第15話 九年後(3)


「でも、チセばっかりずるくない? みんな十五歳から入学するのがフツーなんでしょ? チセ、本当に入学していいの?」


 ブローディアから離れ、少し不安そうにソフィアさんを見上げるチセ。

 なんという美少女。

 我が妹ながら完璧な上目遣い。

 これに落ちない男はいないだろうが、まだ嫁に出すつもりはない。

 手を出す男は殺す。

 チセを嫁にほしければ俺を倒してからだ。

 俺の妹、ブローディアと同率首位で世界一可愛い。


「ええ、いいのよ。あなたの魔力量で魔法を行使するのは危険すぎる。一刻も早くきちんと制御を学ばなければ、取り返しのつかないことになるわ」

「…………」


 今度は逆にしゅん、と落ち込むチセ、

 ——らしいのだ。

 チセの魔力量は、常人の数倍。

 俺の魔力量は成長して25まで増えたが、なんとチセの魔力量は550。

 なお、今も絶賛魔力量は増量成長中。

 いや、なんかもー数倍っつーか意味わからん数値だわ。

 チートか。

 俺の妹も転生者なの?

 なんか神様にチートスキル持ってる?

 聞いた時ぽかーん、となったわ。

 桁が違うのよ、もう。

 そんなことある?

 ちなみにソフィアさんに聞いた人間の平均魔力量数値は30〜50。

 はい、チセがおかしい。

 いや、きっとチセは魔法の才能がとてもある天才なんだ。

 しかし、だからこそきちんと学ばなければいけない。

 こんな膨大な魔力が暴走したら、この巨大な町すら消し飛びかねないというのだから。


「お兄ちゃんと別な学科になるのは、不安だと思う。周りもみんな年上で、友達ができるかもわからない。でも、負けてはダメ。不安なことがあったらお姉さんに相談して? 私、魔法学科の先生だから。必ず力になるから」

「……う、うん。わかった」

「確かに学科も違うし、寮も男女で分かれてるけど、ご飯の時や休み時間には会いに行くから心配するな、チセ」

『そうだぞ。オレも使い魔としてチセの側にいるからな』

「わたしも。チセちゃんとは同室だから、不安な時は一緒に寝ようね」

「……っ、う、うん! チセ、大丈夫!」


 チセに笑顔が戻る。

 よかった。

 まだ完全に不安は拭えないだろうけど、これもチセには必要なことだ。

 きちんと魔力の制御を覚えて、安全に魔法を使えるように。

 それはチセ自身を守ることだ。

 俺もチセのためにできることはなんでもするつもりだ。

 たとえば【インスタント】で作ったインスタント食品を学校内で販売する許可を得ているとか!

 これでお金を稼いでチセが少しでも恥ずかしくないよう、学校で必要なものを買ってあげるとか、な!


「……」


 ふと、ソフィアさんが俺の方をじっと見つめているのに気がついた。

 まるで話がある、と言わんばかり。

 食事を終えてチセとブローディアが一緒にお風呂に入りに行った間、俺は食器を洗って片付ける。

 ソフィアさんはダイニングに残り、お酒を嗜んでいた。

 もしかして、と思ったら、案の定。


「ねーえ、イストくん。チセちゃんと血の繋がりって、ある?」

「ないですよ」


 やはりその話か。

 即答したのが意外だったのか「あら、もしかして隠してない?」と続け様に聞かれた。


「聞かれたことがないから。チセにも話したことはないです」

「ふぅん」

「……やっぱりチセの魔力量って、おかしい、ですよね?」

「ええ。貴族は平民の魔力量より多い者が多いの。貴族科の生徒の方が魔法学科の生徒より魔力量が多いぐらい」

「!」


 それは、思ってたより相当だな。

 王家に近い貴族は総じて魔力が高いとは聞いていたけど……。

 いや、まあ、だから貴族、とも言える。

 特権階級——それがお貴族様だ。


「けどね、チセちゃんの魔力量はその貴族よりも多い。…………それこそ、この国の王族に匹敵する」

「え」


 ソフィアさん曰く、貴族の平均魔力量数値は100前後。

 なるほど、そりゃ多い。

 驚きを隠せないが、チセはそれよりも多い。

 特異体質。

 まさに生まれながらの魔法天才。

 ——しかしそうでないなら。


「ねえ、イストくん……チセちゃんってどうしてあなたの妹になったの?」


 でも、そんなことがありえるものなのだろうか?

 いくらなんでも、さすがにそんな馬鹿なこと。


「チ、チセは……俺がスラムに住んでた頃、親父の知り合いの若い……ヤバそうな男が連れてきたんです……。俺に世話をしろ、って。半年でいいからって、期限付きで。でも、周りに赤ん坊がいることがバレないように、とか死んでもいい、とか……言われてて。それで俺、森にチセを連れて入って、ミホシウルフの群れに助けられたんです」

「……っ」


 そこからは日々修行。

 チセに関しては半年経ってもスラムに戻ることはなく、俺が育てると決意した。

 それでもここまでチセを育ててこれたのは、ミホシウルフの群れやブローディアと村の人たち、そして総合ギルドの人たちの助けがあったからこそだ。

 俺一人だったら、絶対に森でのたれ死んでいただろう。

 子育てはわからないことだらけで、延々泣くチセに「虐待はすぐ隣にある……」と若干ノイローゼみたいになったことだってあった。

 人間は人間を一人で育てられないんだな、と……俺は生まれ変わって初めて知った。

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