私たち、婚約しました

「親愛なるアニー嬢


 お元気ですか。僕は今、ご存知の通りテネシー州のミシシッピー川沿いにおり、自分のテントでこのお手紙を書いております。

 我がチャールストン家には、母を除いて女性が一人もおりません。ですから、まるで家族のように自分を心配してくれる存在が内地にあると思えるのは、なんともうれしく、心強いものです。あなたからの手紙で、内容が薄い、もっと僕の過ごしている様子が知りたいと叱られるたびに、まるで母や、あるいは存在しない妹に対するような温かい気持ちが湧いてくるのです。

 さて、せっかく僕の様子を知りたいと言ってくださったので、何か面白い話はないかと考えたのですが、まずはここ西部の様子から話したいと思います。

 西部は……東部とはまるで違う、異郷です。気候も、自然も、人々も、何もかもが。激しい戦闘が終わった夜、星々が煌めくのを部下たちと一緒に眺める時、人生最良の瞬間time of my lifeと感じずにはいられません。そんな時に、あなたがそばにいてくれたらと感じます。

 アニー嬢、あなたがこちらに来てくれたら。どこでも、どんな場所でも、その朗らかさで勇気を示してくれるでしょう。ワシントンD.C.という、ある意味最前線にいてその明るさを失っていないのが、何よりもの証拠です。そういうところは、あなたは僕の母にとてもよく似ています。我々は皆、開拓者パイオニアの子孫なのです。


 お二人がワシントンD.C.のユニオン病院で看護婦のお仕事をボランティアでされているということ。それにカミラ嬢がアダムス医師という人に気に入られて、今では彼の専属助手のような役割を果たしているということ、とても驚きました。

 というのも、ウェブスター将軍はブルランの戦いの後、戦争が長引くことがわかったころに、

『男性が戦争で疲れた体を癒すためにも、近いうちに女性など、労働力と数えられていなかった層が、社会に出ることになるだろうな』

 と言っていたからです。なかなか怖い発言ではありますが、それとは別にカミラ嬢がどんな男たちにも優って優秀であることは紛れもない事実です。

 アダムス医師はカミラ嬢を、クリミア戦争のナイチンゲールのような看護婦へとお育てになるつもりなのかとのあなたの疑問ですが、それにしては手術の執刀など、専門的な技術伝達が行われている様子とのこと。先進的な人たちの考えることというのはどこも同じなのかもしれません。いずれにせよ、能力のある人が思う存分その力を発揮できるという、社会がより良いふうに進歩するさまを見ることができるのはなんともうれしいことですね。近いうちにドクター・カミラ・ウェブスターの姿を我々は見ることができるのかもしれません。


 今も大砲が外で鳴り響いています。この音を聞くたびに僕は不思議と熱い想いが込み上げてくるのを感じます。この高揚こそ、僕が軍人として曲がりなりにも役目を果たすことができている理由でしょう。

(僕のような自分勝手な人間は、上官の命令を聞くのが仕事の軍人には本来向いていないのです)


 カミラ嬢にも、何卒よろしくお伝えください。


あなたの友、

ケイド・チャールストン」



「チャールストン少将改め大好きなケイドさんへ


 少将昇任、ほんとに、ほんとにおめでとうございます! 昇任したということは、ケイドさんの勇敢さやリーダーシップが国に認められたということですもの。こんなに誇らしいことはありません!

 それにしても、あなたの話をいろいろと伺いたいと書いたのに、全然教えてくださらないではありませんか。努力は認めますが、断然不満足です。

 チャールストン少将自ら大砲の上に乗って旗を振り、逃亡寸前だったお味方を励まして、ヘンリー砦やドネルソン砦を奪還されたという話は本当ですか? グラント准将※は有能だけどお酒飲みで、会議にも酔っ払って参加されるというお話は? ワシントンD.C.の女性たちは、今やチャールストン少将に皆が夢中で、腹立たしいことこの上ない限りです。私だけのケイドさんでいてほしいのに……。


 私もカミラも相変わらず元気です。

 ただ、最近とても悲しいニュースが入りました。ご存知の通り、ワシントンD.C.のホワイトハウスにいたリンカーン大統領の息子さんが、チフスで亡くなってしまったのです。

 これは、ポトマック川付近に北軍が駐留していたせいで水源が汚染されたためと、父は非難をあびています。ワシントンD.C.に住んでいる人たちからは、特に。


 それにしても、幼いお子さんが、たった11歳で亡くなるなんて、なんてお気の毒なんでしょう……!

