国中の人気者になったカミラと慰問活動を始める

「エナペーイさん、すごい人気になっちゃったね。」


 アニーの言葉に、カミラは肩をすくめた。彼女の目は少し複雑な思いを浮かべていた。


「ええ、そうね」


 アメリカ合衆国市民は今、先住民族に対するむごい民族浄化とも呼ぶべき国策を忘れたかのように、若々しいインディアン青年将校エナペーイ・トールチーフ大佐に夢中だ。

 様々な大衆紙タブロイドにはエナペーイの横顔写真が飾られ、連邦寄りの各社新聞はキャンプダグラスでそびえ立つ彼の軍服姿や、エナペーイとともに行進する連隊の青い軍服北軍の軍服灰色の軍服南軍の軍服が並ぶ白黒写真を掲載し、新しく登場した連邦軍英雄の大胆さと賢明さを国中が褒め称えた。


『南軍の最高司令官ロバート・リー将軍は確かに名将だ。思慮深く、そして歳をとっている。それに対してトールチーフ大佐は若く聡明で、しかもエネルギッシュだ。それはトールチーフ大佐と無二の親友であり将来義兄弟となる予定のチャールストン少将も同様で、リー将軍とトールチーフ大佐たちは貴族的な南部と勢い止まらぬ北部を象徴しているといえよう』


「南軍のリー将軍や、ストーンウォール鉄壁の・ジャクソン将軍(※1)、ルイジアナ州のボーリガード将軍(※2)に比べると、北軍は堅実だけどスター選手と呼べる方が今までいなかったもの。ケイドさんやエナペーイを北軍のアイコンとする連邦政府の意図でしょうね」


※1 リー将軍と並びアメリカ合衆国を代表する軍人。勇猛果敢な戦いぶりから「ストーンウォール」の異名を持つ。1863年5月にチャンセラーズヴィルの戦いで戦死した。

※2 「灰色のナポレオン」とも知られ、第1次ブルランの戦いやシャイローの戦いなど各種激戦を繰り広げた名将


 しかしその人気の裏には、彼がかつて自分の祖先たちを迫害したアメリカの白人社会に受け入れられたという皮肉な現実があった。


「こんなに騒がれるなんて、正直驚いたわ」

 カミラは新聞をもう一度広げ、記事を再確認した。


「うん、すごい。まるで先住民族に対する扱いなんて忘れちゃったみたい」

 アニーは少しだけ皮肉を込めて言った。


 また合衆国各メディアは、トールチーフ大佐と美しき連邦軍最高司令官令嬢カミラの初々しい恋模様にも注目していた。

 運命的な出会い、愛をさらに深めていった手紙でのやり取り、そしてエナペーイが初めて表舞台に登場したその直後に二人の抑えきれない恋心があふれて、そして成就した様を各種のインタビューや調査を通じて世界に紹介された。

 内戦下の地獄に咲く一輪の清涼な花と呼ぶべき二人に、市民はさらに熱い声援をおくった。


 そのことをアニーは嬉しく思う反面、欺瞞が腹立たしかった。


 カミラの母ジャスミンは、スペイン領東インド※出身の女性だ。カミラが半分アジア人であることは、彼女の人生において常に複雑な問題を抱えさせてきた。

 保守的で偏った考えを持つ者たちにとっては、最高司令官令嬢であるカミラならば先住民族であるエナペーイと結ばれることを「許容範囲内」と見なしている。 


※現在のフィリピン


「私は、少し前まで自分がどう受け入れられるか分からなかったけど、きっとエナペーイと一緒なら何かが変わると思うわ。でもね」

 カミラは深いため息をついた。

「嬉しいけれど、ちょっと不安もあるわ。私たちが愛し合っていることが、政治的に利用されているように感じることがあるの」

「確かに。でも、エナペーイさんの人気が上がれば、みんなが先住民族の問題にもっと気づくかもしれないよ」

 アニーは首をかしげながら言った。


 カミラは少し考えた後、答えた。

「確かにそうね。でも、彼はエナペーイ・トールチーフ大佐という個人であり、私の婚約者よ。皆がその存在を『アメリカの歴史的な象徴』として消費してしまっている気がするの」

