第10話 交渉


「じゃあ、俺たちで守ってあげよう! エルド! 群れを連れてきて、ここを守ろう!」

『なにを言って……』

「エルドは俺の“じゅうま”なんでしょ?」

『……。う、うーーーむ……いや、だが……』

「ロビンたちが子どもを産むなら安全な方がいいし、しばらくはまじゅーに襲われやすいなら、エルドたちもごはんに困らないだろ?」

『…………』


 よーし、悩んでる、悩んでる!

 あと一押し……なにか……。


「あと、俺も人間のじょーしき学べるし!」

『むぅ……』


 正直、これ以上は思いつかない。

 俺が人間の常識を学ぶのだって、エルドに決断させる要素になるとも思えなかった。

 でもエルドは『確かに人間の常識は、人間の世界でしか学べないな』と頷く。

 まさかの効果絶大!?


『いいだろう。あそこの森を新たな住処としよう。水はお前が人間の集落から運んでくること。我らはこの集落に魔獣が来たらそれを倒して餌とする。もし足りなければ集落を守る報酬として食糧を要求する。我らの言葉を理解できるのは[魔獣語]のスキルを持つお前だけだ。集落との交渉は自分でやるといい。人間たちがこの条件を飲むのなら、我らはこちらに移住しよう』

「! ありがとう! 頼んでみる!」


 さすが長! 決断が早い!

 けど、まだ決まりじゃないんだよな。

 俺がこの集落の人たちを説得しないといけない。


「あ、あの、ブローディア」

「は、はい」

「立てる?」

「は、はい。もうだいじょうぶ、です」


 よいしょ、と土を払って立ち上がるブローディア。

 俺より少しだけ低い身長。

 もみあげが長く、うしろの髪は三つ編みになっている。

 うわーーーー、ザ・ヒロインって感じ!

 かっわいいいいいいいいい!

 この子を将来俺の嫁にするためにも、頑張らなきゃな。

 あれ、でも待てよ?

 インスタントの神に願ったこと、だいたい叶ってないか?

 太りづらいほっそりイケメン……イケメンかどうかは自分の顔を見たことがないからわからないけど、太りづらいってところは叶ってる。

 太りづらいっつーかそもそもあんな環境じゃ食事を摂るのも困難で、ほっそりというよりガリガリに痩せこけているんだが。

 この叶え方はどうかと思います、神よ。

 チート能力に関しても、多分【インスタント】だと思う。

 このスキルでインスタントにしたら、[空間倉庫]に無限にストックできるってこの世界では破格だろう。

 コミュ力……は、どうなんだろうか?

 ……まさか[魔獣語]の習得ができたのってコミュ力……?

 な、なるほど?

 ってことは、やっぱりこの子——ブローディアは……亜久亜ちゃんの——。


「っ!」


 俄然やる気出たぁーーー!


「あの、ていあんがあるんだ。俺、ミホシウルフの群れの長とけーやくしてるんだけど、俺とミホシウルフたちをこの村のけーごに雇わない?」

「え?」

「えっと、俺、あの町のスラムで生まれて、じょーしきがよくわからないんだ。だから、この村の人に色々教わりたい。ミホシウルフたちは、おそってきたまじゅーを食べるから水を分けてもらえたらいいって。あ、でももしあんまりまじゅーが来なかったら、その時はけーびのほうしゅーとして食べ物を分けてほしい。ど、どうかな?」

「えっと、えっと」


 あ、しまった。

 集落を守る交渉をするなら、子どもじゃなくて大人とするべきだった。

「村のえらいひと、しょうかいしてくれる?」と頼むとブローディアはコクコク頷いて、俺とエルドを集落の真ん中に案内してくれる。

 集落の中は実に穏やかで、フォレストグリズリーが出現したことに気づいてすらいないみたいだった。

 きっとブローディアがなにかの用事で一人集落の端にいたから、うっかり遭遇して襲われたんだろうな。


「お、おさ、あの、あの」

「ブ、ブローディア!? 魔獣を!?」

「ち、ちがうの! 助けてくれたの! えっと、テイマー! まじゅー使い!」

「な、なに? この小さな男の子が?」

「はい!」


 意外や意外。

 こういう集落の長といえばハゲた髭のジジイのイメージだが、ブローディアが声をかけたのは青い髪のナイスバディな女冒険者風の若い女性だった。


「は! はじめまして、イストです! こちらはエルドです!」


 やばい、あまりの意外さに一瞬思考停止してしまった。

 まずは挨拶! そして自己紹介!

 我々怪しいものではありません!


「えっと、俺、エルドと、エルドの家族、ミホシウルフの群れと、けーやくしてる、です! このしゅうらく、エルドが狙われやすくなってて危ないって」

「え、待っておくれ? どういうことだい? 坊やはいったいどこから来たの? 魔獣と契約って……魔獣使いなの? その歳で?」

「え、えーと、はい。ほんとにけーやくしてるわけじゃなくて、俺のそだてのおや、みたいな感じで。俺は[魔獣語]のスキルがあるから、みんなと話ができてて」

「[魔獣語]!? ……そのミホシウルフは“心”があるのかい?」

「……? はい……? あり、ます?」


 なんだ?

“心”がある?

 変な質問するな?


『……イスト、この世界の魔獣には“心”がある者とそうでない者がいる。だがそれは人間と同じだ。“心”なき者は命を奪うことに躊躇がなく、また命を食べる時にも奪った命に感謝をしない』

「……!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る