 大統領夫人は寝込んでしまったそうですが、当たり前だと思います。しかも、アメリカ中のそこここで同じような悲劇が起こっているせいで、大統領夫人は少なくとも葬儀を上げることはできたと非難されてしまうのです。つくづく、早くこの戦争が終わって欲しいと感じます。


 私、この戦争はなんか嫌です。楽しいことが一つもありません。奴隷制度を厭うリンカーン大統領のお言葉には心から共感しますし、逆に南部の人たちが自分の社会を大切にしたい気持ちもわからなくはないけれど、結局はエゴのぶつかり合いです。ケイドさんが戦場で誰よりも勇敢に戦っていることは知っていますが、やっぱり本能的に嫌なんです。ごめんなさい、がんばっているケイドさんの足をひっぱるようなことを書いて。

 他の誰にも言えません。パパにはもちろん、カミラにだって。あなただけです、こんな話をできるのは。


 周りの人も、息子さんや兄弟が戦場に行って、あるいは戦死したり、大怪我を負ったりして帰ってくる人が、どんどん増えてきて、それが当たり前になりつつあります。兄弟がいない私たちは、少し肩身が狭くて。

 ですがカミラは、不平一つ言わずに病院での業務をこなしています。私も、そんなカミラを見習って、一所懸命にお仕事をこなしています。

 ユニオン病院にいる兵隊さんたちも、私たち看護婦には不満一つもらさずにいつも陽気で、私たちを笑わせてくれます! 笑いというのは、一種の勇気だと思うのですが、ケイドさんはどう思われますか?


 カミラはますますきれいになっていますが、その美しさを目の当たりにするたびに、カミラのお母さまに会えたらと思わずにはいられません。

 なぜか音信不通なんです。南部と違って北部は、敵方の海軍に沿岸を封鎖されているわけではないのに、不思議です。

 ジャスミンお義母さまに会いたい。カミラが子どもの顔になるのは、ジャスミンお義母さまの前だけなんだと思うんです。パパの前では決してありません。パパは、家族よりも今はアメリカ合衆国のことで頭がいっぱいだもの。

 私だってもう、子どもじゃない。カミラに守られるだけじゃなくて、カミラや、ケイドさんのことだって守りたいの。そんな大人の女性になれれば、きっと、ケイドさんとの未来だって。


 ケイドさんが、戦場で戦っている姿を想像するだけで勇気がわいてきます。どんな困難をも乗り越える、それこそが開拓者パイオニア精神なのだとしたら。

 今、この国におけるあらゆる理不尽、あらゆる不幸は、神が私たちに与えた試練なのだと牧師さまはおっしゃっています。

 私は、私たちは、きっと乗り越えられるはずです。ケイドさんのおっしゃるように、パイオニアの子孫だもの。


 今度のお手紙は、もっともっと、戦場でのご活躍や、ケイドさんが思っていること、感じたこと、全部お聞かせくださいね。あなたの心を知りたいのです。


愛を込めて、

アニー・ウェブスター」


※後のユリシーズ・グラント将軍。南北戦争における、ロバート•E・リー将軍と並んで最も著名な軍人




「愛するアニーへ


 僕との未来を、と書いてくれた手紙が、どんなに嬉しかったか、どんなに僕の励みになっているか、あなたにわかりますか。

 僕は最初からそのつもりです。あのパーティで踊った時から、ずっと。


 僕の心が知りたいと言ってくれましたね。その一方で、この戦争が嫌、とも。当たり前だと思います。僕は決してそのお気持ちを責めたりしません。なぜなら、あなた方姉妹は、戦争のかなり初期段階からひどい目にあってきました。家を追われ、首都に閉じ込められて。あなたやカミラ嬢の勇敢さに気を取られて忘れてしまいがちですが、あなた方はまさに被害者なのだから。


