第14話 14合目
「先程は危ないところを助けて頂き、まことにありがとうございました!」
俺たちは店の2階へと通されると、見知らぬ少女からお礼を言われていた。
俺は落ち着くために目の前に出された飲み物に口をつける。お、けっこう美味いぞコレ・・・、っていうか、まんま紅茶の味だ。
案外、前世の世界と似たような食べ物や飲み物があるのかもしれない。
まあ、その辺りの確認は後回しだ。
今はとにかく目の前でニコニコと笑顔を浮かべる少女と話をしなければならない。
「えっと、確認なんだが、要するにさっきのキツネは君だったって事で良いんだよな?」
「はい、そうです! 本当に助かりました。元の姿に戻るには、この変化の葉が必要なんです。なのに私ったら、つい忘れて行ってしまって。まあ、1日たてば戻るんですが・・・。しかもウッカリと子供に見付かっちゃったせいで追い回されてしまいました。あ、すみません、自己紹介がまだでしたね。私はこの登山道具店を経営しております“シエルハ”と申します。ええっと、それでお二人のお名前は・・・?」
「高一郎だ。あと、彼女はモルテという」
「宜しく頼むのじゃ」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。そうですかー、コウイチローさんですか、思ったとおり素敵なお名前ですねえ。それに何だかお二人を見てると絵を見てるみたいです・・・」
「うん? どういう意味だ?」
「あっ、すみません。一人暮らしが長くて、つい独り言を言う癖が付いちゃってるんですよね。どうか気にしないでください!」
まあ、そう言うなら話を進めることにしようか。
「で、君がこのお店をやっているのかい? しかも一人で?」
俺は疑問に思っていることを口にした。というのも、目の前の少女はモルテと同じくらいの年恰好で、まだ幼さを残した容姿だったからだ。見たところ10歳かそこらくらいだろうか。
「ああ、そのことですか。キツネ族の獣人を見るのは始めてですか? 私たちの種族はなかなか老化しないんですよ? そのうえ早熟でして、10歳で一人前と言われているんです。ですので、私はキツネの獣人種の中ではれっきとした大人な訳です」
なるほど、やっぱり異世界なんだなあ。結局何歳なのかは分からないけど・・・。
しかし、この子も相当な美人だな。モルテのような絶世の美人というよりは、キツネに化けてる時に感じたフワフワとした感じのする可愛らしい女の子である。少なくとも前世ではお目にかかったことがないレベルなのは間違いない。
うーん、こういう綺麗な子と話ができるだけでも転生した甲斐があったなあ。
と、俺が低俗な理由で感動しながらシエルハちゃんの方を見ていると、
「あの、そんなに見ないでください」
そう言って顔を俯けられてしまった。しまった、気持ち悪かったに違いない。自重しないとな。
「ええっと、その、それでコウイチローさんたちは私のお店にご用があっていらっしゃったんですよね? 何をお求めですか?」
ありがたいことにシエルハちゃんの方から話を変えてくれる。なぜか顔がほんのりと赤くなっているのは、やはり俺みたいな男にジロジロ見られて嫌だったからだろう。反省反省。
「ああ、そうなんだ。実は今度、魔の山に登ろうと考えていてね。そのための地図や
「そうですかー。私は普段からあの山を狩場にしていますので、アドバイスできるかと思います。どのあたりまで登られるご予定ですか?」
「経験者か、それは助かるな。山ってのは知識だけじゃどうしようもない部分が多いからな。できるだけ他の登山者から話を聞いておきたいと思っていたんだ。危険箇所や閉鎖ルートなんかも分かれば教えて欲しい」
「すごい・・・」
ん?
「あ、すみません、何だかとても山に慣れていらっしゃるみたいだったので。まだ人間種としては若そうなのにスゴイなーって。うちに来るお客様の中にも登山道具に関しては良い物を揃えようとする方はいらっしゃるんですけど、登山には情報収集と登山計画こそが肝心だってことを理解している方は本当に少なくて・・・」
「なるほど、そうなのか。まあ初心者にはよくあることだな。道具や技術にばかりこだわる奴が多いのは、どこの世界でも同じか。もちろん、どっちも大切だけど、一番大事なのは事前準備なんだよな」
「そうそう! そうなんですよ~。私もお客様に山行(さんこう)する時は準備が全てですよ! って口酸っぱく言うんですけどね~。鬱陶しがられるだけなんですよね~」
「それもありがちなリアクションだなあ。そもそも登山を実施するか否かの判断が、まずは一番大事な作業なんだ。事前情報と計画が無けりゃ、それすらままならないってのに」
そうなのだ。天候が悪ければ登山グループのリーダーは山行の中止をきっちりと判断しなくてはならないし、ルートや距離を確認してメンバーの誰か一人でも付いて来れないと判断すれば、やはり山に入ってはいけない。それには綿密な情報収集と準備が必要になる。だが、それが出来ない人間が山に入ることが往々にしてある。俺がいた前世でも、遭難のニュースが普段からTVを賑わしていたが、アレはそういうことなのだ。もちろん、雪崩に巻き込まれる事やアイスフォールの
なんにしろ山に入る資格のない奴が山に入ろうとすることが多すぎる。
そんな風にシエルハちゃんと盛り上がっていると、隣に座っていたモルテがなぜかほっぺを膨らませてツンツンと俺の膝をつついた。きっと、世間話ばかりしていて退屈させてしまったのだろう。そろそろ本題に入るとしよう。
「シエルハちゃんなら話が早そうだ。とりあえず、これだけの物を用意してくれないか? もちろん、登山計画は今から立てるから、量はそれに合わせて考えることになるけど」
俺はそう言うと希望品を記したリストを彼女に渡す。ちなみにだが、異世界に来たというのに言葉は普通に話せるし、書くことも出来る。女神様に言わせると、これも転生の特典の一つらしい。
さて、リストに書かれたものをざっと上げれば、魔の山の地形図、
なお、火と水は魔法で代用できそうなので持って行かない事にした。他にも細々とあるのだが上げればキリがないので割愛するとしよう。
だが、なぜかシエルハちゃんは戸惑ったような表情を浮かべていた。うん? どうしたんだ?
「あの、申し訳ありません。登山道具屋を経営する私がこんなことを言うのはまことにお恥ずかしいのですが、このハーネスやカラビナ、あとハーケン、アイスバイル・・・これって一体何ですか?」
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