第18話 撒かれた手足が示すもの
今度は、右手……? 犯人は一体、何を考えているんだ。わからない。その意図が読めない。そもそも、これは本当にハナさんの手なのか?
「と、とにかく警察! 通報しないと……!」
店員は震える手で必死に携帯を操作している。一方美依はというと、一瞬息をのんだものの至って冷静に倉庫の中を見回し、ぐるりと一周してからミイラのような右手の前にちょこんと座り込んだ。
「うーん。何というか……干物みたい」
「うげ、やめてくださいよ。食べ物に例えられると何か嫌です」
「あはは、ごめんごめん。でももし、左手もこんな感じで天日干ししてるならDNA鑑定は難航してるかもね」
「え、でもDNA鑑定ってミイラとかでも出来るんじゃ……」
「保存状態が良ければ、ね。でも遺体が酷く劣化しているとき、例えば腐敗してカビや細菌だらけだとか、紫外線でボロボロだとか、そういう場合は中々上手くいかないみたい。繊細なんだよ、DNAは。だから、万能ってわけじゃない」
美依はサッと裾を払い倉庫から出て、スタスタとこちらに戻ってきた。それと同時に、店員が呼んだ警察もパトカーを降りて駆けつける。
「クソッ、これで今日何件目だよ……」
不意にこぼれたその愚痴を、僕は聞き逃さなかった。
「今日? まさか、他の場所にもこんなのが、同時に?」
「あ、いや、その……」
「おい馬鹿、何もらしてんだこの野郎!」
目の前で警官たちが喧嘩になりそうなところで、店員が青い顔をしてポツリと呟いた。
「あ、あの……。私も、逮捕されちゃうんでしょうか? お、長田さんみたいに……」
今回鍵を持っていたのは確かに彼女だ。だけど……。
「ああ、大丈夫ですよ。あなたも、その長田さんって人も、今のところはノーマークですから」
「馬鹿、そういうのは言っちゃいけないって何度言えば……!」
「あ! す、すみません。つい」
思考する暇もなく、事情聴取はあっさりと終わりを告げた。ほんのり異臭を放つ右手は慎重に回収され、後には僕達三人だけが残っていた。
「とりあえず、一旦帰って情報を整理しようか」
店員の連絡先を貰い、最後に深く頭を下げて、僕と美依は現場を後にした。
再び事務所へと戻ると、意外にも所長が既に椅子に腰掛けくつろいでいる最中だった。そして、そこにはもう一人。
「か、母さん……!?」
トランプタワーを現在進行形で積み上げつつある母の姿が、思い切り僕の目に映った。
「あら、財時。おかえり〜」
「……じゃなくて、何でここに? というか連絡くらいしてもいいのに」
「サプライズよ、サプライズ。一回来て見たかったのよねぇ……財時のアルバイト先!」
あと一歩というところで無残にも崩れ落ちたトランプをかき集めながら、母は楽しそうに笑っていた。
「足立社長のところから帰ってきたら、入り口で待機しているものだから私も驚いてね……。前に一度、見かけていたからすぐに誰なのかは何となくわかったが」
足立社長、という言葉を聞いて、母の顔が一瞬引き攣る。しかし、すぐに元の笑顔に戻ってトランプタワーをまた一から作り始めた。息子の僕だからわかる。母は恐らく、無理をしている。
「おっと、そうだ、その足立社長なのだが……」
「どう? いい情報あった?」
「まぁ、情報は聞くには聞けたんだがな……」
所長は勿体ぶるように咳払いを一つして、その口をゆっくりと開いた。
「……逮捕された」
「え?」
「だから、殺人及び死体損壊、遺棄の容疑で連れて行かれた」
母はうつむき、唇を噛み締めていた。手の震えが、また出来かけのタワーを崩壊させた。
机を囲んで、集めたお互いの情報を共有し、精査し、少しずつまとめていく。
昨日見つかった左手は、はめられた指輪によって足立ハナだと判断された可能性が高いこと。
