第6話 6合目

そういうわけで俺とモルテは、盗賊のおっさんに道案内をさせてテグの街へとやって来た。


街の入り口には門番がいるようだ。


さて、自分たちは異世界からやって来たばかりの身元不明人だ。どうすれば怪しまれずに中に入れるだろうか? そんなことを思いながら、遠くから眺めていたが、どうやら難しいチェックはしていないようだった。


まあ、見たところ中世辺りの文化レベルに見えるから、そもそも個人の特定というのは難しいはずだ。よほどの犯罪者などでなければ、大丈夫だろう。


俺たちは門番に旅の者だと正直に言うことにした。ついでに盗賊のおっさんを引き渡す。


とはいえ、まだ20歳にもならない男と、明らかに年端もゆかない少女の二人組である。以前の俺だったら怪しい風貌から職質待ったなしだろう。今の多少容姿がマシになった俺でも、さすがに少しは怪しまれるに違いない。2、3の質問はあるかな、と思ったのだが、俺の顔を見ると門番の男は、なぜか勝手に納得したように頷いて通してくれた。


奥の方から、あの風貌はきっと・・・族・・・の、とか、お忍びがどうこう、というヒソヒソ話が聞こえて来たが良くわからない。


もしかすると捕まえた盗賊を引き渡したので、信用してくれたのかもしれないな。


俺たちはすんなりと中へと通された。ついでに、盗賊捕縛の報奨金として金貨10枚貰えたのは運が良かったな。


さて、テグの街だが、なかなか大きくて活気のある所だ。大通りには人々が大勢行きかい、沢山の露天が並んでいる。町人の他にも行商人、旅人、宗教家、冒険者といった多種多様な人々がいるようだ。おっ、アレは獣人という奴だろうか。猫のように頭の上の方に耳がついている。まさに異世界って感じだなあ。


俺がそんな風に異世界を堪能していると、モルテが可愛らしく袖をクイクイッと引いた。


「のう、コーイチロー。さっきの話じゃが、どういうことなのじゃろうか?」


彼女の唐突な質問に俺は首を傾げる。さっきの話? 何かあっただろうか?


うーん、と悩んでいると、俺たちを興味深げに横目に見ながら人々が通り過ぎてゆくのが分かった。


なぜか俺の顔をジロジロと見て行く人がいるように思われた。しまった、多少容姿がマシになったとはいえ、やはり俺のような人間が往来の真ん中で立ち止まっていては、悪目立ちしてしまうのだろう。


「と、とりあえず落ち着いて話ができる所に行こう。そうだ、先に宿屋を見つけるとしよう。ほら」


俺が手を差し出すと、モルテは帽子を深くかぶって表情を隠してから、手をつないできた。


嫌がられているわけではないと思うのだが、どうして顔をいつも隠そうとするのだろうか?


まあ、見られたくないというのなら無理に見るべきではないだろう。


俺はモルテの手を引きながら宿屋を探し始める。


案外それはすぐに見つかった。


『安らぎの鳥亭』


そう看板が掲げられた建物を見付ける。そこが、どうやら名前からして探していた宿屋のようであった。


俺は扉を開けて中に入る。


テーブルと椅子が幾つかならんだ酒場がそこにはあった。ただし、昼過ぎ頃という時間帯なことから客はひと組だけ。だが、柄の悪そうな男たちが3人固まって座っていた。


奥の方には2階へと続く階段が見える。


どうやら、ここで食事も取れる宿屋のようだ。


カウンター・・・には誰もいない。出直したほうが良いだろうか? 奥にひっこんでいるだけか?


