あの鬼のクワンガが笑っておるぞ」
「ああ、明日雪でも降るんじゃないか?」
「それにさっきだってワイバーンのヒゲをあっさりと使うことを決めおったぞ。ありゃ貴重品じゃからっちゅうて、貴族どもから再三要請があっても使わんかった秘蔵品じゃなかったかの?」
「ふうむ、あの若造、大したやつじゃ・・・」
何やら過大な評価をもらっているようだが、使い慣れていた前世のクライミングギアを紹介だけで、運が良かっただけですって。
俺が苦笑いしながらモルテにそう言うと、彼女は呆れたように、
「そんな高校生がそうそうはおらぬと思うがなあ。実際大したもんじゃと思うが・・・」
などとツッコまれた。うん、どうやらモルテも俺を過大評価するくせがあるみたいだな。
俺は頭をかきながらシエルハちゃんの方を困ったように見つめる。だが、彼女は彼女でなぜか赤面した顔で俺とクワンガの方を見ていた。なんだどうした? 体調でも悪いのか?
「コウイチローさんって誑かし上手なんですね・・・。しかも、男女の見境ない悪食タイプ・・・。はぁ・・・わたし何だかドキドキしてきました」
ドキドキすんな。いきなりダメな方向に走りだそうとするんじゃない!
「ま、まさかわしがこれほどアプローチしても薄い反応しか示さんのはそういうことなのか!?」
お前はお前で何を言い出すんだ。
「うむ! 今日は久しぶりに気分がいい! おいお前たち、今日はコウイチロウ殿を囲んで酒盛りだ! 倉からありったけの酒を持ってこい!」
って、いつの間にかクワンガが盛り上がってしまっている! おかしいな、さっきまで画期的なクライアントギアの開発会議をしていたはずなのに。お酒の要素なんて一つもなかったはずなのに。
俺がそんな風に驚いている間にも酒樽がドン! ドン! と運び込まれて来る。とんでもない量だな、まさかこの量を全部飲むなんてことは・・・。
「よおし、今日はトコトン飲むぞ! 新しいギアの開発に乾杯! 振る舞い酒だ! てめーら残すんじゃねえぞ!!」
ハイサー!! と周りのドワーフたちから快哉が叫ばれた。
Oh・・・。
まあ、でもそうだよな、ドワーフだもんなあ。三度の飯より酒が好きですよねー。
と、そんな風に他人事のように眺めている余裕が俺にあるはずもない。クワンガは確かに言ったのだ、”コウイチロウ殿”を囲んでの酒盛りだと。そう、なぜかいつの間にか俺が主賓になっているのである。
なんでだよ・・・そもそも前世で何か催しの中心になんてなったことがないからどう振舞って良いか分からんぞ?
俺が戸惑っているとシエルハちゃんがコソっと俺に耳打ちをしてきた。
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