第15話 各々の推理
犯人は捕まり、事件は解決した。だから別にそれが誰だったのかなど知らなくてもいいのだけれど、一度気になり出すとその事がやけに気になってしょうがない。
そんな疑問を頭の隅に抱えつつも、僕は美依の、依頼人は娘の見舞いのため、共に箱根の病院へと向かった。
病院に着くと、所長が待合室で手招きをしていた。依頼人とはそこで解散し、僕は所長に連れられて、美依の眠る病室へと足を運ぶ。
「それにしても、今回はお手柄だったね。長田君」
「そうですか? 僕よりは美依さんや所長の方が活躍していたと思いますけど……」
所長は心なしか嬉しそうにも見えた。
「たったあれだけの情報で咄嗟に娘さんの居場所を当てたんだ。十分凄いことじゃないか」
活躍できたという実感はなかったが、改めて褒められると何だか照れてしまう。
「最初はただの当てずっぽうですよ。ただ、メッセージには『タクシーを使った』とあったので、美依さんの推測が正しいのなら、女性である莉奈さんが眠った人一人抱えて別荘周辺から移動するのは難しいんじゃないかと思って……。まぁ、ドライバーが共犯だったり、誘拐犯と二人がかりで運ばれていたりしたらおしまいですけどね」
そう苦笑いする僕を見て、所長はどこか満足気な表情を浮かべていた。
「あ、でもまだわからないことが一つ……」
「はは、事件は解決したからな。何でも聞きたまえ」
「じゃあ聞きますけど所長……。結局犯人は誰だったんですか?」
僕は道中で、消化不良となっていた疑問を思いきってぶつけてみた。
「ふむ……そうだな、軽井沢と聞くと長田君は何を連想するかね?」
軽井沢、そういえば凛が残したメッセージについて考えるのをすっかり忘れていた。
「うーん、やっぱり避暑地、ですかね」
「そう、ここ箱根も避暑地としてよく別荘が建てられたりするのだよ。一般市民には縁遠い話だがね」
「つまり……とっさに軽井沢と言ったのは、同じ避暑地であり、よく別荘が建てられる箱根が現場だと伝えるため、ですか?」
「それは本人に聞かないと何ともいえないが……私はもう一つの意味の方が本当に伝えたかったことなのではないかと思っているんだ」
もう一つの意味……? その言葉の真意が分からず首を捻っていると、いつの間にか病室の前まで来てしまっていた。
「続きは、中で話そうか」
悪戯っぽく笑い、所長は目の前のドアをゆっくりと開けた。
「もう、遅い!」
予想に反して、美依はピンピンしており、健康そのものだった。入室早々、怒られた僕は若干へこみ、小さく謝った。一方所長は豪快に笑いながら、どこで買ってきたのか、袋からカットフルーツの盛り合わせを取り出し彼女の前に置いた。
「——許す!」
美味しそうにフルーツを頬張り、美依は一瞬で機嫌を取り戻した。娘の扱いが上手いのは流石父親と言うべきだろう。
「そういえば聞いたよ、誘拐現場に突入したって。大丈夫だった?」
そういえば、美依は気を失っている間に病院に運ばれたと所長が言っていたような気もする。
「ああ、相手が一人だったからね。電話で注意を引いてくれたおかげで侵入も簡単だった」
「鍵はかかってなかったんですか?」
「かかっていたとも。こじ開けたがね」
所長はたまにサラッと凄いことを言う。この場合、非常時だからまぁ仕方ないのだが。
「そうだ所長、さっきの犯人の話の続き、聞かせてくださいよ」
「なになに? 何の話?」
美依もどうやら、所長の話に興味があるようだ。
「誘拐の犯人、美依は見たんだろう? 仮にそいつが依頼人である藤堂さんの知り合いだとしよう。その場合、犯人と依頼人はどういう関係性だと思う?」
美依はフルーツを咀嚼しながらしばらく首を捻っていたが、飲み込むと同時に手を叩き、何かを思いついたようだった。
「そういえば犯人はスーツを着てたんだけど大分着崩してた、というかピッチリしてた気がするんだよね……。あと電話の相手に鬱陶しい女だって言ったり、わざわざ奥さんって言い方したり——言っちゃあ悪いけど、社長さんの浮気相手、とかどう?」
なるほど、確かにこれなら所長が言っていた、依頼人を嫌っている人物に当てはまるだろう。
「長田君は? 何か思いつくかね」
「そうですね……。先程所長が言っていた『軽井沢』のもう一つの意味はまだわかりませんが、美依さんが言っていたようにスーツを着ていて、依頼人、つまり奥さんの声がわかって、かつ莉奈さんにも接触できるような人物となると、僕の予想は——社長の部下、それもかなり側近じゃないでしょうか」
僕は今考えられる精一杯の答えを出したつもりだ。所長の顔をチラリと見ると、うんうんと大きく頷いているのがわかった。
「凄いな二人とも、まるで超能力者だ」
「それで、正解はどっちなんですか?」
「勿体ぶってないで早く教えてよ!」
文句の多い助手達に気圧されたのか、所長は大きな咳払いを一つして、その真相を語り始めた。
「——今回逮捕されたのは、
それは、つまり……。
「どっちもほぼ正解だな。流石私の探偵事務所で働いているだけはある」
「あの……所長、まさか『軽井沢』のもう一つの意味って」
「ああ、避暑(秘書)地、だな」
——とんでもない駄洒落だ。仮に女子高生があの土壇場でこの洒落を思いついたのだとしたら、ある意味凄いメンタルの持ち主だと言えるだろう。
「ちょっと、ここただでさえ涼しいんだからこれ以上冷やさないでよ……」
この仮説が正しいのかどうか、それは被害者のみぞ知るところだ。
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