『いつか隣に立つ日まで』

 これは今から1億年前。

 原初魔法世界での出来事である。



「おかえりウルヴァス」

「ただいま……」


 ウルヴァスが小さな声で言葉を返すと、マグニスは満足そうに笑った。


「また森に行ってたのかい?」

「……うん」


 ウルヴァスはこの村の魔法使い達とは気が合わないため、妖精達の森で過ごすのが日課となっていた。


「そうか。友達は出来た?」

「……マグニスは、馬鹿にしないの?」


 ウルヴァスが目を丸くしてマグニスを見る。

 魔法使いは他の魔法生物と関わることはほとんどない。

 もし関わるとすれば、それは研究対象としてだ。

 ましてや気まぐれな妖精などと関わる暇があるなら、自分の魔法を研究している方が有意義。

 それが魔法使い達の常識。

 しかし、ウルヴァスを穏やかな顔で眺めながらマグニスは言う。


「するわけないだろ。……俺もここの魔法使いは苦手なんだ。知ってるだろ?」


 そう付け足してマグニスは優しい笑みを浮かべた。

 それを見て、暗かったウルヴァスの表情が一気に晴れる。

 マグニスは実力を認められてこそいるが、好かれている訳ではない。

 向けられる視線は違えど、兄弟はやはり、互いにしか気を許すことはできないのだ。


「ありがとう、マグニス!」


 滅多に見せないウルヴァスの笑顔に、マグニスは胸が熱くなった。

 しかしそれを弟の前で漏らすわけにはいかない。

 感激の涙は自室に戻ってから流せばいいのだ。


「ほら、ご飯出来てるから食べよう」


 心の中の騒がしさとは裏腹に、マグニスは爽やかな笑顔で弟を促した。

 きのこのスープに、マンドラゴラのサラダ、そして角ウサギのステーキ。

 テーブルに並ぶのは、どれもウルヴァスの好物ばかり。


「うん! いただきます!」

「いただきます」


 ウルヴァスが席に着いて、食事が始まる。

 こうして兄弟二人で食卓を囲むのが、彼らの決まりだ。


「あ、そうだ。マグニスも今度森に来る?」


 ウルヴァスがスープを掬いながら言う。


「いや、遠慮しとくよ。俺が行くとウルヴァスの友達が出てこれないかもしれないし」


 最強と評されるマグニスの魔力は魔法使いですら身構える程だ。

 そもそもが気まぐれで警戒心の強い妖精達なら、彼がいるだけで姿を見せない事も考えられる。


「そっか……。マグニスの魔力が僕と同じくらいだったらよかったのに」

「そうだね……」


 心の底から残念そうに溢すウルヴァスに、マグニスは同意する。

 マグニスの魔力も炉心も、生まれながらに特別な物だ。

 そのうえ高位の存在である神からのまで与えられている。

 純粋な魔法使いとしての力では、彼の右に出る者はいないだろう。


「あっ、違うよ! 今のは嫉妬とかじゃなくて……」

「ん。分かってるよ。……ウルヴァス、お前はそういう奴じゃない」


 マグニスは知っている。

 自分の片割れとして生まれたウルヴァスが、使誰よりも弱い事を。

 そんなウルヴァスが腐らずに魔法使いとして努力を重ねている事を。

 誰も知らないウルヴァスの事を、マグニスだけは知っているのだ。

 だから


「いつか、ウルヴァスが作ってくれよ。俺がウルヴァスの友達に会える方法をさ」

「僕にできるかな……」

「できるさ。ウルヴァスなら」


 マグニスはそう言って、彼が唯一認める魔法使いに微笑むのだった。

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