こいつ、なんか好きになれない

「もう1回、いや、4回くらい、パーティ開かないかな?」

 アニーが口を開くと、カミラが優しく笑いながら言った。

「アニーったら。これで10回目よ、それ」

「だって、ヒマじゃん?」

 アニーは肩をすくめた。


 なにしろ、学校が閉鎖されたからだ。

 チャリティパーティが終わったあとは、あっという間に暇を持て余してしまった。

 おかげで、カミラへの誕生日プレゼントのハンカチの刺繍もようやく完成したのはよかったけれど、それ以外にやることがなくて。

 南北の対立がますます激しくなり、ワシントンD.C.近く、あるいは南部の方に住む人たちの中では避難を始める人たちも出てきている。


 アニーとカミラも、カミラの判断で一週間後にはペンシルベニア州のゲティスバーグ※郊外にある父方の祖母の家に休暇がてら向かうことになっていた。


(※)ゲティスバーグは「ゲティスバーグの戦い」という1863年7月の南北戦争での最大の戦闘となった戦いの舞台となった街。リンカーンの有名な演説が行われた場所としても知られる。


 ゲティスバーグも、このうちとは違う感じでまたきれいなんだよね。

 でも春のこの時期は、ここが一番好きだな。


 2階の窓から見える庭には木蓮の花やライラックが咲き誇っていて、まさに今見頃を迎えている。

 アニーとカミラはこの時期の春休みに、二人でお花見がてら庭でティータイムを過ごすのが毎年の恒例だった。


「最近、パパも忙しそうで、体が心配」

「お父さまもお若くはないものね。でも大丈夫よ。チャールストン少佐や皆さまが支えてくださるわ。南部には資源も何もないもの。きっと数ヶ月で終わるんじゃないかしら」

 カミラのその言葉に、アニーは少し安心した。


「でも、カミラにしては戦争に肯定的じゃない?」

 アニーは言った。

「いいえ、決して肯定はしていないわ。ただ、始まってしまったものを見ないふりはできない。今は現実をどう受け止めるか考えないといけないわ」

 その言葉に、アニーは黙って頷いた。


 カミラは、前より戦争に対して否定的でなくなったような気がした。

むしろ、避けて通れない現実だと思っているのだろう。

「でも、奴隷制度を容認する州がまだ多いのよね。ここ、メリーランド州もそうだし、これらの地域がどう動くかで戦局は大きく変わるわ」


 その時、アニーは外から聞こえる馬のいななき声に気づいた。

「ねえ、あのさ」

 アニーが言いかけると、窓の外に男たちの姿が見えた。

 カミラとアニーは窓辺に寄って、男たちの様子を窺う。


 マリンブルーの軍服を着た男たちと平服を着た男たち十数名が、ウェブスター将軍が派遣した兵たちと話している。

 そのうち数名は馬に乗っていた。


「お嬢さま方、お客さまとのことですよ」

自由黒人のジェシカが2階にいたアニーとカミラに声をかけた。


「まあ。曹長たちはなんとおっしゃっていて?」

カミラがジェシカに問いかけると、

「なんでも旦那さまの部下の方だそうですよ」

 そう答えた。


 しばらくしてから、ジェシカが男たち二人を連れて再度2階に上がってきた。


 一人が

「マグワイア中尉、ウェブスター将軍司令部に所属しております!」

 と名乗った。


 あ、この人。この間パーティで見た人だ!


 あの冷たい視線の男。彼は警護をしている曹長たちのような素朴なたくましさはないものの、鍛えられた体格と整った顔立ちをしていたけれど、アニーはその瞳に違和感を覚えた。

 その視線は空虚で冷たく、まるで爬虫類の目を見ているような感覚がした。


 「イケメン」認定からはなぜかほど遠いように感じ、アニーは内心で密かに男への評価を下した。


 人を見かけで判断する性格をカミラにいつもたしなめられてはいるけど。

 この人、なんか好きじゃない。

 なんの用事でここに来たの?


 アニーの心は、かすかにざわめいた。


「本日の出来事なのですが、ボルチモアのプレジデントストリートで、南部連合の信奉者たちによってマサチューセッツ州兵たちが襲撃され、ウェブスター将軍のお命じでご令嬢方に速やかに避難していただきたいのです」

「……そうでしたか。お役目ご苦労さまでございます。詳しくお聞かせいただけますでしょうか」

 カミラは少し考えてから答えた。


「プレジデントストリート駅の暴動は州知事令によって止められようとしていますが、メリーランド州は南部連合の反乱軍に非常に同情的なため、治安は悪化する一方です」

「………」

「幸い、こちらはワシントンD.C.にも近いため、暴徒が来る恐れは今のところありませんが、ウェブスター将軍のご令嬢方の名は反乱軍にも知れ渡っており、危険です。つきましては、将軍はご令嬢方に速やかに避難いただきたくお考えです」


 少し考え込んだカミラは、そっと微笑んだ。


 カミラの黒い瞳が柔らかく弓形になり、まるでその中にダイアモンドが散りばめられたように輝いて。

 アニーは、今までの人生で一番カミラを美しいと思った。


「父からの書状をお持ちのはずです。お見せ願えますか」

「もちろんです。こちらに」


 男は顔色を少しも変えずに胸元のポケットから封筒を取り出した。


 中身を見て、アニーは心の中で違和感を覚えた。

 それは確かにウェブスター将軍の使う封筒だったが、封蝋もなく、手書きの文字もウェブスター将軍のものとは違って見えた。


「お父さまの、サインですね」


 けど、なんか、変。


「承知いたしました。それではすぐに支度をして参ります。少しばかりお待ちいただいてもよろしいでしょうか。荷物をまとめて参りますので、30分ほど」


 カミラの言葉を聞いたその男の表情はぴくりとも動かなかったのに、苛立っているように感じた。


もちろんでございます、ご令嬢Why of course, miss。ネイサン、ご令嬢たちに付き添うように」


 カミラはアニーを連れて、二階のそれぞれの部屋でなく、一階の父の書斎に向かった。


 付き添いにとついてきた、ネイサンと呼ばれた男を部屋の外に立たせて書斎の扉をそっと閉じると。

 不思議に思いながらも、ずっと黙っていたアニーが、小声で口を開く。 


「カミラ、今、何を考えているの?」

「しっ」


 書斎を抜けて父の寝室に向かうと、

 カミラはなぜか、ベッドの脇にいつも置いてあったピストルを手に取りサッシュに挟み込む。


 外からは蔦におおわれて目立たない、裏庭へと向かう扉がある。

カミラが扉をそっと開くと、裏庭の向こう側には幸いなことに誰の姿も見えなかった。

 またこの扉は、マグワイア中尉たちのいる部屋のちょうど反対側に位置するので、おそらくあちら側からはカミラとアニーは見えないはずだった。


「アニー、おそらくあの男たちはお父さまの敵だわ。時間との勝負なの。馬で、ポトマック川まで向かって、ワシントンD.C.に船で向かいましょう」

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