第12話 約束


「あ、は、はい! ほおしゅうは水と、まじゅうが出ない間のしょくりょーと……俺にもっとじょーしきをおしえてください!」

「なるほどねぇ、頭がいい! わかったよ。と言っても、うちは見ての通り小さな村だ。食糧はあまり期待しないでほしい」

『無論それほど期待はしていない。イストが不幸で、飢えなければそれでいい』

「エルド……」


 うちの長、マジイケメン。

 いや、冗談抜きで泣きそうになってるんだけど俺。

 世の中にはこんなに、子どものことを思って自立を促しつつ、血が繋がらない、なんなら種族すら違うのに溢れる父性で保護者として見守ってくれる男がいるのに……。

 あのクソゲスクソクソ親父ときたら……!


「じゃあ決まりだね。うちの集落は女、子どもとジジババしかいないから、警護してもらえるのはありがたい」

「? おとこのひとがいないんですか?」

「男だけじゃないさ。王都が目と鼻の先だからね。若い奴はみんな王都に行っちまう。まあ、勉強したい、働きたいっていうのを止めるわけにもいかないしね」

「そうなんですか……」


 言われてみるとまあ、そうかもしれない。

 あんなに近くにどでかい都市があるのだから、働くならそっちの方が稼げそうだ。

 それに勉強か。

 学校とかあるんだろうか。

 異世界ものといえば学園もの。

 劣等生が実はすげーチート能力を隠し持っていて、馬鹿にしていた同級生の度肝を抜くのは定番だよな!

 ……俺の【インスタント】でそれは無理そうだけど。


「じゃ、ひとまず半年でどうだい? 経過良好なら延長で」

「はい! よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします! イストくん!」

「う、うん! よろしくね、ブローディアさんっ」


 くぅ! やっぱり可愛い、ブローディア!

 とはいえ、絶対気は抜けない。

 俺は仕事でこの集落に滞在するんだもん。

 責任ある仕事だよな、この集落の人たち——ブローディアを含めたすべての命を守るのだから。

 エルドと頷き合い、一度三神獣の森に帰って群れのみんなに事情を説明。

 長が決めたことならと、みんなすぐに理解してくれてその日のうちに引っ越しが始まった。

 俺は集落の人たちに顔合わせとして紹介を受け、群れは近くの小さな森に移動して落ち着き、その日の夜から警護は開始される。

 チセも集落の方で預かってもらい、村のオババたちに体調などを診てもらう。

 幸い、チセは健康そのものだった。

 エルドの予想通り、その日から毎日のように森から出てきたはぐれ魔獣が村を襲ってきたが、ミホシウルフたちの連携した警護で村は平和そのもの。

 ミホシウルフたちも毎日ちゃんと餌にありつけ、俺もブローディアや村長にこの世界の——人間の常識を多く学ぶことができた。


 ……あの男……チセを連れてきた男が設けた期限は半年。

 だが、俺はもうあのスラムに戻るつもりがない。

 もっと体を鍛え、スキルを覚え、強くなって必ず親父を殺しに戻るけど……それまではチセを育てることに注力する。

 俺を人間に戻してくれた、ミホシウルフたちとチセ。

 みんなを守れるように、俺はもっと強くなるんだ。


「【インスタント】」

「わあ」


 食べ物をストックするのも忘れない。

 飢えは本当につらいから。

 ブローディアに料理をたくさん教わったし、調理器具や調味料の作り方なんかも教わった。

 それで作ったものをストックして、チセと二人で自立して生きていくための足がかりにする。


「……イストはいつかエルドさんたちの群れからはなれるの?」

「うん。にんげんが一緒にいたら、エルドの子どもたちがにんげんを食べるのをちゅうちょするようになってしまうから」

「そうなんだね。それは確かに“せつり”に反するのかも」

「うん。だからもっと強くなって、自立するんだ」

「じゃあ王都に行くの?」

「うーん、まだ王都がどーゆうところかわからないしなぁ」


 ブローディアは俺とチセをとても気にかけてくれる。

 本当に優しくて可愛い女の子だ。

 王都のことも色々教えてくれた。

 まず学校がある。

 王侯貴族が通う『貴族クラス』と一般人が試験を通って入る『普通クラス』。

 魔法は学校に入れば誰でも教わることができるそうだ。

 ブローディアのお姉さんも、今は普通クラスで勉強しているんだって。

 ブローディアも、十五歳になったら王都の普通クラスを受験して魔法を学ぶつもりだという。


「イストもじゅけんするといいと思うの。寮があるし、“きせん”も問わないのがこの国の『シンビジウム王立学校』のすばらしいところだから」

「俺みたいなスラムしゅっしんのこせきがないやつも入れるの?」

「うん。シンビジウム王国はのーりょくじゅーしなの。へーみんの中にも神ギフトスキルをもらっている人が、生まれてくるから。わたしのおねぇちゃんもそうなんだよ」

「へー!」

「十五歳になったら、イストもいっしょにがっこーにいこう! 約束!」

「っ! ……うん、わかった! 約束だ!」


 ゆびきりげんまん。

 ブローディアと、そんな未来の約束を交わし、俺は半年後その集落を出る。

 まだ生まれて六年そこらの俺にとって、それらもう一つの人生の分岐点だった。

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