第25話 25合目
俺たちは
しばしば現れる
だが、全体としては大きな苦労もなく進むことが出来たと言えるだろう。傾斜もおおむね緩やかであったし、モンスターが現れることもなかったからだ。
しかし、そう思っていられたのも僅かな間だけであった。
なぜならば、登山ルート上の積雪が徐々に増え始めたからである。まだ、数センチ程度の深さなので、山行に大した影響はないが、もう100メートルも標高を上げれば本格的な積雪地帯となるだろう。
ベースキャンプを出発しておよそ3時間。どうやらこの辺りから本当の意味での“魔の山”が始まるようだ。気が付けば気温もかなり低くなっている。ちょうど0度くらいではないだろうか?
「この辺りから徐々に積雪地帯となります。日によってはもう少し低い場所でも積もってたりするのですが」
「そのようじゃな。ほれ、アッチを見てみるのじゃ。稜線が真っ白になっておるじゃろ? 一方のわしらが来た後方は緑が青々としておるというのに。実に不思議な光景じゃの。それに、ふむ、確かにこの辺りから大魔法の残滓を感じるわい」
「ちなみにモルテの力でその大魔法を解除するようなことは出来ないのか?」
「今のわしでは無理じゃのう。元の力があればともかくな」
俺たちの会話を聞いたシエルハちゃんは不思議そうな表情をするが、特にそのことについて言及したりはしなかった。
さて、本格的な雪山登山がぼちぼち始まりそうなので、俺とモルテはザックから
「何度見てもすごいですねえ。靴とアイゼンががっちりと噛み合っていて外れることもなさそうです」
「確かテグの街で販売しているのは、ビスを直接靴裏に打ち付けているタイプのものだったかな?」
俺がそう言うとシエルハちゃんは顔を俯けてズーンと落ち込んだ顔をする。い、いきなりどうしたんだ?
「協会長である私が装着式のアイゼンを思いつかなかったなんて・・・はあ・・・本当に恥ずかしいです。着脱が可能なら一つの靴で使い分けもできて、荷物も減らせます。それに強度も強く出来ますよね。コウイチローさんには教えられてばかりですね・・・。はぁ、
ドヨーンとした表情で、キツネ姿のまま落ち込んだ雰囲気を漂わすシエルハちゃん。
「いやいや、別にそれほど落ち込むことじゃないさ。それに知らないなら、これから学んで行けば良いんだ」
俺が慌てて、ありがちな言葉でフォローすると、彼女はたちまちパッと表情を輝かせてこちらに顔を向けた。
「そうですよね! ええ、これはずっと私のそばにいてください! それで私に色々と教えて頂ければ幸いです!!」
ああ、うん。別に登山の知識を教えるくらい全然問題ないから、そんなに力まなくても大丈夫だぞ?
何よりも、着脱式を思いつかなかったからって、それほど落ち込むほどのことではないのだ。昔の登山家はみんな靴裏に釘を打って使っていたんだからな。それこそ、エベレストに行ったジョージマロリーだってそうだったのだ。アイゼンの歴史はそれほど長い代物というわけじゃないのだ。
そんなことを考えていると、モルテも同じ感想だったのだろう。似たようなことを口にした。
「別に装着式じゃなくてもいいと思うがのう? 要は雪をきっちり喰えば良いのじゃ。むしろ、歯の数の方が問題じゃろうな。のう、小娘よ」
そう、そのとおりだ。・・・確かにそうなのだが、なぜに小娘呼びなんだ? いつもなら、シエルハ、と呼んでいたはずなのに。
そして、なぜかシエルハちゃんは怯えた様子で頷いているのだった。
「は、はははい!モルテさん、確かにそうですね! ええっと、えっと、話を元に戻させて頂きますと、私たちが使っていたのは6つの歯を打ち付けていました。ですがコウイチロウさんのは12本と2倍なんですね」
「ああ、やはりこれくらいないと滑ってしまうことがあるしな。それに、今回はアイスクライミングもあると聞いている。壁に蹴り込んで
なるほど! とシエルハちゃんは尻尾を何度も振る。ちなみに、彼女は今、モルテの首に巻き付いているような状態なので、しっぽの毛がモルテの顔の辺りを何度も往復する。
あ、鼻にかすった。
「ハックション! こらシエルハッ、あまり暴れるでない!」
「ひえっ、すいません!」
怒られてシエルハちゃんはおとなしくマフラーに戻った。やれやれ騒々しいことだな。いちおう今から命をかけての雪山山行が始まるというのに。
だが、前世で孤独だった俺としては、こうした騒々しさもどこか嬉しいものだ。そして、シエルハちゃんには悪いのだが、俺としては何よりもモルテと一緒にこうして登山がするのがとても楽しいのである。
なぜならば、俺が前世で不遇だった頃、俺の存在を認めてくれたのは、この女神であるモルテだけだったからだ。
これから先、転生後のこの異世界でどれだけの人たちと仲良くなろうとも、転生前の本当の自分を認めてくれた存在は彼女が最初で最後なのである。
彼女がいなければ俺は自分に価値があるのか分からなくなってしまうだろう。モルテが俺を認めてくれる限り、俺は今世でも自分に自信を持つことができるだろう。
「ん? どうしたのじゃ、コーイチロー? わしの顔をじっと見おって」
「え? ああ、いやいや、モルテは可愛いなあと思ってな。ずっと一緒にいてくれよ?」
「な!? ななななな!?」
「むむむむ!」
なぜかシエルハちゃんが不満そうな顔をしている。どうしたんだ?
・・・が、あまり話ばかりしていてもいけないな。
スケジュールではこの辺りで小休止を取る予定だ。
「さてと、登山を開始してそろそろ3時間だ。このあたりで半時間ほど
了解! という返事を聞きながら俺はザックを下ろして中から折りたたまれたテントを取り出す。
とりあえず地面にテントを敷くと、何も言わないでもモルテとシエルハちゃんが|ペグ(地面に打つ杭)を四隅に打ち付けてテントを固定してくれる。
俺は
ちなみに組み立てたテントは3人が入れば一杯になる程度の小型のものだ。
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