パパ、なんか隠してる?
うわ、なにこれ。
ウェブスター将軍の司令部は、飾り気のないと言うのを通り越して、薄暗く、古びた気味が悪かった。
船員とも別れて、優しく勇敢な男性とともに、船を降りて向かった、ワシントン砦。
入り口で別れようとする男性をカミラとアニーが2人がかりで引き留めて、向かった一室にあるウェブスター将軍司令部は、無骨で飾り気のない、日当たりの悪い部屋だった。
チャールストン少佐が、
「エナペーイ! お前、どうしたんだ!」
目を丸くしているのと同時に、
「パパ!」
アニーは父に、駆け寄った。
「アニー…‥、カミラ?一体どうしたと言うんだね」
パパ、なんか生気のない顔してる。
なぜだろうか。
役目のあまりの重みが、ウェブスター将軍の心身を蝕んでいるのだとしても、チャリティパーティの時の覇気がほとんど感じられない。
「それに、エナペーイではないか」
そう呼ばれた青年は、少し嫌そうに顔をしかめた。
「パパ、チャールストン少佐も、お知り合い?」
「この方、私たちの命の恩人ですの」
アニーとカミラの言葉に、
「……そうだったか。エナペーイらしいことだ。この男は、ジョージタウン大学の学生、エナペーイ・ジョゼフ・トールチーフだ。私の大学時代の学友の、スミス教授が運営するゼミナールに所属している。エナペーイ、こっちは、私の娘のカミラとアニーだ。助けてくれて、心から礼を言おう」
改めて紹介され、カミラはしとやかに、アニーは慌てて膝を折った。
「いいえ、あなたのお嬢さん方とは存じ上げませんでした。お嬢さん方は、男たちに追われてこちらに逃げてこられたのです」
エナペーイの言葉を聞いたカミラが、ウェブスター将軍の前に一歩進んだ。
「お父さま。マグワイア中尉という男は、どんな人間ですか」
カミラが問うと。
「……マグワイア元中尉は、つい先ほど我々の司令部を脱走した男だよ。科学者でもあり、研究所を構えていた」
「なぜ、彼らは私たちを拘束しようとしたのでしょう」
「私への、交渉材料の一つだろうね。前時代的なことだ」
そういうこともあるのだろうか、とアニーは考える。
もしかしたら、こういった事態に備えて、家に兵を置かせていたのかもしれなかった。
「あれは、中々狡猾な男だったが、なぜお前たちは逃れることができたんだい?」
「カミラが、マグワイア中尉はパパの敵だと見極めて、私たち、ポトマック川を船で渡ってここに来たの」
「お父さまからの手紙を見せてもらうよう頼んだら、それはお父さまの筆跡でなかったし、うちの封蝋もなかったもの」
昔気質のウェブスター将軍は、封蝋の習慣がある。
マグワイア中尉は将軍の署名を真似ることだけはできたが、さすがに印璽を偽造することは出来なかった、ということなのだろう。
「少ない判断材料で正しい選択をしたようだね。お前が私の部下にいたら、この
いつもの言葉で締めくくる父に、カミラが苦笑した。
「私は軍人には向いていないわ。臆病なんですもの」
「いや、軍人にこそ慎重さは必要だよ。ただ打って出るだけでは、勇敢なのではなく蛮勇というものだ。そうは言っても、ここぞというところの度胸がなければ、お話にならないがな」
「それ、カミラのことじゃん」
「そうだね。お前も中々鋭い洞察力だ。いい軍人になれるよ」
「やだよ軍人なんて。私わがままだし」
「お前みたいな素直な気質の、いい軍人も多くいるよ。さてと」
将軍はそう言ってから、チャールストン少佐以外の者を部屋から下がらせた。
「エナペーイ、君も」
「ええ、それでは」
そう言って立ち去ろうとするエナペーイの背中に、ウェブスター将軍が声をかけた。
「だが、忘れるな。私は君に出会った時から、君を欲しいと思っている。そのことは、決して忘れないでくれ」
「エナペーイ、俺もだよ。あの時以来、俺の上に立つのは、お前だけだと思っている」
微笑むチャールストン少佐を見たエナペーイは、
「勘弁してくれ、ケイド」
そうとだけ答え、立ち去った。
あの時って?チャールストン少佐たちはエナペーイさんといつ知り合ったんだろ。
てか、エナペーイ・トールチーフって、ちょっと発音しづらい名前だよね。先住民族って言ってたけど、先祖代々の名前なのかな。
ウェブスターは「紡ぐ者」、スミスは「鍛冶屋」。
チャールストンはシャルル一世、別名
トールチーフ、背の高い、チーフ。
「さあ、カミラ、アニー」
ウェブスター将軍が言った。
「お前たちはこのまま、この砦に部屋を作るから、ここに残るように」
さらりと告げられた言葉。
「私たち、このままペンシルベニアに向かうつもりだったのだけれど……」
「ああ、だめだだめだ。もしマグワイアがお前たちをまた襲ってきたらどうするつもりかね。お前は私の胸をつぶすつもりかい?」
ウインクとともに明るく言われたその声が、なぜかアニーには不自然に聞こえた。
「ですが、
そう考えると、ご令嬢方は戦地となる可能性のあるこの砦より、ペンシルベニア州のご親族のおそばの方が安全かと」
チャールストン少佐が、不思議そうに問いかけた。
アニーは、ずいぶんくわしいことを教えてくれるな、と思ったが、二人が当事者でもあるからには、ある程度の情報共有が望ましいという判断だろう。
「今はそうでも、いつペンシルベニアが戦場となるかはわからん。本当は母上もここに連れて来たいところだが、母上は家を離れるのを嫌がっているし、公私混同にもほどがあるからね」
「お父さま、それはおかしいわ。さっきはマグワイアのことを心配して、その次にはペンシルベニアが戦場となることを恐れて、結局お父さまは何を思っていらっしゃるの?」
黙るウェブスター将軍に、カミラはさらに言い募った。
「言い換えるわ。お父さまはなぜ、マグワイアが私たち姉妹に、お父さまに執着してると思っていらっしゃるの?」
そもそも。ただの逃亡兵が、偶然ではなく計画的に、アニーたちに狙いを定めた、そこに何の意図があったのだろうか。
「チャールストン少佐」
「はっ」
「軍人は、いかなる機密事項も外部には漏らしてはならぬ。……復唱せよ!」
「はっ! 軍人は、いかなる機密事項も外部には漏らしてはならぬ!」
「そういうことだよ。さっきのチャールストン少佐は、処罰に値するな。
まして、私は今は北軍のトップという位置にいるからね。いくら愛するカミラでも、教えられないこともあるのだよ」
「私たちが、当事者だとしても?」
「そうだ。それが、私の娘として、北部の花として讃えられた、お前たちの義務だよ」
カミラとウェブスター将軍との間に、なぜか火花が散っているように、アニーには見えた。
「いいわ、お父さまがそう仰るならば、ここに残ります。アニー、それでいいわね?」
カミラはため息とともに、そう言った。
「カミラがそう言うなら、私も従う」
カミラとパパって、なんか似てる。
優しいけど、何考えてるかわかんない感じとか。
「カミラ、パパどうしたんだろ?」
パパがいなくなったあとに、カミラにそっと問いかけたが。
カミラはなぜか、答えてくれなかった。
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