第20話 20合目
「う、うえええええ、気持ち悪いのじゃ・・・」
「うう、頭が痛いです~・・・」
「お前たち、お酒弱いのな・・・。それにしてもせっかくの美人が台無しだな・・・」
「いやあ、コウイチロウ殿が強いだけじゃねえのか? アレだけ飲んで、どうしてピンピンしてるんだ? 本当に人間族か?」
「はあ、そんなもんですかねえ?」
俺たちは結局深夜までドワーフたちと飲み明かし、少しだけ眠った。気がついてみれば日が昇っていたというわけである。
「今酔い覚ましの魔法を掛けるからチョット待ってろ」
「酔い覚ましの魔法なんてあるんですか?」
「なあに、ただの解毒魔法だよ」
「なるほど」
念のため俺も含めて解毒魔法を使ってもらうと、確かに少しダルかった感じがスッと引いた気がした。さすがに魔法ってのはすごいな。
「さて、と。じゃあクワンガ、俺たちはそろそろお
「おお、また来いよ! コウイチロウ殿とはこうして“精霊の盃(さかずき)”を交わした仲だ。いつでも歓迎だからな!! そうだ、絆の証としてこの精霊のペンダントをやろう」
それはメノウのような青い石がはめ込まれたペンダントであった。
「えっ、こんな高そうな物、受け取れませんよ! ・・・っていうか、精霊の盃(さかずき)、って何ですか?」
俺が聞き覚えのない言葉に首をかしげると、復活したシエルハちゃんが説明してくれた。
「ドワーフ族が一族の友と認めるために行う儀式のことですよ。ドワーフにとっては一晩しっかりお酒に付き合ってくれるのが一番の友達ですからね。昨日夜通し飲み明かしたコウイチローさんは晴れてドワーフ族全体が認めた友達ということです。ああ、言っておきますけどね、ドワーフたちのお酒に一晩付き合えるような人間はいないんで、かなり稀なことだと思ってください。私も初めて見ましたよ」
「そ、そうなのか? まあ、まだまだ行けたけどな。さすがに夜遅くなったから一眠りはしたけど。いや、それにしたってこんな高そうな物もらうわけには・・・」
「がっはっは、アレだけ飲んでまだ行けるとはな! なら、ますます受け取って貰わんといかん。実はそれは特殊な魔法が込められたペンダントでな。いざという時、きっと役に立つだろう。特に魔法使い相手にはな」
うーん、困ったなあ。前世で友達なんて一人もいなかったから、こういう時どう対応していいか分からんぞ? 俺は困って隣のモルテの方を見る。
「ふむ、そうじゃな、もらっておいてはどうじゃ?」
「モルテ?」
「友人の証といってくれるものをあまり拒むと非礼に当たるじゃろう。その代わり、たまに来て酒に付き合ってやるが良い」
「お、モルテの嬢ちゃんは話が分かるじゃねえか! そうだぜコウイチロウ殿、何もかたっくるしく考える必要はねえんだ。また酒に付き合えって言ってるだけだからよ」
「そうですか? では、お言葉に甘えて」
俺はクワンガからペンダントを受け取る。やはりまだ照れるが。
そして、せっかくのプレゼントなので、その場で首にかけてみた。うん、俺みたいな男がペンダントしてもしょうがないよな! せめて、もう少しかっこいい奴がすれば絵にもなるんだろうけどな~。
「ほう」
「ふうむ、なのじゃ」
「ええ、これはなかなか」
正直なリアクションをありがとう。まあ、友情の証だって言ってくれたんだ。前世のことを考えれば嬉しいのは本当だ。何だか照れてしまう。だから、外さずに付けておくとしよう。
さて、思わぬ長居をしてしまった。まだ寝ているドワーフたちも多いが、俺たちはギアの開発のこと、それから美味い酒を振舞ってくれた事に礼を言って、工房を後にしたのであった。
ふ~、何はともあれうまく行って良かった。
「で、次はどうするのじゃ?」
俺が一仕事終えた感じでほっこりしていると、隣を歩くモルテが聞いて来た。
そうだなあ、クライミングギアの開発依頼はとりあえず完了したから、早速次の段階に移るとしよう。
「ああ、開発には1週間ぐらい掛かると言っていたから、その間に他の準備を進めるとしよう。さしあたっては魔の山の情報収集と、それに基づいた
「ふむ、そうじゃの。登山に関しては準備は幾らやっても足りんと言うしな。では、早速取り掛かるのがよかろう。・・・それにしても、ギアの開発期間が1週間というのはわしにはまだ信じられないのう・・・。ドワーフ族とは一体・・・」
「それはまあ、ドワーフだからな。考えたら負けだぞ、モルテ」
「そんなものかの? なんじゃか女神であるはずのわしより、お主の方がこの世界に順応して来ておるようじゃの・・・」
いや、漫画世代なだけなんだけどな。俺たちの世代っていうのは、こういう突飛な展開に慣れているのだ。まあ、もしも一昔前の世代だったら、とてもすぐに順応することなど出来なかっただろう。俺の親にしても周囲の大人にしても、少しばかり頭が固かったからな。
「情報収集となれば山岳ネット協会長の私の出番ですね! 魔の山に関する情報をお伝えすればよろしいでしょうか?」
「ああ、助かるよ。ただ、さすがに計画を一日で立てることは出来ないだろうから、集中して作業できる部屋を一つ確保できると良いんだけどな。そうだ、ゲイルさんの宿屋はどうだろう? 色々と便宜を図ってくれるって言っていたからな」
「うむ、グッドアイデアじゃと思うぞ?