 ですがそれとは別に、たしかにこの戦争は、今までの戦争とは何か違います。10数年前のメキシコ戦争や、10年ほど前のイギリスのクリミア戦争にも似ていますが、これほどまでの規模、国中を巻き込み、国中を戦場とするような戦争は、軍事史を見てもありません。


 そもそも戦争とは残虐なもので、だからこそ我々軍人が存在するのです。

 ウェブスター将軍の口癖をご存知でしょうか。

『軍人にこそ、誠実さが必要だ』と。

 兵力という圧倒的な力を持つ我々軍人は、人間性を失っては終わりだ、ということです。

 そうやって、せめて軍事行為を我々専門職の間で留めておこうという努力を長年していたはずなのですが、義勇兵の募集などを抜きにしても、この戦争の規模の大きさ、一般人への被害の大きさは異常と言わざるを得ません。

 被害が、アメリカ合衆国中で、どんどん、膨れ上がるように広がっていて。戦争というものの形が変わっていく、時代の転換点に立っているように思えてなりません。


 ああ、不安に震えるあなたを、そばで抱きしめられたら。せめて、その権利を獲得したいものです。ウェブスター将軍に、僕たちが婚約の約束をしたと連絡をするつもりですが、いいですね? もしも嫌だと言っても、それは受け入れるつもりもありません。世界中であなたを一番幸せにすることができるのは、僕だと信じていますから。

 僕たちが婚約をしたら、カミラ嬢はどんなに喜んでくださるでしょうか。あなたが社交界にデビューする前から、カミラ嬢はいつも僕にあなたの自慢をしてばかりだったのです。僕は、あなたに出会う前からカミラ嬢の目を通して、あなたに恋をしていたようなものです。


 あまりにもくどくどと書きすぎましたね。話題を変えましょう。

 ところで、僕が大砲に登って旗を振った件ですが、あれはあなたの父上にひどく叱られた点なので、もうあまり口にはしないでいただけるとありがたいです。

 僕は周りを盛り上げるのは得意なのですが、先頭に出ようとしすぎるところが、上に立つ者として、将軍としては相応しくないのだそうです。

 ですが、戦場ではその場の勢いというものがあるんだ、ウェブスター将軍はあまりに慎重すぎる、と(恥知らずにも)抗議をしてみたら、将軍は大笑いをされて、これだからお前を引き上げたんだ、と言ってくださりました。


 上に立つ者と言えば。あなたは、かのエナペーイ・トールチーフを覚えていますか。あなた方二人をワシントン砦に連れてきた、あの勇敢な男を。あの男は、そもそもこの戦争に最初から反対していましたが、近ごろは逆にジョージタウン大学の少数民族マイノリティ出身の学生やフレデリック・ダグラス※なども巻き込んで、戦争の大義を変えて世界を変えるために動いているようです。


 そう、まさに時代の転換点です。エナペーイはこの戦争を、アメリカ北部の連邦 対 アメリカ南部の連合との戦いではなく、奴隷制との戦いに塗りかえるつもりなのです。そうすることでエナペーイは自分たち先住民族の誇りをも守ることができるかもしれないと信じています。

 エナペーイは、僕やウェブスター将軍の力でリンカーン大統領に会いたいと言っています。近いうちにあなた方ユニオン病院の元にもダグラスとエナペーイが顔を出すとのこと、楽しみにしていてくださいね。

 エナペーイと僕とのつながりについては、また次の機会にお話しします。僕はなんとしても、あの男に軍人となってもらい、アメリカ軍最高司令官とならせるつもりです。


永遠にあなたのものである、

ケイド・チャールストン」


※メリーランド州出身の元奴隷、奴隷制度廃止運動家、政治家。著書に「フレデリック・ダグラス自叙伝;アメリカの奴隷」(1845年) があり、一般的に教養がないとされたアフロ・アメリカン男性の知性に世界は驚き、ベストセラーになった。

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