『オマニ達の日常? メンズ編』

 ヤコヴが営む魔法屋、『鈞天クゥタン角端獣ジャオドゥアン』。

 魔法具や魔法世界特有の素材、そして菓子など幅広い商品を扱うが、特定の場所に留まることはない。

 本当に必要としている人がいれば、世界中どこにでも現れその人の前に扉を開くという不思議な店だ。

 そんな魔法屋に、今日も来訪者が一人。


「あ! コンキレヲちゃんおひさ!」


 紺色のロングコートを纏った牛頭の紳士に、ヤコヴが口角を上げると、コンキレヲも相好を崩した。


「久しぶりだな、ヤコヴ」


 言いながら、コンキレヲはメモの書かれた羊皮紙を開いてヤコヴに渡す。


「また授業の準備? 熱心だねぇ…………マンドラゴラなんて使って大丈夫? 隣の教室から苦情来たりしない?」


 ヤコヴが頬を引きつらせながら言うと、コンキレヲは不思議そうに首を傾げた。


「いや。今までそういった苦情は来ていない」

「そういえば学院長だったね、コンキレヲちゃん……」


 コンキレヲはガリオンズ・クックワース魔法学院の創設者にして学院長だ。

 彼が学院を利用して保護しているおかげで、力無き魔法使いたちの平和も保たれている。

 もし彼がいなかったら、魔術師と魔法使いの戦争はこの世界の人間達を巻き込んで、終わりなき地獄を生むだろう。

 そんな面白くもない想像を振り払うように、ヤコヴは軽く指を振って店の中からコンキレヲの注文した商品をテーブルに集めていく。


「まあ学院の先生方がいいなら、俺が口出しすることでもないんだけどね」


 マンドラゴラを眠らせ、袋に詰める。

 それを見届けて、コンキレヲは内ポケットから代金を取り出した。


「ちょうどだね、ありがとー。……で、最近調子どうなの?」

「年々入学者も増えて逆に講師が不足しているくらいだ。……ヤコヴも講師としてウチに来るか?」


 少しだけ期待を込めて、コンキレヲがヤコヴに言う。

 そんな言葉に考えるそぶりも見せずに、


「いや、俺は遠慮しとくー。そういうめんどいのは性に合わないしね」

「そうか。それは残念だ」


 ヤコヴの答えを聞いてコンキレヲは肩を落とした。

 半分冗談だったとはいえ、コンキレヲはヤコヴのことを、他のオマニと比べて講師向きだと思っている。

 ヤコヴはいい加減なように見えて責任感のある男だ。

 性格的にも実力的にも、教壇に立てば生徒からも人気が出るだろう。

 きっと学生達の楽しそうな声が響く、賑やかな教室になる。

 コンキレヲがそんな妄想をしていると、ヤコヴがパンと手を叩く。


「……はい、そんな本気で落ち込まない。こう見えて俺だって忙しいの。代わりと言ったらなんだけど、これはおまけね」


 見るとテーブルの上に綺麗に並べられた材料の隣に、薬の入った瓶が置かれていた。


「感謝する。代金は――」

「言ったでしょ、おまけだって。お金とかいいよ。いつもお世話になってるしね」


 代金を払おうとするコンキレヲを止めて、ヤコヴが爽やかな笑みを浮かべる。

 それを見たコンキレヲは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 ヤコヴがこういう笑い方をする時は、大抵何か別の思惑がある。

 前にコンキレヲがこの顔を見た時には、その後一時間の記憶が消えていて、気付くと自分の屋敷で寝ていたのだ。


「そんなに身構えなくても今日は何にもしないよ」

「今日は……」


 自分の記憶のない間に何があったのかと震えるコンキレヲを無視して、ヤコヴが続ける。


「そんな事より、何か面白い話ないの?」

「面白い話?」

「うん。できればウルヴァスちゃん関連ね」

「……面白いかどうかは分からんが、先日ウルヴァスを探しているという者が来た」


 それを聞いて、ヤコヴは目を輝かせる。

 こういう時、大抵ろくなことにならないということを、コンキレヲハは長い付き合いの中で知っていた。

(……すまない、ウルヴァス)


「それで? そいつどんなやつなの?」

「妙に、元気のいい少女だったぞ……」


 少し前、ウルヴァスに紹介した少女の姿を思い浮かべながらコンキレヲが言う。

 それを聞いたヤコヴは笑顔こそ崩さないものの、コンキレヲでも肌がピリつく程の魔力が漏れ出していた。


「へぇ……少女、ね」

「……ヤ、ヤコヴ?」


 コンキレヲが額に汗を浮かべながら名前を呼ぶ。

 しかしヤコヴは目の前のコンキレヲなど意に介さず、魔力を放出し続ける。


「は? 何? あのジジイ、テトラちゃん捨てといて他の女連れ込んでんの? え、なにそれちょっと聞き流せないんだけど」


 口元だけは笑ったまま、ヤコヴが早口で言う。


「落ち着けヤコヴ。あの子は多分そういうのでは無い」

「…………そうなの?」

「ああ。自分と母親の命の恩人、と言っていたからな」


 ヤコヴが一気に脱力すると同時に、辺りの空気も数段軽くなる。


「もうコンキレヲちゃん、それ先言ってよ」

「いや、ヤコヴが勝手に暴走してたんだが……」

「ま、そうと分かればウルヴァスちゃん茶化しに行かなきゃね」


 がっくりと疲れたコンキレヲが、ため息を吐いて出口へ向かう。


「コンキレヲちゃんまた来てねぇ」


 ひらひらと手を振るヤコヴに苦笑いを返して、コンキレヲは店を後にした。

 この後ヤコヴがウルヴァスを茶化しに行って、また一波乱あるのだが、それはまた別のお話。

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