「それは・・・ゲイルさんの財布と相談してくれ。まあ宿の経営も順調らしいから大丈夫そうだけどな」
「ゲイルさんのお宿と言えば“安らぎの鳥亭”ですね、了解しました。では私の方は少し資料を集めて来ます。協会の人たちに言って集める物もありますのでチョット時間をください。そうですねえ、夕方頃に集合しませんか? 食事を取りながら作戦会議行きましょう!!」
「賛成だ。じゃあ、夕方頃に宿に集合だ!」
俺たちはシエルハちゃんと後ほど合流することを約束して一旦別れる。
さて、夕方までとなると結構時間があるな。まだ時刻は早朝である。
あ、そうだ、アレを済ませてしまおうか。
「なあモルテ、シエルハちゃんがいない間にコッソリやっておきたいことがあるんだが?」
「ふむ、奇遇じゃの? 実はわしもシエルハの居らん内に試しておきたいことがあったんじゃが・・・。まあ多分、同じことを考えておるのではないかのう?」
「ちなみに高所順応じゃないよな?」
「高山病を予防するために徐々に体をならすアレのことか? まあ、やっても良いが今回落とす山は標高4000メートルなのじゃろう?
「そうか」
「わしが気にしておるのはな、どちらかといえば異世界順応とでも言うべきものじゃよ。平たく言えばモンスターとの戦いに少し慣れておいた方が良いのではないか? ということじゃな」
うん、どうやら俺が考えていたことと同じようだ。息が合っているようで嬉しい。
「だな。単に登山するだけでも死ぬことがあるのに、この世界ではモンスターが出るって言うんだから・・・。難易度は二倍にも三倍にもなると思ったほうがいい」
「そうじゃな。登山は技術も必要じゃが、本質は人の持つ体力と知恵による自然との戦いじゃよ。普通ならばいかに消耗を抑えながら進めるかが登頂の成否を分けるのじゃが・・・。まったく、酸素の薄い高所でモンスターと戦闘するなど悪夢でしかないわい。エネルギーを大量に使用するからのう。が、分かっておるのならば備えるしかあるまい」
「ああ。とりあえず俺に何が出来るのかを知っておきたい。前世に比べれば身体能力が上がっていることは分かってる。あとはどういう魔法が使えるかとか、武器を使用しての戦闘方法だとかを習っておきたい。シエルハちゃんには悪いけど、俺たちが別の世界から来たと知られる訳にはいかない。無用のトラブルになりかねないからな。だから、シエルハちゃんのいない間に、こういった“異世界順応“は済ませておきたい」
「同感じゃな。わしらが異世界人じゃと言うべきではなかろう。あとな、わしも現界した以上は女神の力は出せん。この世界ではそこそこの体力と魔力を持っておる小娘に過ぎん。じゃからお主の力を底上げし、連携することが肝要なのじゃ。1週間では難しいかもしれんがのう。あ、ちなみにわしの事は心配するでないぞ? お主と山をやるくらいの力はあるのでな。クライミング時のビレイヤーの役割は十全に果たせるのでな? こんな幼いナリじゃが、そこは疑うでないぞ? つまり、他のやつとパートナーを組みたいなんて決して言い出すではないぞ?」
「そんなに心配しなくてもモルテ以外にパートナーはいないさ。それにしても見た目ただの絶世の美人だってのに、俺より力があるんだよな。さすが元女神様だな」
そう言って頭を撫でると、モルテはビクっと体を震わせた後、頬をたちまち真っ赤に染める。
「び、美人とか言うでないわ。それに今でもいちおう女神じゃぞ? この世界で寿命を迎えたらまた復職じゃ」
「あ、そうなのか? だとすると俺はただの人間だから、死んだら天国とか地獄とかかな?」
「あー、普通ならそうなのじゃがな。お主はわしのパートナーになったわけじゃろ? ということはじゃな、ゴニョゴニョ」
「ん? よく聞き取れなかったんだが・・・」
「ま、まあ良いではないか! ほれ、夕方には登山計画の打ち合わせじゃ。モタモタせんとモンスターを倒しに行くぞ! とりあえず冒険者ギルドで初級のクエストを受注しようではないか!」
「お、おい、急に引っ張るなよ」
俺はいきなり手を取って走り出したモルテに引っ張られる形で、冒険者ギルドへの道を駆け出したのであった。
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