第13話 九年後


 ——それから九年の歳月が流れた。

 俺は十五歳、チセは十歳になった。

 俺とチセは王都クロッカスの総合ギルドの建物に来ていた。

 来月からはしばらく来られなくなるので、その挨拶だ。


「これ、依頼品のロックバードの卵です」

「はい、確かに。ありがとうございます!」

「それにしても、イストくんとチセちゃんしばらく休業ですか。寂しくなりますね」

「でも王立クロッカス学園に通うんですよね? 卒業したらまたおいでよ」

「あはは、まだ進路はわかりませんけど……やりたいことが見つからなかったら考えます」


 受付のお姉さんたちにもすっかり顔を覚えられてしまった。

 しかし、俺の隣にいる十歳の妹は頬を膨らませる。


「冒険者なんか、お兄ちゃんはもう辞めるわよ! お兄ちゃんは卒業したら王宮魔法師になって、チセと一緒に庭つきの大きいお屋敷に住むんだから!」

「二人の夢だものね、一軒家」

「でもあんまり大きいお屋敷だと、お兄ちゃんと離れた部屋で寝ることになるんじゃない?」

「え! そ、それはダメ! じゃあ、小さくても立派なお家でいいわ!」

「「かーーーわいーーーーぃ!」」


 ピンク色の髪をツインテールにした女の子。

 左右色の違う赤の目。

 受付のお姉さんたちをきゅんきゅんさせる、素直でカワイイ言動。

 俺の妹、チセは今日も最高に可愛い。

 俺たちを知る他の冒険者や商人、お客さんたちも、十歳の女の子のこの言動ににこにこ微笑んでいる。

 スラムに住んでいた時は想像もしていなかったけれど、この国は結構、かなりおおらかな国だった。

 少なくとも王都の人たちは子どもに優しく、親切。

 チセのこともみんなで可愛がり、見守ってくれる。


 エルドとロビンに拾われてから九年。

 俺は群れのみんなやソソン村——ブローディアの出身の村だ——の人たちに色々教わりながら、九つになってすぐ総合ギルドで冒険者資格を取得した。

 前世で読んだ漫画のように、冒険者には十五歳になってから〜とか年齢制限があると思ったのだがそんなことはなく、どんな年齢でも資格取得は簡単にできる。

 これは身分証にもなり、スラム出身の俺とチセにはありがたいシステムだった。

 前世の世界みたいに義務教育はなく、子どもでも働くのが当たり前。

 身分証を得たあと罪を犯せば、大人と同じように処罰される。

 冒険者の仕事をすれば大人と同じようにお金を稼げるし、宿にも泊まれるようになった。

 なので、俺とチセはここ数年、もっぱら宿住まい。

 夢は二人で住める、庭つきの家を買うこと。

 日本みたいに土地購入代や固定資産税などはなく、空き家を買うもよし、郊外の空き地に家を建ててもよし。

 もちろん国に届け出や住民税の支払いは必要だが、未成年でも家が買える。

 もちろん、子どもということで舐められて生きてきたけど。


「ここが王都の総合ギルドか」

「ん? おい、ガキがいるぜ。おうおう、ボーヤに嬢ちゃん、ここは大人が働く場所だぜえ?」

「おいおい、このガキどもずいぶんいい装備じゃねぇか?」

「どっかのでかい傭兵団の一員かい?」

「おちゅかいかなぁー?」


 ……と、まあ、このように。

 王都に初めて来た流れの冒険者には特に馬鹿にされる。

 この王都を拠点にしている冒険者なら、俺たちにこんな舐めた態度は絶対とらない。

 だから冒険者区画にいる、他の冒険者たちは薄ら笑いでこちを見ていた。

 彼らが上腕につけている腕輪は、銅二級。

 下から五番目の等級だ。

 素人ではないが、新人の部類。


「あ? ……銀、級? おい、このガキどもの腕輪、銀二級だぞ」

「は? なにかの間違いだろ?」

「なぁに、おのぼりさん。田舎にはチセたちみたいな子どもがいるのもしらないの? 世の中広いのよ。大人が子どもより強いなんて思い込み、捨てた方が身のためだと思うけど」

「チセ」

「だってお兄ちゃん、不愉快だわ。やっちゃっていいでしょ? この人たちのためよ」

「う、うーん」


 ちらりと受付のお姉さんたちを見る。

 ノリノリで「イケイケ、ゴーゴー! チーセーちゃん!」と応援が始まった。

 ああ、他の冒険者のみんなも「やっちまえ」コールが。

 みんな、チセに甘すぎではなかろうか。


「んっだとこのガキ!」

「舐めんじゃねぇ!」

「ちょっと有名らしいが、ガキが調子乗ってんじゃねぇよ! 喰らえ!」


 三人パーティーのうちの一人の男が、大剣を取り出してチセに振り下ろす。

 チセは手のひらでその刃を掴み、余裕の微笑み。


「なっ!」

「全員まとめて本気で来ていただいても、よろしくてよ?」

「くっそこの!」

「クスクス」


 一人は弓矢を持っているから、ここで喧嘩には参加しないだろう。

 大剣使いの横から、斥候を務める短剣の男が身を沈めて刃を突いてくる。

 チセはそれも指で挟んで止めてしまう。


「あなたたちなんて、チセが魔法を使うまでもないわ。出直してきなさい」

「「うがぁぁぁああああぁ!」」


 そのまま左右の手を捻り、男たちを壁際にぶん投げる。

 はぁ……喧嘩っ早い子になってしまったものだ。


『ふんふんふふーん♪ イスト、チセ、ただいまァァァッ!? え、なになに、またトラブル!?』

「ああ、うん。でもいつも通りチセの一人勝ちだから大丈夫だよ、リッツ」

『お、お前ら、オレが事務員さんたちを癒している間に……』

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