第20話 片道切符の行き先

「やっぱり、あなたの目は誤魔化せないわね」

 ハナは髪をかき上げて、悲しそうに微笑んだ。

「どうして……ハル君は? あの子をどうしたの!?」

「母さん! お、落ち着いて……!」

 今にも掴みかかりそうな勢いで号泣する母を僕は身をていしてなんとか抑える。

「そうね……。一からちゃんと話すわ。私が家出をしたあの日、何があったか」

 その言葉を聞いて、この場にいる全員が静まり返る。視線を一身に集めたハナは、一呼吸置いてその重い沈黙を破った。


「ハワイから帰って……しばらくは夫の機嫌も良かった。でも、私が家事で下らないミスをしちゃって。仕事のことで行き詰まっていた夫は激しく怒り狂った。それこそ、私を殺すんじゃないかってくらい。限界だった。もう、耐えられなかったの。それは、あの人の元妻だった長田さんが一番よく知っているはずだわ」

「……知ってたんだ」

「ええ、いつも比べられていたから……。それで私は家出した。といっても頼るあてなんて全然なくて、結局ハルの家に来ちゃった。電話もしたけど出なかったからアポ無しで、でも扉は何故か開いていて、ちょっと変だなと思いつつもお邪魔したの。でも……そこに妹は、いや、弟、かしら。もうそこにハルはいなかった。あったのは、宙ぶらりんになったハルの死体だけ」

「そんな、自殺? あの子が……」

「遺書もあった。ハルはずっと自分の性別のことで悩んでいたから……。それで色々、上手くいかなくなっちゃったみたい」

「それで、入れ替わりを?」

 成り行きを見守っていた所長が、重い口を開く。

「そう。馬鹿よね、私。その時は頭がおかしくて、とにかく夫から逃げたくて、何よりもう、全部どうでもよくなっちゃって。気がついたら大切なあの子をバラバラにしていた」

「……四肢以外は、今も部屋に?」

「何とか砕いて、ゴミに混ぜたりして……。でも、頭だけは……どうしても、捨てられなくて……」

 ハナは泣き崩れ「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も家に向かって謝っていた。


 所長はその肩にそっと手を置き、優しく語りかける。

「大丈夫、殺人じゃない。まだ、あなたはやり直せます。事情を今のようにきちんと説明すれば、警察もわかってくれます」

「それに……DV疑惑が本当だったってみんなが知れば、きっと罪も軽くなると思う。何より罪悪感なく逃げられる。私は、そう思う」

 美依は風通しの良くなった中指をさすりながら、そうポツリと漏らした。




 あれから、ハナさんはしっかりと自首しに行ったようで、ニュースはもっぱらその話題で持ちきりだった。足立社長のDV疑惑も本当だと発覚したことで大炎上し、母は「店が潰れるかも」などと愚痴をこぼしながらも、どこかスッキリとした表情をしていた。

「ねえ、もしかして足立さんのこと、まだ好きなの?」

 ずっと社長を庇うような行動ばかりしていたので、疑問に思いそう聞くと、母は大笑いしながら手を振り「ないない!」と断言した。

「だーれが、あんなDV野郎好きになるのよ! 私は単純に、あいつが逮捕されることで財時が何か言われたらって、ちょっと心配してただけ」

「そう、だったんだ。……ありがとう」

「やめてよ、親として当然の気持ちなんだから。ね、それよりさ、また行ってもいい? 事務所。居心地最高だし、いい人ばっかりだし、気にいっちゃって」

「げ、やだよ……恥ずかしい」

「それに……遠藤さん、やっぱりカッコいいわ〜! アタックしちゃおうかしら」

 上機嫌でスキップする母を見ながら僕は生きてきた中で一番大きいため息をついた。

 ……ありえないと信じたいが、美依と姉弟になってしまう日も、もしかすると近いのかもしれない。

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他称メンヘラ探偵 御角 @3kad0

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