俺は早速カウンターの奥の方へ声をかけようとする。


だがその時、


「おう、兄ちゃん、ちょいと待ちな!」


そう言ってテーブルに座っていた男たちが俺たちを睨むようにして立ち上がったのである。


うわ、異世界でも絡まれる体質は治ってないのかよ・・・。


俺が若干へこんでいる間にも、彼らは、オウオウオウオウ、という声を上げながらポケットに手を突っ込んだガニ股のポーズでこちらへ近づいて来る。


「おい、何なのじゃ、あいつらは。けったいなポーズで近づいてくるぞ?」


モルテが眉をひそめてヒソヒソ声で俺に聞くが、俺にだって分かるわけがない。


それにどことなく古い。何年前のチンピラだよ。


俺は内心でツッコミを入れながら、いちおう愛想笑いを浮かべる。


「えーっと、どうされましたか? もしかして、何か粗相でもしましたかね?」


異世界での特別なルールがあり、知らない内にそれに違反していたのかもしれない。


なので、先回りしてそう言ってみるが、男たちは俺の方など眼中にないかのようにモルテの方をジロリと見る。


そして、何やら3人でヒソヒソと相談する。


聞き耳をたててみると、何やら、「勘違い」「いかがわしい目的」「無理やり」という声が聞こえてくる。が、意味はよく分からない。


そんな感じでしばらく待たされたあと、リーダー格の男がゴホンと咳払いした。そして、仕切り直すようにやはり俺の方を睨めつけて口を開く。


「てめえ、このお嬢さんとどこで知り合った?」


いきなり何を聞いてくるのか・・・。だが、むやみに口答えしてケンカになるのもバカバカしい。答えられる範囲のことは素直に答えるとしよう。


「どこでって・・・・・・・・・・・・。ん? そう言えばアレはどこだったんだ?」


何せ出会ったのは死に際の暗闇の中だったからあ。俺がモルテの方を向いて聞くと、彼女はウムと偉そうにうなずいた。


「そうじゃのう。人の言葉で言うには、ちと難しいんじゃが・・・」


と、モルテは本当に難しそうな表情をする。


「まあ言ってみれば、無(む)、じゃよ。次元の極致というか、生と死の間にある、切り取られた時空というか。厳密には存在しとらんのじゃよ。何というかのう、本で言うと栞のようなものじゃ。それで分かったかの?」


「と、言う事だが、分かったか? ちなみに俺には分からん」


「分かるか! てめえ、真面目に答えるつもりがあるのか!!」


そう言って俺に凄んでくる。いや、答えたのはモルテなんですが・・・。


ううむ、それにしても前世だったらこんな柄の悪いおっさんに絡まれたらチビってしまったに違いないのだが、どうやら転生して度胸までついたらしい。


適当な愛想笑いをする。


だが、なぜか相手はそれに怯んだように「うっ」と言って視線を逸らしてしまう。ううん?


「くそッ、じゃあ次の質問だがな。これは真面目に答えろ。お前たち、ここに何をしに来た? それにお嬢ちゃん、アンタこの男に無理やり連れてこられたんじゃないだろうな? こういう顔をした男ってのはな、アンタみたいな美人を心地いい言葉で騙して、宿に連れ込むもんなんだ。それも年齢関係なく見境なくな。で、どうなんだい、お嬢ちゃん。こいつに上手いこと言われて、何をするのかさえ知らずについてきたんじゃないかい? 正直に言ったらいいんだよ?」


え? え? 何それ、どういうこと? っていうかつまり、そういうこと?


俺ってそんな感じに見えてるわけか? くそっ、多少容姿はマシになったと思ってたのに・・・。ただ歩いていただけで警察に呼び止められるトラウマが再燃してしまう。


っていうかお前ら、ただの気の良いおっさん連中かよ。人相が悪すぎてややこしいんだよ!


ああ、いや、それよりも俺、別にロリコンじゃねえし。そこはちゃんと弁解しとかないと!!


「いや、それはちがっ「いやあ、そうなのじゃよ!」


は? モルテさん何を?


「コーイチローったら積極的でのう。初対面でいきなり、俺について来い、じゃからなあ。俺には君が必要だ、とか言われちゃったりしたからのう。わしとしても断れんよ!!」


あ、これはいかんな。おっさん連中の視線が完全に犯罪者を見る目になったぞ。


「あー、しかしなオジサマ方。少しだけ誤解があるのじゃよ」


「「「「誤解?」」」」


と俺の声も含めてモルテをのぞく全員の声がハモった。あとオジサマはないのでは?


「うむ誤解じゃ。それはな、わしらはお互いを認め合ってここにいるということじゃよ。けっして騙されたりとか、そういった訳ではないのじゃ。言わば運命をともにした唯一のパートナーといったところかの。でなければ、こんな遠いところまで一緒に来たりせんわい」


言っていることは嘘ではないのだが、何やら誤解を与えかねないような表現が多分に含まれている様な気がするぞ!


「そ、そうか悪かったな・・・。なるほど相思相愛ってことか。ほ、ほれみろ、やっぱり勘違いだったじゃねえか!」


「バ、バカ野郎、万が一があるだろうが。それにロリコンが釣れたことには変わりねえ」


「こんな顔してロリコンなんだから、世の中分からんよなあ・・・」


と、若干皆さん引き気味に謝ったり、追い打ちをかけたりしてくれる。だから俺はロリコンじゃねえって!


「だから、それは誤解で・・・」


「なんじゃ、もしかしてコーイチローはわしでは嫌なのか?」


「ああ、いやいや、まさか、そんなことあるわけないよ」


実際あるわけがなかった。こんな美人の子が近くにいてくれるだけで、はっきり言って前世が全てどうでも良く思えて来るのだから。


が、この人には世間体というものがあるのだよ! ああ、なんとか誤魔化さねば。そうだ、とりあえず妹ということにして・・・。


「おい! さっきから何を客席で騒いでやがる! 仕込みの邪魔だ!!」


そう言って突然「バンッ!」と大きな音を立てて、カウンターの奥の扉から出てきたのはスキンヘッドの大男であった。


体は筋骨隆々で熊ですら逃げ出しそうな殺気を放っている。殺人鬼か何かだろうか?


だが、おっさん達はその大男を見て口を揃えていったのだった。


ああ、すいません、おやっさん。お客さんみたいですよ、と。


どうやら目の前の大男はこの宿の主人らしかった。


ちなみに俺はロリコン疑惑については、ついに弁明する機会を永遠に失ったのであった。

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