他称メンヘラ探偵
御角
第1章 雰囲気だけは一丁前に
第1話 死が二人を何とやら
「これっぽっちかよ、使えねぇ」
「何でまだ生きてるんだよ、お前」
山道を一歩一歩登る度、浴びせられた罵声が、胸の苦しさが蘇る。
「親の金持ってくることもできねぇのか? ゴミが」
「だっせぇ。物なくなったくらいでチクってんじゃねぇよ」
目的地に近づけば近づくほど、幾度も蹴られてきた腹が疼く。こんなに痛いなら、辛いなら、生きることを諦めたほうがマシだ。今の僕に残された唯一の逃げ道、それが自殺だった。
こんなことで、と思うかもしれない。たった3年間も耐えられないのか、と言う人もいるだろう。しかし、今を生きる僕にとっては高校3年間を奴らに捧げた場合、人生の1/6も殴られ罵られ続けることになる。ならばいっそ人生を捨てて楽になりたいと、そう思うのは至極当然のことなのだ。勿論、当事者でもない野次馬どもに理解を得るつもりもないが。
だから僕は何度もその方法を考えた。電車に飛び込むことも、首を括ることも、腕を切ることも。でも、いざとなると死んだ後の事が頭をよぎって、最後の一歩がどうしても踏み出せなかった。その勇気が、僕にはなかった。
そんな時、ネットサーフィンで見つけたのが集団自殺の仲間を募集するサイトだった。これなら、一人で死ぬことすら出来ないダメ人間の僕でも簡単に出来るかもしれない。人に迷惑をかけることもなく、ひっそりと、それでいて孤独を感じることなくあの世に行ける。それは正に僕が求めていた理想の死そのものだった。
誰もいない山道をゆっくりと、生い茂る草をかき分け確実に登っていく。目的地、集合場所の山小屋まであと少しだ。そう思った時、背後から自分ではない何者かが草木を踏みしめる音がした。
音は段々とこちらに近づいてくる。近づいて……僕の真横を通り過ぎた。
その足に視線を向けると、とても山登りに来たとは思えない厚底のヒールが目に入る。思わず視線を上げ、その正体を確かめた。
黒光りした靴、真っ白な靴下、陶器のように眩しい足、明らかに周りから浮いているフリルのワンピース、そして大きく揺れるツインテール。その姿は誰がどう見ても登山客とは思えなかった。何より目を引いたのは、その腕に巻かれた包帯だった。
「あ、あの……」
声をかけるつもりはなかった。だが、腕のそれを見た時、僕は一つの結論に辿り着いた。
「もしかして、集団自殺サイトの参加者ですか?」
違和感の塊のような女が振り返る。涙袋が強調された特徴的なメイク。やはり、いわゆる地雷系、典型的なメンヘラだ。それが彼女の第一印象だった。
「あー、まぁそんなとこかな」
彼女は髪を弄りながらぶっきらぼうに答える。
「やっぱりそうだ。実は、僕もなんですよ。あ、よかったら一緒に行きませんか?」
僕の提案に彼女は少し驚いているようだった。しばらく考え込んだ後、弄っていた髪をパッと手放して
「いいよ」
とだけ答えた。
その時はまだ知らなかった。この奇妙な女との出会いが、捨てかけた僕の人生を拾うきっかけになることに。そしてこれが、この後起きる事件の幕開けにすぎないことに……。
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