第8話 外の世界


 ベヘモスとて幻想獣種ならさぞやヤバかろうて。

 ……しかし、地理が少し理解できてきたぞ。

 俺が生まれたあの町のスラム街は、森に隣接していた。

 おそらくスラム街と森の反対側には、結構でかい人間の町があるんだ。

 スラム街の規模も結構なものだったから、この森を一つの“ダンジョン”として冒険者がどこか、もう少し安全な入り口から冒険に入る。

 ボスである三体の魔獣を狩ることを目標に。

 あのスラム街は敗北者の街。

 危険な森の側に追いやられ、できた場所なんだろう。

 人間の町については、さすがのエルドも詳しくは知らないみたいだ。


『しかしお前の言う通り、かなり巨大な都市が近くにあったな。人間たちはこの森を“三神獣の森”と呼んでいた。森の恵みの他に魔獣を狩って生活をしているようだ』

「やっぱりそうなんだ……。エルドたちも人間とたたかうの?」

『遭遇したらできるだけ仲間を呼ぶようにしている。遠吠えを使ってな』

「遠吠え……」


 なるほど、仲間を呼ぶタイプのモンスターか。

 ゲームだったら最高の経験値だな。


『イストは人間だ。魔獣を狩りに来る人間に見つかっても殺されることはないだろう。しかし、あの町の端に棲む者たちは我が子でも殺す。注意するに越したことはない』

「はい」


 それは もう とてもとても わかりますとも。


『さあ、乗れ。引越し先を探す』

「はい」


 川沿いを歩き、群れが移動してもよさそうな場所を探す。

 群れはだいたい五十〜六十頭。

 ロビンや群れのメスの何頭かは、今妊娠中で来年の春には子どもが産まれる。

 もうそれだけで「なんという尊さ」と思うが、子犬……じゃない子狼たちが安心して育てるように、安全な新しい住処を俺も頑張って探さないと——。

 住む環境は大切だ。

 いや、本当に。


 しばらく色々なところを見て回るが、本当にこの森は広い。

 広いが、森には唐突に終わりがあった。

 抜けたのだ、突然森を。

 その先に広がっていたのは草原。

 広大な草原の向こうに、ちょいちょい小さな森が見える。

 川がなくても湖があれば、あの小さな森に住めないかな?


『イスト、後ろを振り返ってみろ』

「え? …………わあ……!」


 その時、初めて俺が生まれ育った場所を見た。

 で、でかい!

 スラム街からはわからなかった、まさに大都市。

 数キロにも及ぶ高い外壁に囲まれたその都市は、雲を纏った山のような様相をしていた。

 立て長い建物が所狭しと並び、多分一番奥にあるのは、城?

 スラムはやはり森と隣接している……ああ、そうか……スラム街は外壁の外にあったんだ。

 それであのでかい都市を知らなかったんだろう。それにしても俺の想像を超えるでかい町じゃないか。

 まるで一国の首都みたいだ。


『いつかあの都市に入り、妹と人の世界で生きなさい』

「! え、あ、お、おれ……」

『お前はともかく、妹はその方がいいたろう。森に入ってくる人間はろくな奴がいない。見つかればどんな目に遭うか』

「そ、それは……」


 知っている。

 でも、頼れる人もいないのにあんな大きな町でやっていけるのかな?

 まだこの世界のこともよく知らないのに。


『最低限、戦えるようになれ。そして人の世界でも妹を守るんだ。お前ならできる』

「エルド……」

『魔獣と人間は狩り、狩られる関係。ずっとお前たちと共にいるわけにはいかない。これから生まれてくる我らの子らが、お前たちと育つことで人間を食えなくなれば飢えて死に絶える。そうなっては困るのだ』

「……あ……」


 魔獣は人間を食うし、人間も魔獣を食う。

 いや、そりゃウルフ型は食われることもないだろうけど、エルドたちは捨てられた人間の死体を食べたりすることもあるらしい。

 けど、エルドたちの子どもが俺たちと一緒に育ったら、人間という一番身近な獲物を狩って食うことを躊躇するようになる。

 その孫や、ひ孫にも。

 エルドとロビンは最初から俺たちをある程度育てて、人間の町に返して自立させるつもりだったんだな。

 ……いや、人間であっても、そうあるべきだろう。

 親は子より先に死ぬ。

 前世の俺の親だって、俺より先に死んでしまった。

 親が残してくれた金でなんとか、多少自堕落ではあったけど……一人で生きてこれたもんな。

 今の親父は、とりあえず殺すけど。

 そうだ。

 いつまでも、頼って生きることはできないんだ。

 エルドたちはそもそも種族が違うんだから、寿命も生き方も。

 今こうして育ててもらえてるのが奇跡。


「……うん、わかった。俺、もっと強くなって、チセを守れるお兄ちゃんになって、チセをりっぱにそだてあげるよ」

『その意気だ。よし、そのためにも安全な住処を探すぞ』

「うん!」


 平原の森を回り、ちょうどいいところを探す。

 川の側はどうかと提案すると、沼や川の側は他の生き物が多く集まってむしろ危険なのだと言われた。

 な、なるほどー。


「あれ」

『どうした?』


 視界の端に、小さな集落があった。

 人間の集落だ!

 ってことは、あの近くの森は無理だ。

 でも、その森の側に大きな影がある。

 あれは、熊?


『フォレストグリズリーだな。人間の集落に向かっている。襲うつもりだ』

「え!」

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