今日、右手以外にも両足が、足立グループ系列の店の倉庫から見つかったこと。
そのことで母の容疑は晴れ、二つの倉庫の鍵を持ち、かつ動機もありそうで手っ取り早い社長が代わりに取り調べられる流れになったこと。
足立ハナは夫と二人でハワイに行った直後、喧嘩になり、突然荷物をまとめて家出のような形で行方不明になったこと。
足立ハナには、仲の良い弟がいたこと。
「ちょっと待って」
僕達の話をただじっと聞いていた母が唐突に声を上げた。
「ハナちゃんには確かに兄弟がいるけど、兄弟というより、姉妹だと思う」
「どういうこと? 母さん」
「えっと、つまり……見た目は確かに男の子っぽいんだけど、実際は妹なのよ。女子トイレに入っているところを見てビックリした記憶があるから間違いないわ」
ボーイッシュというやつだろうか。でも、それが事件に関係するとは思えない。
「そういえば……お母さんの容疑はもう晴れたけど、どうする? 依頼」
美依はそう口では言いつつも、情報をまとめたメモを手に頭を働かせているようだった。
「そうですね、でも……」
チラリと横を見やると、母は膝に置いた手をギュッと握りしめ、僕の目をじっと見つめていた。まるで、何かを心配しているかのように。僕に
「乗りかかった船ですよ? ここまでまとめておいて、やめるなんてとんでもない。それに僕、最初に言いましたよね。『真犯人を見つけて』母の容疑を晴らして欲しいって」
「……だよね! ちょっと意地悪な質問だった。じゃあ話聞きに行かなきゃね」
そう言って美依はメモの下部分、弟の文字を軽く叩く。
「確かに、動機から考えれば夫である社長が一番怪しい。週刊誌で不仲説やDV疑惑が出るくらいだし。でも荷物をまとめて出て行ったって話が本当なら、弟、いや妹の家に一度でも行った可能性がないとは言い切れない。今わかっている情報を補強するためにも、彼女には話を聞く必要があると思う」
不仲説、そんなものがあったのか。生憎、週刊誌はコミックしか知らないため、当然その辺りの事情には
「私も、行くわ」
母は大きく頷いたかと思うと、突然立ち上がり、そう宣言した。
「面識もある。結構仲が良かったから年賀状も送ってたし、住所もわかる。案内役としては最高でしょ?」
「……よろしいんですか、お母様」
「ええ。遠藤さんとその娘さんにはいつもお世話になりっぱなしで、ずっと何かお返しがしたいと思っていたんです。といっても、真犯人を見つけて欲しいというのは私の独りよがりな願いかもしれませんが……」
「依頼は最後まで。それがうちのモットーなんですよ。だから独りよがりなんかじゃありません。むしろ助かりまくりです!」
三人はお互いを見合って微笑む。その光景が、なんだか妙に嬉しくて少し恥ずかしかった。
「……いい職場ね、本当に」
先導する母の隣で、ささやかれたその言葉に僕は最高の笑顔で答えた。
電車を乗り継ぎ、気がつけば夕方、僕達は人里を少し離れた一軒家の前でその歩みを止めた。
「……着いた。ここよ」
大きくもなければ小さくもない、だが一人で暮らすには少し広い、そんなよくある一軒家。その控えめなチャイムを、母の細い指がそっと押し込んだ。
ピンポーン——。
数秒の間があって、インターホンがプツリと音を立てる。
『……はい』
「私、長田。わかる? バー『ライオン』の……。ごめんね、急に押しかけて」
『……長田、さん? ちょ、ちょっとお待ちください!』
慌てたような声が雑音混じりに伝わってくる。しばらくして、不意にガチャリと鳴った音が、夕闇にこだました。
目の前の扉がどんどんと開かれていく。そこから顔を覗かせたのは、男でもなければ女でもない、一言で言えば天からの使い。まさしく天使だった。
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