第9話 出会い


『我々と同じく三神獣の森から出て、新たな住処を探していたのだろう。返り討ちに遭わねばいいな』

「っ……!」


 エルドの言葉は、

 当たり前だ。

 魔獣は人間を食う。

 人間だって魔獣を食う。

 狩り、狩られる関係。

 でも、でも、俺は……!


「エ、エルド……俺、あの魔獣、狩る……」

『!? 正気か? 今のお前では敵わないぞ』

「でも、同じ人間……みすてることも、できない……俺……俺……!」


 親父が連れてくる綺麗で優しく、聡明で強い女性たち。

 彼女たちが壊されていくのを、俺はいつも、いつも……!


「もう、だれもみすてたくない!」


 上手く逃がせる人は逃したけど、そうできない人の方が多かった。

 あの無惨な死に方を、俺は憎しみの肥やしにすることしかできなかった。

 悔しい。悔しい!


『よく言った!!』

「!?」

『それでこそ“心ある者”だ! 手を貸そう。必ず仕留めろ! 今宵はフォレストベアの肉だ!!』

「わ、わあ! う、うん!」


 急に走り出すエルド。

 慌てて体を低くする。

 武器はない。

 あるのは身体強化だけ。


『いいか、拳に[身体強化]を集中させるんだ。狙うのは頭。思い切りぶん殴れ!』

「うん!」

『グランドアイシクル!』


 エルドが叫んだ瞬間、フォレストグリズリーの周囲が凍りつき鋭い氷がザクザクと突き刺さる。

 もうそれだけで痛そうで、グリズリーは叫ぶ。

 ジャンプするエルドに『飛べ!』と言われてギョッとする。

 とんだ無茶振り。

 でも——もう宙に放り投げられている。

 やるっきゃない!


「うおおおおおおーーーー!」


[身体強化]LV3、発動!

 拳、腕に全てを集中!

 でかい。こわい。

 でもやる!


「!」


 フォレストグリズリーの足下に、小さな女の子。

 青髪青目の、俺が前世で大好きだった推し……亜久亜ちゃんと同じ顔。

 息を呑む。

 心臓が止まるかと思った。

 いた。痛んだ。この世界に。

 願った。

 彼女に、会いたいって。

 俺が命を懸けて会いたいって思っていた推し……亜久亜ちゃん。

 君と、結婚したい。

 結ばれて、君を幸せにする。


 まもる。

 絶対君を!


「おおおおおおおお!!」


 振り返ったフォレストグリズリー。

 めちゃくちゃ怖えぇ。

 でも、泣いてる亜久亜ちゃんそっくりな女の子。

 俺が失敗したら、殺される。

 俺も、死ぬかも。

 でも神様は俺の願いを叶えてくれたんだ。

 俺もそれに全力で応える。


 ぶん殴る!!


『ぐこおおおおおおおおっ!』


 額に拳を叩きつける。

 骨が砕けるかと思うような衝撃が、腕全体に駆け巡った。

 拳だけじゃなく腕も[身体強化]してて正解だったな!


『行け! そのまま——!』


 振り抜け! 振り抜け!

 力の限り。

 足りなければ全身の力を腕と拳に回せ!

 エルドが作ってくれたチャンス。

 無駄に! しない!


「っでえぇぁあああああぁ!」

『がァァァッ……!!』


 振り抜いた。ぶん殴った!

 氷が生えて、俺の体を受け止めてくれる。

 殴ったフォレストグリズリーは、生えていた腹を氷の槍に貫かれて息絶えていた。

 ……俺がやったのは、フォレストグリズリーを槍の上に落としただけ、だな?


「はぁ、はぁ、はぁ……」

『よくやった。上出来だぞ』

「は、はい」


 俺は殴っただけだけど、俺が倒したんだ。

 一度背中に乗せてもらい、そのまま地面に降りて彼女を見る。

 カタカタ震えたまま、目を見開いて俺を見つめる女の子。

 俺と同い年くらいの幼女な彼女……!

 顔面蒼白で、腰が抜けてしまってるのか一向に立つ気配がない。

 よ、よし、出会いのシーンだ、かっこよく決めるぞ……!

 一呼吸整えて、歩み寄る。

 お、おおぉぉぉ俺も足ガクガクしてるなぁ!?


「え、えっと、あの、だいじょぶ……?」

「あ、う、あ」


 彼女の目線は俺の後ろ。

 あ、エルドか!


「だいじょぶ、エルドは——えーと」

「……あなたのじゅうま、なの?」


 じゅうま?

 あ、もしかして従魔?

 魔獣をテイムできるのか? この世界。

 エルドを見ると「とりあえずそう言っとけ」的に頷かれた。

 俺の育ての親まじ優しい。


「う、うん。そう。だからだいじょぶ。こわくないよ。君は? ケガは?」

「…………。っうううう、ない……あ、ありがとうぅぅ」


 安心したのか、ボロボロと一気に涙を流し始めた。

 あああ、ど、どうしよう、どうしよう。

 女の子に泣かれるのは何度体験しても困る。


「しんじゃうかとおもった、こわかった……こわかったよぉ」

「もうだいじょぶだよ、大丈夫……」


 かく言う俺も今更恐怖が襲ってきてガクガクしてるしなぁ。


「……わたし、ブローディア」

「! お、おれは、イスト」

「ありがとう、イストさん」

「うっ」


 ほわ、と微笑まれる。

 かっ、かっ、かっか、かっわいいいいいいいいいーーー!

 幼女な亜久亜ちゃん……もといブローディアちゃん。

 めちゃくちゃ可愛い。

 世界の宝か!?

 え、かわ、可愛い、やばい語彙が死んだ。


『イスト、このままこの集落に住むか?』

「え、ここを新しいすみかに!?」

『我々ではなくお前とチセが、だ。だが些かこの集落は森から近すぎる。これから我らのように、森から離れる魔獣に襲われることが増えるだろう』

「!」

『護衛を雇うか——お前が護衛となるか』

「俺!?」

「?」


 でも、危険なのか。

 ブローディア……そんな、こんな世界の宝のような女の子が住む場所が……。

 いや、待てよ?

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