戦場での再会
“ニューヨーク・タイムズ
1862年9月19日号
「アンティータムの激闘:史上最も血塗られた一日」
特派員レポート:メリーランド州シャープスバーグより
1862年9月17日、アメリカ史上未曾有の激闘がメリーランド州アンティータム・クリーク沿いで繰り広げられた。この一日で約23,000人に及ぶ死傷者を出したこの戦いは、連邦軍(北軍)と連合国軍(南軍)の間で最も流血に満ちた一日として記録されることとなった。
戦闘の舞台となった小麦畑、トウモロコシ畑は今や荒廃し、砲撃の煙と血の匂いに包まれている。地面には無数の兵士たちが横たわり、彼らが最後に立っていた場所を示しているかのように散乱する銃器や装備品が静けさの中で光を放っている。
北軍のジョージ・マクレラン将軍の指揮下、北軍はなんとか南軍を退けることに成功したものの、圧倒的な勝利とは言い難い。北軍は数的優位を保ちながらも決定的な打撃を与えることができず、南軍のロバート・E・リー将軍率いる部隊は夜明け前にポトマック川を越えて退却した。
「終わったと知った瞬間、膝が崩れた。あまりにも多くの仲間が倒れていった」そう語るのは、第51ニューヨーク連隊のヘンリー・コールマン伍長だ。彼はこの戦闘で奇跡的に無傷で生還したが、同じ小隊の仲間の半数以上が戦死または負傷したという。「一歩進むたびに友人が地に倒れるのを見るのは耐え難い経験だった」とコールマン伍長は続ける。「戦場を去る際、私はその場に残してきた仲間たちの顔を決して忘れることはないだろう」
一方、現地の住民たちはこの戦争によって生活が破壊されたことに憤りを隠せない。シャープスバーグの農場主、ジョナサン・ハーパー氏はこう語る。「畑はすべて焼かれ、家族は避難を余儀なくされた。どちらの軍も我々にとっては破壊者だ」
なお戦場では、現在多くの勇敢な人物が命を救うために尽力している。その中には、看護活動を行うアニー・ウェブスター嬢やその姉カミラ嬢ら衛生委員会の姿もあった。前線での彼女たちの活躍は兵士たちの士気を高め、戦場に希望の光をもたらしたと多くの証言が寄せられている。
アンティータムでの戦闘が北軍の優位性を示したものの、戦争の終結にはまだ程遠い。リー将軍が再び反撃を試みることはほぼ確実である。
国の進むべき道を大きく変えた戦いとして後世に語り継がれることだろう。しかし、その影には数えきれない命の犠牲があったことを我々は忘れてはならない。
筆者:リチャード・H・クラーク
シャープスバーグ特派員”
9月の薄曇りの日、アニーたち一行は前線近くの野営地に降り立ち、アニーはすぐに腕まくりをし、治療に参加した。もちろん医療知識があるわけではない。彼女ができるのは、負傷者に水を渡し、包帯を巻き直し、そして痛みに苦しむ彼らに寄り添って励ましの言葉をかけることだけだった。しかし、無力さを感じる暇もなく、目の前の兵士たちは次から次へと運ばれてくる。アニーは彼らの傷を見て、何度も吐き気を覚えそうになったが、それでも歯を食いしばって耐えた。
隣ではカミラもまた、淡々と負傷者の世話をしていた。彼女の手つきは熟練の医療従事者のように的確で、アニーにとっては頼もしい存在だった。
負傷兵の中には少年のように若い兵士もいた。その一人がアニーの手を握り、弱々しく
「僕は家に帰れるでしょうか?」
と尋ねた。その言葉にアニーは一瞬声が詰まったが、必死に微笑みを浮かべて、
「ええ、もちろんよ」
と答えた。しかし彼の目は次第にかすみ、最後には息を引き取ってしまった。アニーはその場に立ち尽くし、思わずその場で涙を流してしまった。今まで見てきたものすべてがあまりに重く、彼女の心を締め付けていた。
