『星に願いを』
コンキレヲは庭で遊ぶ子ども達を眺めながら、温かな記憶に浸っていた。
それは彼が魔法使いになったすぐ後、森で行き倒れていた彼を介抱してくれた、少女との思い出。
コンキレヲがやっと文字の勉強を終えた日のことだった。
「ねえコンキレヲさん! せっかくだし今日は本を読んでみようよ!」
少女が両手で抱えていた分厚い本をコンキレヲに差し出して言う。
「……せ、かい、のおとぎ、ばなし」
コンキレヲは苦戦しながらも、なんとか表紙の文字を読み切った。
元孤児で勉強など一切したことのなかった彼にとって、これは大きな進歩だ。
「そう! 世界のおとぎ話! いろんな国のお話が書いてあるのよ!」
「君が読みたいなら、一緒に読もう」
コンキレヲの言葉を聞いて、少女は花が咲いたように笑う。
そして彼女はコンキレヲの隣に腰を下ろすと、膝の上で本を開いた。
「あ! これ! これにしよ!」
楽しそうに体を揺らしながらページをめくっていた少女が、挿絵の入ったページを指差しながら言う。
その物語のタイトルは、『織姫と彦星』。ここからずっと遠く離れたところにある島国で語られる有名なおとぎ話だそうだ。
「俺はどれでもいいよ」
「むぅ……あとでコンキレヲさんにも読んでもらうんだからね」
コンキレヲの言葉に少女は頬を膨らませたが、またすぐに視線を本へ戻した。
「じゃあ行くね。…………織姫と彦星」
少女は耳心地の良い高音で朗読を始めた。
物語は勤勉な二人が結婚するところから始まる。
働き者の二人は仲睦まじく暮らしていたが、結婚する前とは打って変わって、仕事もしない怠惰な生活になっていた。
何度注意しても聞く耳を持たない二人に起こった神様は、彼らを離れ離れにしてしまう。
しかし会えなくなった二人は気力を失くし、まだ仕事をしようとはしない。
そこで神様は、一年真面目に働けば7月7日にだけは二人が会うことを許した。
こうして二人はまた働くようになり、年に一度。7月7日には存分に愛をささやきあうようになったそうだ。
「わぁ! ロマンチックだったね!」
コンキレヲが少女を見ると、その目はキラキラと輝いている。
「でも一年に一回しか好きな人に会えないって、辛くないか?」
「あれぇ? コンキレヲさんって意外と寂しがり屋さん?」
「そ、そんなことは無い!」
元々孤児であったコンキレヲにとっては、宵闇の中夢を語らった友人が、朝起きると言葉を交わせなくなっていることさえも日常の一部に過ぎなかった。
だから、一年に一度でも会えるというのはありがたいことのはずだ。
「……けど俺なら、引き離される前に好きな人を連れて遠くへ行く」
それでもそんな言葉が不意に口を突いたのは、彼女と過ごす今の生活が、コンキレヲの日常になった証拠であった。
「ふふ、コンキレヲさんならほんとにそうしそう」
少女が穏やかな顔で笑う。
その笑みのまま、彼女は悪戯っ子のようにコンキレヲに訊ねた。
「じゃあ、もし私がコンキレヲさんと引き離されそうになったら、私を連れて行ってくれる?」
「もちろんだ」
コンキレヲは迷いなく答え、
「……君がいなくなったらあのパイが食べられない」
少女から目をそらしてそう言った。
「ええ、何それ!」
コンキレヲの頬が少し赤らんでいるのに気づいて、少女はからかうように笑った。
今でもはっきりと思い出せるその情景を心の奥に大事にしまって、コンキレヲは庭へと歩きだした。
いつかの少女と同じ美しい金髪を風に揺らす子ども達を、眩し気に見つめながら。
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