「そうだね、時々エナペーイとケイドが注目されすぎて、ちょっと怖いなって思う。でも、私たちが二人を支えれば、大丈夫じゃないかな。うまく立ち回れるよ」


 カミラはアニーの言葉に少し安心したように頷いた。

「そうね、あなたの言う通りだわ」


 その時、カミラの父である最高司令官が部屋に入ってきた。彼の表情は厳しいものだった。


「パパ久しぶり! どうしたの?」

「カミラ、アニー。君たちに伝えなければならないことがある」

 父親はゆっくりと話し始めた。

「リンカーン大統領から、ワシントンD.C.の病院への慰問活動の依頼が来た」


「慰問活動?」

 カミラは驚いた表情を浮かべた。

「私たちはまだ……」


 二人はユニオン病院で看護婦のボランティアをしている。特にカミラは、本気で医学を志すことを考え始めていた。

 ユニオン病院のアダムス医師も今後深刻化するだろう医師不足の状況改善のため、カミラに親身になって技術や医師としての心構えなどを伝授していた矢先のことだった。


 まだ女性が医学部に入学した例はないが、内戦が終わった後はわからない。また、正規の医者ではなくとも看護婦や産婆のような仕事もあるはずだった、それなのに。


「わかっている」

 父親はカミラの言葉を遮った。

「これは国家的な要求だが、あくまで命令ではなく依頼だ。私は断固反対するつもりだよ」


 カミラは少しの間黙り込み、こう言った。


「兵隊さんのためですもの。私だけ、ご要望にお答えしたいと思います。アニーは心配だから置いていくわ」


 二人はワシントンD.C.に来てからずっと、下宿と病院を行き来する生活だった。

 D.C.ではウェブスター将軍の監視の目が行き渡っており、東インドにいる母親との連絡手段が妨げられているのではないかとカミラは疑っていた。

 ウェブスター将軍とカミラの母親は、別れた今でも決して仲が悪くなかったが、カミラは母と自分たちを引き離す意図があるのではないかと感じていたのだ。

 その疑念が強くなるたびに、父親への不信感が少しずつ膨らんでいった。


 もし本当に母親との連絡が遮断されているなら、どんな事情があろうと、実の母親と娘の繋がりを断つ権利が誰にあるのだろうかとアニーも憤っていた。


「パパって、本当に私たちのことよりアメリカのことを優先するよね。軍人として名声を得ることに命をかけているみたい。」

 これは二人だけの時のアニーのぼやきだった。


 アニーは少し黙っていたが、意を決して口を挟んだ。

「私も行く。カミラが行くなら、私もついて行きたい」


カミラは驚いたような顔をした。

「本当に?」


「カミラよりは私の方が動けるもん。何かあったら私が守ってあげる」


 カミラは少し迷った後、頷いた。


 その後、カミラとアニーは父親に再度説得を試み、最終的に父親は二人を送り出すことに同意した。カミラの中には、母との再会への強い思いがあり、アニーもその決断を支えるために共に行動することを決めたのだった。



  









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 アメリカという国の、ここぞという時の手のひら返しはある意味とても清々しいです。

 そのことを心底実感したのが、2008年のバラク・オバマの大統領当選(と2016年の某共和党候補当選)で、一度人気に火がつくと誰にも止められない勢いで燃え広がる、明るく軽薄で柔軟な国民性を心底感じました。

(2008年は、いくらオバマが理知的で魅力的とは言っても黒人を含めたマイノリティ大統領登場まではあと数十年はかかるという印象だったので)

 彼が政治的に成し遂げてきたことはさておき、偉大な存在であることには変わりがないと思っています。

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