第2話 主催者かく語りき
「そういえば、君、学生?」
山道が険しさを増す中、女は前を歩く僕に話しかける。
「はい、一応は。でも何でそう思ったんですか?」
「いや、大したことじゃないよ。君が履いてる靴、校章が後ろについてるでしょ? それで新月高校の生徒かなって思っただけ」
確かにこの靴は学校指定のもので入学直前に購入していた。だが、彼女に指摘されるまで、僕は校章が付いていることに気がついてさえいなかった。まぁ今更知っても何の役に立つわけでもないが。
「よく校章だけで高校までわかりますね」
「ふふーん、実はみーちゃん、そこのOBなのよね」
みーちゃん……? 急に知らない単語が出てきたことで僕の頭はみーちゃんで埋め尽くされる。友達か? いや、今の流れで急に知らない友達の名前を出すものだろうか? 女性と会話する機会がほぼ皆無な僕ではさっぱりわからない。
「あ、みーちゃんってのは
そう言って彼女は自分自身を指差した。なるほど、彼女は自分を名前で呼ぶタイプか。張り詰めていた心が、少し和らいだ気がした。
「ということは先輩なんですね。今は何を?」
「うーん、
「なるほど」
大学にもその格好で行っているのかと聞いてみたい気持ちもあったが、そこまで踏み込むのはなんだか無礼な気がして、僕は質問するのをやめた。
しばらく沈黙が訪れる。ふと、彼女が口を開いた。
「ねぇ、君は何でこの集まりに参加しようと思ったわけ?」
こちらを向くわけでもなく、ただ前を見据えて、邪魔な草を踏み倒しながら進む。その表情からは何の他意も読み取れなかった。
「大したことじゃ……ただ嫌なことばかりで、これ以上生きるのがしんどくなったってだけです」
「例えば?」
「……いじめ、とか」
言った後に後悔する。さっき出会ったばかりの人に打ち明けるようなことではない。
「そっか」
突然、頭の上に何か温かいものが触れる。それが僕の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた時、ようやく彼女が頭を乱暴に撫でていることに気がついた。
「辛いこと聞いて、ごめんね」
もう少し早く、この人のように慰めてくれる人がいれば、僕はこの山を登らずに済んだんだろうか。いや、きっといたとしても状況は何も変わらない。それでも今だけは、死ぬ間際のこの時間だけは彼女の優しさに甘えることにした。
山小屋に着くと、すでに人が3人ほどいた。一人は大きな荷物を背負っており、一人は手ぶら、もう一人はハンドバッグのようなものを持っていた。大きな荷物の人がこちらに気が付き、手を振っている。
「お待ちしておりました! 例のサイトの参加者であってますか? 私、ひばりって言います」
ひばり、それはサイトの管理人の名前だった。間違いない。どうやら、この大きいリュックを背負った女が主催者のようだ。
「あ、僕は人間失格って名前でした。よろしくお願いします」
サイトでのペンネームを名乗る。ひばりさんは
「あー、それっぽい!」
と一人で頷いていた。あまり嬉しくない。
「みーちゃんは、美依って名前でやってたんだけど、覚えてる?」
ひばりはまた頷いて
「うんうん、覚えてる覚えてる!」
と繰り返した。本当だろうか。なんだか抜けている人だと、そう思った。
そこに遠巻きに眺めていたハンドバッグの女が慎重な様子で加わった。
「えっと、あの……私、その……。猫まんま……です……」
かろうじて聞き取れるほどの声量で女は自己紹介をした。聞き返すのも悪いと思わせるほどに、彼女の周りには不幸なオーラが漂っていた。
「それで? あそこにいる男はなんて名前?」
美依は遠慮のない様子でひばりに尋ねる。
「あぁ、彼はアーサーです」
見たところ純日本人のようだが、つくづく変な名前が多いものだ。格好だけでいえば一番この場にそぐわない美依がまともな名前なだけに余計にそう思う。
「よし、これで全員ですね」
ひばりは荷物を下ろし、何やら準備を始める。
サイトの特性上、参加者側からは管理人以外の名前を知ることは出来ない。逆に管理人は全ての参加者の名前を知っている。この名を名乗る一連の流れはいわば、身分確認のようなものなのだ。
「じゃあそろそろ……」
ひばりが何か言いかけたところで
「すまん、トイレに行かせてくれ」
とアーサーが言い出した。死ぬ前にトイレもクソもないだろうとは思ったが
「みーちゃんも行っていい?」
という鶴の一声で、二人がトイレを終えるまで待つことになってしまった。
「こっちは崖になってて危ないから逆の方がいいかも」
ひばりが二人にそういうと、アーサーはそそくさと安全な方に走り去っていった。
待つこと数十分、中々彼は帰ってこない。
痺れを切らしたのか、美依は危険だと言われている崖の方へと走り出してしまった。
ひばりがすかさず止めようとするが尿意を催した人のスピードは尋常ではない。捕まえる前に逃げられてしまった。
「僕、追いかけますから。ひばりさんはそこでアーサーさんが帰ってくるのを待っていて下さい!」
そう言い残し、すぐに美依の後を追う。どうせみんな死ぬのだから放っておけばいいのに、何故かそれが出来なかった。
「いや、ここは女の私が……」
ひばりも僕の後を追う。その時だった。
「キャー!!」
甲高い女性の悲鳴が、澄み渡る山の空気を切り裂いた。
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