戦場の凄まじさを目の当たりにして、アニーはそれまでの自分の人生がどれほど守られ、安穏としていたかを痛感した。ケイドやエナペーイがこのような現実の中で日々戦っているという事実が、彼女の中に新たな尊敬と共に、深い痛みを伴って刻まれた。
疲労困憊のままアニーは辺りを見渡した。目の前に広がる光景は悲惨で、土に染み込んだ血と火薬の匂いが辺り一面に漂っていた。彼女は深い悲しみとともに、その場に膝をついた。彼女の心は、自分の無力さと、この国が抱える苦しみに圧倒されていた。
夜が更け月明かりが薄雲に覆われる中、アニーは今もなお傷病兵たちで溢れる広場を歩いていた。揺れる焚き火の明かりが地面に影を落とし、血と土の混ざった重い空気が鼻を突く。
隣を歩くカミラもまた、沈痛な表情を浮かべながら周囲を見渡していた。静かながらも手際よく負傷兵に声をかけるカミラに目を向けたアニーは、一瞬だけ迷うように唇を噛んだ。だが、そのとき数歩先に立つ一人の男の姿が目に入った。
肩幅が広く、まっすぐに伸びた背中。アニーがどれほど想い焦がれ、無事であるよう祈り続けたその人だった。
生きていた!
胸の奥から喜びが溢れ出し、全身を駆け巡った。声を上げたい衝動が喉元まで込み上げる。目の前の光景が夢ではないことを確かめるように、アニーは瞬きもせずその姿を見つめた。
「アニー?」
振り返ったケイドの顔には、一瞬の驚きが広がり、その後すぐに怒りに変わった。彼は素早くアニーに歩み寄り、険しい表情で声を荒げた。
「どうしてここにいるんだ! 君がいるべき場所じゃない!」
その場の緊張感に気づいたカミラが一歩引き、そっとアニーの肩に手を置いた。
「アニー、大丈夫?」
アニーは小さく頷き、カミラの手をそっと握り返した。
「カミラ、少しだけ……お願いできる?」
アニーの小声に、カミラは迷いを浮かべながらも理解したように微笑む。
カミラは少し離れた場所へと歩いて行き、アニーとケイドを二人きりに残した。
遠くから二人を見守りつつ、カミラは静かに夜の空気の中に消えるようにその場を離れていった。
アニーは言葉に詰まりながらも、ケイドの目を見た。彼の声は裏腹に、その瞳には深い疲れと何か別の感情が混ざっているのが見えた。安堵、あるいは喜び。しかし、ケイドはそれを見せまいとするかのように声を荒らげる。
「戦地の最前線に来るなんて、命を捨てに来たようなものだ。一体何を考えているんだ!」
アニーは唇を引き結び、わずかに俯きながらも毅然と答えた。
「負傷兵を見捨てることなんて、私にはできない。それに」
自分の言葉がどれだけ彼を苦しめるか、アニーにはわかっていた。それでも嘘をつくことはできない。気づけば、瞳に涙が浮かんでいた。
「ただ、会いたかったの」
ケイドの顔が微かに揺らぎ、そしてため息をついた。彼は頭をかきむしりながら、あからさまな苛立ちを隠そうとしない。その仕草に、アニーは胸が締めつけられるような罪悪感を覚えた。
彼がどれほどの地獄をくぐり抜けてきたか、アニーには想像がついていた。シャイロー、コリンス、そして今回のアンティータム。銃弾と叫び声が飛び交う中で仲間が倒れていく様子を何度も目の当たりにしてきたケイド。それでも彼は、心が折れるほど弱くはない。志願兵たちが彼と同じ苦しみを背負わされる現状に怒りを感じながらも、耐え抜いてきたのだ。
だからこそ、銃後にいるはずのアニーがここに立っていることは、彼にとって耐え難い現実に違いなかった。
「君を守れなくて何が役目だ。頼むから、安全な場所にいてくれ!」
その低い声には、彼の中に溜まった苦しみが滲んでいた。
安全な場所。
ケイドの言葉を聞きながら、アニーの胸に鋭い棘が突き刺さるような感覚が走った。戦場がこれだけ広がる今、果たしてそんな場所がどこかに残っているのだろうか?
