第3話 幻の6人目

「キャー!!」

 突如響き渡った悲鳴、それは間違いなく崖の方からであった。つまり、美依の身に何かがあったのだ。慌てて足の回転をさらに速める。

「大丈夫ですか!?」

 見ると彼女は、ワンピースの裾が汚れるのも気にせず、その場にへたりこんでいた。とりあえず無事を確認し、一息つく。

「あ、あ、あれ……」

 彼女は崖の下を指差し、ガクガクと体を震わせていた。一体何を見たというのだろう。

 慎重に覗き込むとそこには、男がいた。いや、正確に言えば男の遺体だ。高低差がありすぎて生死は確認できないが、呼びかけても反応がない。救出も不可能だろう。

「救急とか警察とか……読んだ方がよき?」

 それは無理だ。ここにいる人達は皆自殺するためにわざわざ人気ひとけのないところに来た。人を呼べばまず間違いなく取り調べられ、絶好の機会を失うことになる。

 ひばりも、叫び声を聞きつけてやってきた猫まんまも彼女の問いに首を左右に振っている。


「自殺……でしょうか?」

 不意に猫まんまが口を開く。隣のひばりもうんうんと頷いていた。それに反論したのは、先ほどまで情けなく地面に尻もちをついていたはずの美依だった。

「それにしては……荷物が多すぎる」

 男はリュックを背負ったまま崖の下に落ちていた。確かに、あらかじめ崖から落ちて死ぬつもりなら準備はほとんど必要ない。あれだけ大きいリュックをわざわざ用意する必要もないだろう。

「じゃあ事故?」

 再び猫まんまが口を開いた。

「それは……」

 美依は何か答えようとしたが

「今更誰が死のうがどうでもいいじゃない。どうせ私達も死ぬんだし」

 というひばりの鋭い一言に制され、口をつぐんだ。結局その場は見なかったことにして三人は山小屋へと戻った。


 中へ入ると部屋全体が埃をかぶっていて若干の煙たさがあった。その独特な匂いに思わず顔をしかめる。隣を見ると美依もなんとも言えない顔をしていた。所々足跡などはあるが、アーサーはまだ戻っていないようだった。

「怖くなって逃げちゃったのかしら」

 ひばりは何か考え込んでいる様子だった。

「もしかして、トイレに行くふりをしてさっきの人を殺しちゃったとか?」

「うーん反対方向だしそれはないんじゃないかな……」

 またもや美依が反論する。

「じゃあ私達が集まる前に殺して、見つかりそうになったからトンズラしたとかは?」

「だとしても動機が……」

「あの、ちょっといいですか」

 段々白熱する推理合戦にたまらず茶々を入れてしまう。二人は今いいところなのに! と言わんばかりの顔をしていた。

「さっきどうでもいいみたいな話をしたばかりじゃないですか。しかもなんでいつの間にか殺人前提なんですか」

「だってその方が面白いじゃない」

 ひばりはあどけない少女のように唇を尖らせた。

「それにアーサー君が戻ってくるとしたら待ってなきゃでしょ? まぁ30分経っても戻って来なかったら流石に諦めるけど」

「要するに……暇、なんですね」

 黙って聞いていた猫まんまがようやく話に加わる。

「じゃあさ、時間潰しだと思って、なんで自殺しようと思ったか教えてよ。まずはみーちゃんね」


 美依が皆の返事も聞かず一方的に語り出す。

「みーちゃんさ、昔から結構浮いてたというか、なんというか仲間はずれにされることが多くて、大学にも全然馴染めなくて。でも初めて優しくしてくれる人が現れて好きになっちゃったの。相手に彼女がいるのも知らずにさ……」

 さっきまでガヤガヤと言い争っていたのが嘘のように三人ともその独白を静かに聞いていた。

「だから、告白されたときは本当に死んじゃうくらい嬉しかった。そのあと本命の彼女に引っ叩かれて浮気だったって知ったんだけど」

「それで、なんでそこから自殺に?」

 猫まんまはかなりこの話に興味があるようだった。先ほどと打って変わって食い入るように美依の話を聞いている。

「亡くなったの、交通事故で。しかも引いたのはその彼女、笑えるよね。何股もしてるのが許せなかったんだって。でも逆に考えればね、今死ねば、彼と同じところに行ける。一番になれるんじゃないかって、そう思っただけ。重症だね、こりゃ」

 そう言って恥ずかしがる彼女は、見た目こそ浮いているが、年相応の恋する普通の女の子に見えた。


「じゃあ次、猫まんまさん」

「あ、私……えぇと」

「話したくなかったら大丈夫だよ」

「いえ、大丈夫です。私は親が厳しくて、なにをするにも全部口を出して、結局親のいいなり。それが嫌で実家を飛び出したんですけど、今度はお金が足りなくて……気がついたら首が回らなくなってたんです。今は携帯料金を払うので精一杯。今更親にも頼れない。働くことにも疲れて、もう死にたいって、そう思って申込みました。」

 そうだったのか。とても貧乏には見えないから驚いてしまった。身なりもそこそこ綺麗だしハンドバッグもきっと何かのブランドだ。だが実際はすんでのところで繕って壊れてを繰り返していた。そのことに気がついていた人は彼女の周りにいたのだろうか?

 生きることに疲れたという点では僕も彼女となんら変わりない。彼女の境遇が僕には他人事ひとごととは思えなかった。

「僕も似たようなものです……。毎日いじめられるのが辛くて、ここに来ましたから」

「そうだったんだ……なんだかやるせないね」

 猫まんまは悲しそうな顔をして、そう呟いた。

「よし、じゃあ最後……」

 気のせいだろうか、美依の目の色がなんとなく変わったように思えた。

「ひばりさんの、聞かせて?」

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