第2章 バディ未満の二人
第6話 あなたを見守り隊
「おい、長田ァ……俺この前なんて言ったか覚えてるよなぁ?」
ああ、また長田君が虐められている。
「俺、また金持って来なかったら次はねぇぞって言ったよなぁ!?」
ボカッ!
俯いて黙ったままの長田君は、なすすべなく大西君に殴られている。可哀想な長田君。
「おい何とかいえやコラァ!!」
ガッ
地面にうずくまる彼の腹を、今度は取り巻きの原君が蹴り上げた。とても見ていられない。
でも私はそれを見ていることしか出来ない。彼にしてあげられるのはいじめっ子達が去ったあと、いつものように慰めてあげることだけ。ただのクラスメイトの私じゃそれが限界。
「大西君……原君……。やめて、くれよ……」
驚いた。彼が掠れた声を振り絞って抵抗している。いつもはされるがままなのに。
「あぁ!? 声が小さくて聞こえねえなぁ!」
大西君が長田君の髪を掴んで無理矢理顔を上げさせる。
「おい大西、こいつポッケに財布入れてやがるぜ」
「おいおい……嘘で誤魔化そうとか、お前、俺達のこと舐めてんの?」
大西君の声色が途端にどす黒くなった。財布を奪った原君は、金を抜き取った後の抜け殻を長田君に投げつけた。
「原、何円入ってた?」
「今日は当たりだぜ、何と一諭吉」
「なんだ、持ってんじゃねぇかよ。さっさと出していればこんな事にならずに済んだのになぁ……。な? 長田」
一転、上機嫌になった大西君が彼にまた殴りかかろうとしたその時、
ガサガサッ
茂みから人が飛び出し思いっきりスマホカメラのフラッシュを焚いた。
「眩しっ……な、なんだ!?」
逆光でその顔は見えない。だがその女の格好については嫌と言うほど知っている。光を反射し輝くエナメルの靴、やたらとでかいリボンのついたピンクのワンピース、幼児向けのキャラクターを模したリュックサック、そしてまるでアイドルのようなツインテール。なんだ、こいつ。
「君達……大西君と原君、だっけ? 恐喝に傷害に強盗とか……ろくな大人にならないね」
「部外者は引っ込んでろよ、おばさん」
原君が吐き捨てた言葉がよほど癇に障ったのか、女はスマホを握り潰さんばかりに肩を震わせ怒っている。
「別に私は良いんだけどさ……君達は困るんじゃない? これ」
そういうと女はスマホを何やらいじっていじめっ子達に見せつけた。
『おい、長田ァ……俺この前なんて言ったか覚えてるよなぁ?』
それは先程のいじめを隅から隅まで記録した動画だった。二人の顔がみるみる青ざめていく。
「これ君達の親に見せたらなんて言うんだろうね? きっと悲しむだろうなぁ……。それだけで済んだらいいけど、ね?」
女は必死にスマホを取ろうとする二人をかわし、隠れている私の前までやってきた。
「裁判、なんて事になったら君達がカツアゲした何倍もの慰謝料、請求出来ちゃうね」
私から見ればこの女がやっている事も立派な恐喝に見える。そもそも何者なのか?長田君との関係は?
「わかったよ、つまり殴られてぇってことだよなあ!!」
青ざめて何も出来ない原君とは対照的に血気盛んな大西君が女に殴りかかろうとした。
ガンッ
走り出す前に勢いよくこけ顎を強打する。長田君が、大西君の足をがっしりと掴んでいた。
「クソが! 離しやがれ!!」
「嫌だ。話は最後まで聞くものだろ?」
この状況で、大西君に足蹴にされてなお、長田君は笑っていた。違う。いつもの長田君じゃない。
「あ、スマホを壊したとしても、バックアップとってあるから無駄だよ。それに名前まで出ちゃってるから……ちょっと手が滑ったら君達、一生ネットの晒し者かもね」
原君は状況を理解したのか、暴れ抵抗しようとする大西君をなだめようとしていた。確かにこの動画がSNSで拡散されれば……彼らは一巻の終わりだ。
「私が言いたいのは、今後一切長田君に暴力を振るわず関わらない、金も取らない。それが守れるのであればネットでの拡散はやめといてあげるってこと。どう? いい提案でしょ」
大西君が長田君を足蹴にするのをやめる。どうやら彼も、ようやく現実が見えてきたようだ。
「……チッ、わかったよ」
大西君は俯き不貞腐れている。
「あの、僕はちゃんと反省してるんで! へへ……あ、これも返します」
原君は先程懐に入れた一万円札を女に差し出した。女はそれを受け取る。
「もし、約束を少しでも破ったらその時は……君達のSNSアカウント付きで全世界にこれ、公開しちゃうから」
女の目は本気だった。それを二人とも感じ取ったのか、そそくさとその場を後にした。
「ったく……返す相手が違うでしょうが。大丈夫?」
女は長田君にその綺麗な手を差し伸べた。
「はい……本当に、ありがとうございました。その一万円は依頼料という事で、貰ってください」
依頼料……? 聞きなれない言葉に耳をすます。じゃあ今のが女の仕事?
「そういう事なら。でも君も中々名演技だったよ? 掠れた声で唸るあたりとか特に」
「……あれは演技じゃないんですけど」
殴られた箇所をさすりながら長田君は何故か嬉しそうだった。
「殴られ損ってのも悪いし、初めての助手としての仕事だからね。これは見舞金プラス給料って事で」
そう言って女は先程受け取った一万円札を彼の手にそっと握らせた。
なるほど、依頼……助手……。何となく見えてきた。あの量産型女、探偵か。それに、長田君が、助手。
カッコいい。素直にそう思った。
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