安全であるはずの場所にいたマーガレットが家族に見守られる中、静かに命を閉じた。そんな光景がアニーの脳裏に浮かぶ。
ケイドの言葉を耳にしながら、アニーの手は無意識に震えていた。彼の願いの意味が、今のアニーには痛いほどわかる。けれどマーガレットやジェシカがいなくなった今、その言葉はもう信じられないほど空虚に思えた。
「ケイド、あのね」
抑えきれない感情が声に滲むのを感じながら、アニーは小さく言葉を続けた。
「マーガレットを覚えている? 彼女が……亡くなったの」
その言葉に、ケイドの顔が凍りついた。
アニーは震える声で話し続けた。マーガレットの家族がアニーたちの元を訪れて伝えてくれたこと。さらには、アニーの家族のような人だったジェシカまで、既に殺されてしまっていたということ。彼らのためにも、アニーは二度と以前の幼かった自分には戻れず、自分なりにできることを探していきたいと思っていること。
ケイドの動揺は明らかだった。彼の顔には、押し寄せる悲しみが浮かんでいた。彼は視線を落とし、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
その次の瞬間、彼がアニーを強く抱きしめた。まるで何かにすがりつくように。その腕の力強さが、彼の中に渦巻く感情のすべてを物語っていた。
「もう離れるな、アニー! 決して、君だけは死なないで」
ケイドの声が低く響き、アニーの胸の奥に届いた。彼の抱擁の中で、アニーはそっと目を閉じた。涙が頬を伝う感覚を覚えながら、彼の心の痛みと愛情を、すべて受け止めたいと思った。
「ケイド、私はずっとそばにいるよ」
抱きしめる腕の力は強く、まるで彼女がその場から消えてしまうことを恐れているかのようだった。アニーはその圧倒的な力強さに一瞬息を詰まらせながらも、同時にその背後にある彼の孤独や苦悩を感じ取っていた。
アニーの指先が震えながらも、ケイドの頬に触れる。荒れた肌の感触は、戦場での過酷な日々を物語っていた。彼女はそっと顔を上げ、目を閉じて自分の唇を彼の唇に重ねた。
その瞬間、彼は深い息を吐きながら目を閉じ、アニーの唇の温かさに応えるように身を委ねた。最初は触れるだけの静かなキスだった。それは傷ついた心をそっと包み込むような、慎重で壊れそうな優しさに満ちていた。
しかし、アニーの手がそっとケイドの首筋をなぞり、その距離をさらに縮めると、キスは徐々に変化していった。ケイドの大きな手がアニーの背中を包み込み、その指先が彼女の肩に食い込むほどに力がこもる。まるで彼女がその場から消えてしまわないように、全身で彼女を捕らえようとしているかのようだった。
アニーはその強い抱擁を受け入れ、さらに深く彼の唇を求めた。その熱が二人の間に広がり、冷たい夜の空気さえも遠ざけるようだった。ケイドの唇の動きはぎこちないが、それでも彼の感情のすべてがそこに込められているのを感じた。彼が背負ってきた痛み、失ったものへの後悔、そして今ここにいるアニーへの切実な想い。それがすべて、この一瞬に凝縮されていた。
唇が離れると、ケイドは深く息を吐き、額を彼女の額に寄せた。彼の瞳は閉じられたままだったが、その眉間には深い苦悩が刻まれていた。
彼は再びアニーを抱きしめ、彼女の髪に顔を埋める。その仕草には、彼女を失うことへの恐れと、ようやく得た安心感が混じり合っていた。アニーもまた彼の背中に手を回し、その温もりを感じながらそっと目を閉じた。
それは、戦場の冷たさや死の影が覆う中で、二人だけの世界が作り上げられた瞬間だった。喧噪と悲嘆の中で、ただ二人の心だけが共鳴し、温かな光を灯していた。
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