第14話 女の所在
ピッ。
僕は電話を切り、目の前の女性、美依の友達と対峙する。
「えっと……お母さん、この方は?」
「ああ、えっと……」
「どうも、凛さんの後輩の長田です。今日は彼女に話があって来たんですが……」
依頼人の言葉を遮り、僕は必死で
「……でも今なんか電話してたよね? なんか凛が箱根の別荘にいるって」
「長田さん、どういうことなの? 娘は誘拐されたわけじゃないの? 今、箱根にいるの……?」
「ちょ、ちょっとお母さん、誘拐って……。凛、誘拐されたの!? ……身代金は?」
ほんの少しの違和感。これはチャンスだ。仕掛けるなら、きっと今。
「いや、そんな大金すぐには……。ねぇ、藤堂さん」
僕はすかさず口を挟む。莉奈はこちらをチラッと睨み、すぐに自身の母親に向き直った。
「一億ぐらいお父さんの貯金から出せばいいじゃない! 凛が大事じゃないの!?」
そのあまりの剣幕には驚いたが、どうやら糸口は掴めたみたいだ。そのことに気がついたのはどうやら僕だけではないらしい。
「莉奈……。あなた何で、身代金が一億円だって思ったの……?」
その瞬間、莉奈の顔がスッと青ざめる。しまった、という顔だ。
「そ、それは……大体身代金なんて一億以内かなって」
「そもそも誘拐が身代金目的とは限らないと思いますが……」
「で、でも社長の娘なんだよ? 身代金目当てだと思っちゃうよ普通……」
先程までの勢いはすっかり失せ、しどろもどろに答える様子は怪しいという他ない。
「そもそも僕は別荘に『凛さん』がいるとは一言も言ってませんよ?」
「はぁ……? そりゃこの状況で箱根の別荘の話してたら凛の話だと思うでしょ」
もし何のヒントもなければ僕もそう思えただろう。だが、こんな言い合いぐらいでは結論は揺るがない。今、僕の手元にある証言は正に奇跡であり、彼女の血の滲むような軌跡そのものなのだから。
「……何よその目。大体あんた凛と同じ高校の生徒じゃないよね? 誰なの一体」
僕は一呼吸置いて、改めて自己紹介をする。
「僕は、長田財時。遠藤探偵事務所から来た、遠藤美依さんの助手です」
莉奈の目が大きく見開かれる。その一瞬を僕は見逃さなかった。
「もしかして、美依さんとお知り合いでしたか?」
彼女は明らかに動揺している。攻めるなら今だ。
「い、いや……」
「へぇー、わざわざ別荘に誘った友達は知り合いに入らないんですね」
「た、確かに誘ったけどそれが何? 別荘には結局私一人で行ったし、凛も見なかったわよ!」
「本当に?」
「気になるなら直接聞いてみればいいじゃない。私からはそうとしか言えないわ」
肩をすくめて莉奈は首を振った。
「——じゃあ、聞かせてあげますよ。彼女の推理」
「え?」
僕は携帯に最後に送られてきた彼女の音声を再生した。
『お父さん、長田君、聞こえるー? 美依本人ですよー! 早速だけど時間がないから本題に入るね』
『メッセージでも送った通り、多分誘拐事件に巻き込まれて、今何とか脱出したところ。場所は……山の中だけど綺麗な建物だから、人が住んでいるのかもしれない』
『犯人は知らない女の人で、私のスタンガンを持ってた。人質は見た感じ高校生、社長令嬢だって犯人は言ってた』
『で、事件に巻き込まれる前に一緒にいた子も社長令嬢で藤堂莉奈って言うんだけど、その子は現場にはいなかった』
『これはただの推測だけど……。人質の顔は莉奈そっくりだった。でも微妙に違う。もしかしたら莉奈の妹かもしれない』
『莉奈に別荘に誘われて、タクシーの中で酔い止めを貰って、眠っちゃって、気がついたら一人で閉じ込められてた。スタンガンのことだって一部の人しか知らない』
『つまり……友達が、誘拐の共犯かもしれない。勿論、これはあくまで可能性ってだけ。莉奈も本当はどこかで監禁されてるのかもしれないし……』
『——とにかく誘拐は本当だから、依頼ってことでよろしく! あ、ついでに助けに来て下さーい』
