『奴隷少年とご主人様』
「あの……ほんとに、僕は大丈夫なので……」
「君はボクの言うことが聞けないって言うのかい?」
「あ……いえ、そういうわけでは……」
そこはギルド管轄の酒屋の一角。冒険者達が賑やかな声を上げるカウンターからは離れた日陰席。
そんな場所でこの二人は、同じやり取りを数十分繰り返していた。
「あのねぇ、ボクはもう空腹で死にそうなんだ。だからさっさと何を食べるか決めてくれ」
白髪の少女が頬杖をつきながらそう言うと、その対面に座る黒髪の少年はまたおどおどし始める。
「あ、え……えっと……」
少年は対面に座る少女の顔とメニューを交互に見て、
「じゃあ……同じので……」
そんな少年に、少女はため息を一つ吐いた後、手を挙げて忙しく歩き回っている店員を呼び止めた。
「そこの君、注文いいかな?」
少女の声に満面の笑みを浮かべて寄ってきた店員が、少年の首にぐるりと浮かび上がる刻印を見て顔をしかめた。
その刻印は奴隷の証。奴隷は人以下の扱いを受けるのが当たり前のこの世界で、あろうことか主と同じテーブルに奴隷が着いているのだから、この店員の戸惑いは仕方の無いものである。
その証拠に、カウンター席で食事を楽しむ冒険者の中にも奴隷を連れている者はいるが、誰一人として椅子を与えてなどいない。
「えっと……」
「ウミクマのステーキセット2つとマンドラゴラソーダ2つ。……うん、これで頼む」
何か言いたげな店員を気にも留めず、少女が注文を口にする。
「え? あ、はい! かしこまりましたぁ!」
少年の刻印をちらちらと見ながら、店員は注文を復唱して厨房へと戻っていった。
「……あの、やっぱり僕がここで食事なんて……」
店員の姿が完全に見えなくなって、少年が口を開く。
「腹が減っていたら仕事も手に着かないだろう」
「でも……」
少女にも、少年の言わんとする事は分かっている。
この世界で奴隷にまともな服を着せ、冒険者としての装備と食事を与える主人などいない。
奴隷は所詮使い捨て。下手に待遇を良くして謀反でも起こされるよりは、最初からその気力も手段も奪っておいた方が、主人にとってはローリスクなのだ。
それでも……。
「君はほんとにどうしようもないな。……ボクは必要だと思う事しかしないんだ。魔獣や山賊と戦ってる最中に餓死されたんじゃあボクまで危険じゃないか」
どれだけ装備を整えた冒険者であろうと、空腹状態で襲われては満足に力を出せずに死ぬことだってある。
「……それとも君は”他”と同じように扱われたいのかい?」
「い、いえ……」
もちろん、少女は奴隷を虐げる趣味など持ち合わせていない。
それなのにこの少年を奴隷として側に置いているのは、生きたいと願った彼を無秩序な暴力から守るためである。
「じゃあいいじゃないか」
そのことを少女は少年に伝えてはいないし、今後も伝るつもりはない。
「お待たせしましたぁ」
二人の会話が途切れるのを見計らっていたかのように料理が運ばれてきた。
「お、美味そうだな」
目の前に置かれたウミクマのステーキに目を輝かせながら少女が溢す。
「ごゆっくりどうぞ」
手早く料理を並べた店員が去ると、少女はさっそくナイフを手に取った。
「君も食べたまえ。……先に言っておくが、いつもの「でも」は無しだぞ」
「うっ……いただきます」
今まさに口にしようと思っていた言葉を封じられ、少年は諦めてナイフを取る。
「ほら、美味いぞ」
満面の笑みで笑いかける少女を見て、少年もステーキを頬張る。
初めて食べるウミクマの肉は、言葉を失う程に不味かった。
これから先、少年は幾度となく主人の馬鹿舌に付き合わされるのだが、それはまた別の話である。
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