【番外編・後】 南軍捕虜 ジョシュ・ウィルソンの独白(後)
ダコタ族たちとトールチーフの和解の兆しが見えた矢先、戦況はさらに悪化した。
それは空が濃紺に染まりかけ、冷たい風がキャンプの一帯を包み込み、ジョシュや他の捕虜たちが焚き火のそばでいつものように静かに佇んでいた時のことだった。
南軍の支援を受ける別のインディアンの部族が、トールチーフたちの動きを敵対視し、南軍の意向に従い進軍してきたのだ。インディアン部族全てとの和平を最終目標とするトールチーフにとって、絶体絶命の事態だった。
その場の空気が突如として張り詰めた。遠くから重い足音と共に、武装した南軍の兵士たち、そして彼らに味方するインディアン戦士たちが姿を現した。彼らの顔には険しい表情が浮かび、暗闇の中でもその眼差しが鋭く輝いているのがわかった。
ジョシュは視界に入る南軍の兵士たちとインディアンたちが、捕虜である自分たちを救い出すことに思いを馳せた。
その直後、周囲の男たちの姿がジョシュの瞳に映る。
確かに自分たちは元南軍の兵士であるという理由で、矢の標的になる可能性は低いかもしれない。だがトールチーフたち北軍の兵士に対しては、容赦のない攻撃が始まるのは明白だった。
インディアンへの先制攻撃を決して許さないと断言した、トールチーフ。
ジョシュの視線の先に、いつも穏やかな顔で捕虜たちに接してくれたトールチーフが立っているのが見えた。彼の顔には恐怖や動揺は見られず、ただ静けさが漂っていた。周囲の北軍たちも見つめた。そこには断固たる決意だけがあった。
ジョシュの心の中で抑えようのない衝動が芽生えた。今までの交流を通じて抱いた尊敬や感謝が彼を突き動かし、ジョシュは意識せずに一歩前へと踏み出していた。
他の捕虜たちもジョシュと、ほぼ変わらないタイミングで立ち上がった。彼らは徐々にトールチーフの連隊の周囲に集まり、彼らを守る盾となるように立ち並び始めた。
南軍捕虜たちはあえて武装解除し、自らの命を懸けてトールチーフたちを取り囲むことを選んだ。
無謀だとわかっていた。もし戦闘が始まれば、真っ先に狙われるのは彼らであることは明白だった。まして、いわゆる「蛮族」に騎士道精神など、望むべくもない。それでもジョシュは一歩も引かず、南軍の仲間たちとともにその場に立ち続けた。
南軍に味方するインディアンたちが矢を放ち、鋭い音を立てながら飛び交った。捕虜たちは息を飲み、身体をこわばらせながらも、決して後ろへは下がらなかった。矢が彼らの周りをかすめ、いくつかは地面に突き刺さり、またいくつかは兵士の肩を掠めていった。しかし、捕虜たちは誰一人として動揺することなく、トールチーフたちの周りに立ち続けた。
それはまるで本能的に取った行動であり、意識して行ったものではなかった。敵として捕らえられ、屈辱を味わされたはずの北軍将校たちを守るという選択が、捕虜たち自身の生存本能を超えて優先されていたのだ。
何人かの南軍捕虜がインディアンの矢に倒れた。しかし、彼らは一歩も退かず、傷ついた体を支えながら、トールチーフたちを守り続けた。
一方、南軍に味方しトールチーフたちに向かって矢をつがえたリトル・ホークは、目の前の光景に戸惑いを覚えていた。
自分たちが救い出すはずの南軍の捕虜が、敵であるはずのトールチーフの連隊を守っている姿を見て、何かが胸に突き刺さるような感覚を覚えた。彼は戦士としての誇りを胸に、弓を引き絞るものの、その矢先にいる者たちの顔を見つめるたびに心が揺さぶられた。
「なぜ彼らは命を賭けてまで、敵であるはずのトールチーフを守るのだろうか?」
リトル・ホークは攻撃を続けなければならないことは理解していたが、心の奥底では答えの出ない疑問が渦巻いていた。
リトル・ホークたちインディアンとともに立つ南軍のベケット大尉もまた、目の前で起きている異様な光景に目を奪われていた。彼は強固な意志を持つ軍人であり、敵に容赦はしない男だったが、今この場で何が起こっているのかを理解するには少し時間がかかった。
南軍の捕虜たちが、武装を解除したままトールチーフの周りに立ち並び、盾となって守っている姿を見て、ベケット大尉は自らの信念が揺らいでいることに気づいた。彼らが示す忠義と決意は、自分の指揮する兵士たちや戦士たちの誇りと重なるものを感じさせた。
リトル・ホークは、部族の戦士たちに矢を下ろすよう伝えた。捕虜が命を賭けて守る者たちを無情に撃つことが、果たして本当に名誉ある行為と言えるのか、疑問に感じたからだった。リトル・ホークがべケット大尉の方を見つめると、彼も深く頷いた。
戦いが収まり静寂が訪れ、ジョシュはやっと肩の力を抜いて深いため息をついた。命の危機を共に乗り越えた捕虜たちとトールチーフの部下たちは、互いに言葉を交わさずとも、その場に一体感が生まれていた。
リトル・ホークもまた自らの部族の中で、敵対関係を超えた敬意をトールチーフとその部隊に対して感じていた。彼は部族の戦士としての誇りを保ちながらも、新たな道を模索する決意を胸に秘めた。
ベケット大尉は、ジョシュたちのような兵士が南軍にいること誇りに思う一方で、自らも変化を受け入れる必要があることを感じた。立場を超えて仲間を守ろうとした捕虜たちと、それほどまでに深い信頼関係を築いた北軍に敬意を示し、彼は無言のまま敬礼を送った。
そしてそんな敵味方を問わない彼らの崇高な姿はジャーナリストたちを通してアメリカ中、世界中に知れ渡ることとなり、南軍は二度とトールチーフ大佐一行へインディアンを利用して大っぴらに手を出すことが適わなかった。
ジョシュは数年後、戦争が終わって自分が農場を営む南部の地に戻ったが、彼はかつての南軍兵士とは異なった存在だった。
彼はもはや北部や南部といった敵対意識に囚われることはなく、人々の間に理解と信頼が築かれる未来を信じるようになっていた。そして時折、彼は家族や友人に「トールチーフの誓い」の話を語り、その出来事が自分に与えた影響を話した。
ジョシュは年を重ねるごとに、人間としての尊厳を保ち続けたトールチーフの姿を振り返り、その経験を次世代に伝えていくことを自分の使命と考えるようになった。悲しみを知ったジョシュの心に刻まれた「トールチーフの誓い」は彼自身の人生の指針となり、戦争を超えた絆と人間の尊厳が未来に受け継がれていくことを願い続けた。
その後トールチーフの名前は、ジョシュの願い通り「敵味方を超えた人間性と信念の象徴」として広く語り継がれた。彼と彼の部下、そして南軍捕虜たちが示した姿勢は、南北戦争の苦しみと分断を超えて人々に新たな希望をもたらした。
トールチーフが示した「和解と共存」という姿勢は、戦後も多くの人々に希望を与え、彼の名前は平和の象徴として語り継がれることになった。
彼の行動は、ただの戦場の出来事ではなく共に歩む道を見つけるための教訓として、後世に深く影響を与えることになったのである。
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