「あなたがこの家に怪我ひとつなく無事に帰ってきたその瞬間から、もう可能性は一つに絞られていた。何も知らないフリをしたあなた自身の行動が、この事件に関与しているという紛れもない証拠なんですよ」
偶然にも、僕達は同じ事件に巻き込まれたことで、その解決の糸口を掴むことが出来た。美依のことは心配ではあるが、今は彼女の父であり名探偵でもある所長に任せるしかない。
「これでもまだ……否定、しますか?」
莉奈は服に泥がつくのも気にせず玄関に膝から崩れ落ち、その石畳を涙で濡らした。
「ねぇ……凛の部屋、見た? 本棚の奥」
言われるがまま僕は本棚を覗き込む。すると、本に隠れて外からは見えにくい場所に一冊のノートが差し込まれていた。手の平サイズの小さい物で、表紙には日記と書かれている。
「莉奈……なんで? どうしてこんなこと……」
「いつも考えてた。凛と私の違いは何なのかって。甘やかされて、なんでも許される凛。厳しく躾けられて、妹の分も頑張る私。年が少し違うだけでって思ったら悔しくて、それで……」
「財布から、お金を盗った?」
僕は日記を広げ、莉奈に見せた。
「やっぱり、気がついてたんだ。話があるって言って呼び出した時あっさりOKしてくれたから、薄々そうなんじゃないかって思ってた」
溢れる涙が、罪の記録をまばらに滲ませる。
「ごめんね……。莉奈は出来る子だって、いい子だって言って背負わせちゃってたんだね。ごめんね、気がつかなくて」
謝り合う母娘の姿を見て、僕はなんだか居た堪れない気持ちになった。ちょっとしたすれ違いが大きな歪みとなることもある。それを目の前で、まざまざと実感させられた。
「謝るのは、凛さんを助けてからにしましょう。正確な場所と、犯人を……」
ピロロロロロ
電話のベルが部屋から廊下へ響き渡る。
「……場所は、別荘で合ってる。犯人は……私が気を引くから、その間に凛を、妹をお願い」
そう涙声で告げると、莉奈は急いで電話を取りに向かった。僕も慌てて所長に電話をかける。
「……了解した。まぁ任せなさい」
そう言い残し彼は電話を切った。
「もしもし……藤堂です」
「あれぇ? 奥さんじゃないね」
「私は凛の姉です。何の御用でしょうか」
「またまたぁ、わかってるくせに」
「——身代金でしたらもう少しお待ち下さい、あと少しですので」
莉奈はかなり強気だ。どうやら共犯である以上、簡単に電話を切ることはないと踏んでいるらしい。
「もう結構待ったんだけどね……。まぁいいや。お姉さんだっけ? あんたが持ってきてよ、身代金。場所は……」
ザザッ
音声にノイズが走る。
「あんた、どこから……ちょっ、離せ……クソッ」
ドタドタと大量の足音がスピーカーを通してその振動を伝える。救急車のサイレンも微かにだが遠くから聞こえた。
「こちら遠藤。人質も、美依も無事だ」
その言葉を聞き安心したのか、莉奈はそっと受話器を下ろし、また玄関へと戻ってきた。
「——私も、行かなきゃ」
そう言い、いそいそと靴を履き出す莉奈に依頼人は背を向ける。
「行ってくるね」
「……待ちなさい」
そう引き止め、彼女は何かを莉奈に差し出した。
「持っていって」
それは廊下の棚にあった家族写真だった。
しばらく逡巡した後、莉奈はそれを受け取った。
「今度は、4人で撮りましょう」
その言葉を聞いて莉奈は、僅かに下を向いて震えていたが、すぐに踵を返し大きく一歩踏み出した。
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
そう呟く彼女の後ろ姿は、堂々としていた。
「ふぅ、とりあえず一件落着……」
ん? いや、ちょっと待てよ……。
結局、電話の向こうの犯人は一体誰だったのだろうか?
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