第4話 嘘で嘘を洗う

 ひばりはしばらく逡巡した後、ポツリ、ポツリと話し出した。

「私は……先日、息子を亡くしまして。何度も、立ち直ろう、忘れようともがきました。でもね、記憶にこびりついて離れないんですよ……。息子の死に顔はそれはもうおぞましくて、私の人生にはあの時、息子が死んだ時から暗雲が立ち込めたまま……。いくら遊んでも、浴びるように酒を飲んでも、何をしてもダメだった。だから、いっそ息子のところに行きたい。そう思いましてね」

「息子さんは一体……」

 何故死んだのか、それを聞こうとする直前に美依が僕の前に立っていた。まるで、この先は自分に任せろと言わんばかりの覇気が、その背中から感じられた。

「ひばりさん、リュックの中身、見せてもらえますか?」

 その言葉に思わず固唾を飲む。まさか……。

「え、いいですけど……大したものは入ってませんよ? それこそ自殺に使うような……」

 実際、中には七輪や練炭、着火剤、それに部屋を密室にするダクトテープなどサイトの管理者としては持っていて当然の物ばかりだった。悪い想像が当たらなくてホッとすると同時に少しでも疑ってしまった自分を恥じた。

「美依さん、一体どうしたんですか。急にリュックを見せろだなんて」

「そうよ、もしかして何か疑ってるの?」

 僕以外の二人も彼女の行動に困惑しているようだった。それでも彼女はリュックを漁るのをやめない。

 そして、内ポケットから何かを探し当て、その白く四角い箱をゆっくりと取り出した。

「タバコ、お吸いになるんですか?」

 いつの間にか明らかにキャラが変わっている。もはや『みーちゃん』というよりは『みいさん』の方が相応しい。

「えぇ、まぁ……時々」

 ひばりの歯切れが悪くなる。

「じゃあ試しに、七輪に火、つけてみてください。そのために持ってきたんですから」

 そこでひばりは何かに気がついたようだった。テーブルに置かれたリュックの中身を見つめ、固まっている。

「やっぱり、あなたは本物の管理人じゃない」


 猫まんまは呆気に取られているようだった。僕も何が何だか分からない。ただ一つ言えるのは、七輪や練炭、タバコがあるのに肝心の『ライター』がないのはおかしいということだけ。それが本人が持ってきたものなら尚更だ。

 つまりこのリュックはひばりさんの物ではない、誰か別の……そう、例えば。

「崖の下の遺体、あなたはその男のリュックを身につけることで自殺サイトの管理人になりすました……。違いますか?」

「ち、違う! 第一なんで私がそんなものに成りすます必要があるの? 意味がわからない!」

 確かにそうだ。管理人になることで得られるメリットなんてあるのだろうか。もしくはならざるを得なかったのか?

「男が背負っていたリュック、あれは元々あなたのものではないですか?」

「!?」

「あなたが仮に、自殺サイトと全く関係ない一般の登山客だとしましょう。当然大きい荷物を持っていても誰も怪しまない。登山にはリュックは付き物ですから。でも自殺志願者となれば話は別。普通は余計な荷物は持たない。この場合、あなたはかなり目立つでしょうね」

「……何が、言いたいの」

 ひばりは今にもテーブルを叩き割らんばかりに拳を握りしめている。

「あなたは、たまたまこの山を登り、たまたま自殺サイトの管理人と遭遇した。とっさに嘘でもつきましたか? 自分は自殺志願者だと。でもその大きな違和感を彼は無視することは出来なかった。そして知りすぎた結果……あなたに突き落とされた」

「だから、何でそこで嘘をつかなきゃならないの!? 何で私が彼を突き落としたのか、その理由を聞いてるのよ!!」

「それは」

 ヒートアップし最早何も見えていないひばりの眼前に、美依は赤いネイルで彩られた人差し指を掲げる。


「さっきあなたが話した通り。あなたのリュックには『息子さん』が入っていたからですよ」


 突拍子もないその答えに、僕も猫まんまも思考が追いつかない。ただ、ひばりだけが体を震わせ、無言の肯定を示していた。

「勿論見たわけじゃない、ただの思い込み。でもそう考えれば辻褄は合う。息子のために管理人を突き落としその殺しを完全に隠蔽するために、目撃者を0にし生き残るために管理人に成り済ました。違いますか?」

「違う違う違う!! 完全にこじつけよ! 全部憶測、机上の空論!! あの中に何が入ってるかなんてわかるわけないし、崖の下に落ちてるリュックが私のものだって証拠もどこにもない。それこそアーサー君が落としたものかもしれないじゃない! 彼、手ぶらだったでしょ!?」

「じゃあどうして管理人なんかに成り済ましたんですか? どうして彼を殺したのか、教えてください」

「成り済ましてない! 殺してもいない! 大体なんで本人でもないのにサイトでの名前や参加者の人数がわかるわけ?」

 完全に悪あがきだ。僕はゆっくりと立ち上がり、ひばりの横に立つ。

「それは……きっと聞いたんじゃないですか? ひばりさんが僕らにしてくれたのと同じように、亡くなった管理人があなたに自己紹介して、あとは彼に何人来るのかをさりげなく聞き出せば良いんですから」

 美依は掠れた口笛を一つ吹いて

「意外や意外」

 と呟いた。

「何で、何でライター一つでここまで言われなきゃいけないの……。忘れただけじゃない……」

 とうとうひばりは泣き始めてしまった。だが美依はなぜかその様子を見てニヤけている。側から見れば完全に悪魔だ。

「別にライター一点張りでここまで攻めてるわけじゃないよ」

「え?」

 彼女のニヒルな微笑みが、潤んだひばりの目を奪う。

「言い忘れたんだけど……実は私も、参加者じゃないんだよねー」

「えっ」


 参加者一人一人を把握していない。それはつまり、彼女が、ひばりがサイトの管理人でないことの証明でもあった。彼女は最初に気がつくべきだった。管理人が、参加者数は『四人』だと言っていたことに。

 遠くから、微かなサイレンの音が、山の澱んだ空気に染み渡った。

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