第19話 初めまして同居人(1)


「ふんふんふふふーん」


 作ったのはオムライス。

 これをホカホカのまま【インスタント】!


「よし!」


 これでお湯を沸かしておけば、同居人がいつ帰ってきても問題なし。

 そう思っていたら、ちょうど扉が開く。


「「あ」」


 地味といえば地味な深い緑色の髪を、獅子の立髪のようにセットした同い年くらいの男が入ってきた。

 そして、その胸元に家紋の入ったタイピン。

 オ、オエーー……見事フラグ回収〜。

 同室、お貴族様じゃねーか。

 い、いや、そのために用意しておいたんだ、このオムライス!

 お湯は沸いているし、【インスタント】にしたばかりだが……。


「えっと、初めまして。俺は平民のイストと申します」


 鍋の中に沸いていた湯の中に、オムライスのストックを二つ放り込む。

 平民と一緒に食べたくないと言われても、それなら勉強机で食べればいい。

 一応学校、寮内での身分差別は禁止されてるしな。


「初めまして! おれはレキ・ギェド! なに作ってんの!?」

「!?」


 想像してた反応と違う!

 お貴族様とくれば「平民と同じ部屋なんて冗談じゃない! すぐに部屋を交換してもらってこい!」とか「部屋の中でりょうりだと、ふざけるな!」とか「平民が気安く話しかけるな! 図が高い!」とか……怒涛の勢いで言われると思ってた。

 ちゃんと挨拶と自己紹介までして、バビュンと俺の横まで来るなんて予想外だ。

 お貴族と同室になる、まではフラグ回収だなーって思ってたんだが。


「!」


 近くで見ると、彼の家紋には剣が入っている。

 剣が入っている家紋は、騎士爵、あるいは武官の家系。

 高位貴族の武官の貴族は剣が増えるというから、一本しか家紋に剣が入っていない彼は騎士爵家の者だろう。

 騎士爵は爵位継承が認められていないから、その息子や娘は爵位を与えられることはない平民よりちょっとすごいくらいの存在。

 もし、騎士爵の息子であれば騎士を目指して自身も騎士爵を取得するのが目的で入学していてもおかしくはない。

 騎士爵は三代続けて取得できれば、その家は騎士男爵位を与えられる。

 ……まあ、この騎士男爵位も子に引き継げないけど。

 それでも一応「騎士として成り上がっている」家として末端貴族の認識をされる。

 ちょっとすごい、がなかなかすごい、になる感じだ。

 多分この子の家は、それを目指しているんだろう。

 それじゃあ俺も、あんまり緊張しなくていいかも。

 と、同時に騎士学科であり、末端中の末端である彼に、チセのフォローは不可能だな、と悟る。

 うーん、それじゃ別に彼の好感度を上げて胃袋ゲットしなくてもいい、かも?

 まあ、もうオムライス作っちまったし、今日からお世話になりますってことで印象は良くしておくか。


「オムライスです!」

「今お湯に入れてなかった?」

「気のせいです!」


 鍋の蓋を閉じ、彼を「部屋着に着替えないんですか?」と話を逸らして時間を稼ぐ。

 彼が若干不思議そうにしつつ、部屋着に着替えている間にオムライスを元の姿に戻して、彼の勉強机にスプーンとともに置く。


「今日からよろしくお願いします。これ、よろしければ」

「わあ、ありがとう! ……でも、家の者に食堂の食事以外は口にするなと言われているんだ。ごめんね」

「あ」


 そうか。

 末端でも貴族は貴族……。

 毒見された安全なもの以外、口にできないのか。


「そうでしたか。すみません、配慮が足りませんでした。お気になさらず」

「っ、でも、すごく美味しそうだ」

「自分、[料理]レベル8なので味には自信があります!」

「!? スキルレベルが8なのか!? しかもそれ、レベル上限が10の生活スキルだろ!?」

「はい」


 スキルの中で『生活スキル』として括られるものは上限が低い。

 最大レベル上限が10、と言われている。

 俺はその最大レベル上限が10の[料理]を、レベル8まで上げたのだ。

 ククク、お貴族の家のシェフ並だぜ?

 それもこれも、チセに最大限栄養価の高い美味い飯を食わせたいのと、ブローディアの胃袋をゲットするため。

 あと、生活費。

 末端のお貴族様にゃ、なかなか食えるレベルではない。


「……た、食べようかな」

「いいんですか?」

「い、いいもなにも! うちの母さんでさえ[料理]レベルは4だし!」


 一般家庭でレベル4は高い方だよ。

 っていうか、お母様がお料理なさってる?

 使用人も雇えないぐらい末端かぁ。


「俺、学校内でインスタント食品の販売許可も得ていますから、安全ですよ」

「いんすたんと?」

「これです」


 ならば、と作戦変更だ!

 取り出したのは紙袋に包んだ俺の分のオムライス。

 それを沸かしておいた鍋のお湯の中に放り込む。


「? ? ?」

「この状態で三分。すると不思議なことに——」

「え!」


 鍋の中にあった湯は、瞬く間に吸い込まれて消え、残ったのはホカホカ湯気を立てるオムライス。

 しかも、スプーンとお皿付き。


「どどど、どうなってるんだ!!」

「俺が神様にいただいた固有魔法です。【インスタント】にしたものは、お湯に三分つけると元の姿に戻ります。たとえば調理器具がなくともお湯さえ沸かせる環境なら、出来立てほやほやの状態で料理をお召し上がりいただけるのです。総合ギルドでも好評だったのですよ」

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