『雨の日の体育はバスケです』

 入学してからの数週間、アリスは体育の時間はいつも見学だった。

 彼女の体質の関係上、外で行う運動には参加できないからだ。

 だから私は、初めて会った時に彼女が言っていたことをすっかり忘れていた。


《あと、体を動かすのも好き!》


 目の前の光景を見て、その言葉が自然と頭の中に蘇った。

 今日は雨。そのため体育の授業はいつものグラウンドではなく体育館で行われている。

 種目はバスケットボール。

 その広いコートの中を、クラスで一番背の低いアリスが誰よりも自由に動き回っている。

 その顔には日傘を差して静かに笑っている時とは別人のような、心の底から楽しんでいるのが伝わってくる笑顔が浮かんでいる。

 ボールを受け取ったアリスは、軽い体を活かした素早いドリブルで一気に二人を抜き去った。

 そのままゴールに向かってドリブルを続ける彼女が、コート横で試合を見ている私に一瞬だけ顔を向けて、


『見てて、かぐや』


 とびきりの笑顔と共に、口を動かした。声は聞こえなかったから、実際にそう言ったかは分からないけど……。

 アリスはゴール下に残っていたディフェンスをあっさりとかわして、シュートのフォームを作った。

 両手でボールを持って、それを崩さず一歩、二歩……完璧な姿勢でジャンプ。彼女の小さな体は、まるで重力なんて無いみたいに宙を舞う。

 その先を見なくても決まるのが分かるくらいに完璧なレイアップシュート。

 後ろで一つに結んだ彼女の白い髪が、まるで天の川みたいになびくのを見て、私の世界から音が消えた。

 シュートを打ってゆっくりと落下を始める彼女の顔に目を向ける。

 自信に溢れた、力強いまなざし。

 思えば、私より背の低い彼女をこんな風に見上げたのは始めてかもしれない。

 いつもの可愛いルームメイトとは違う、星川ほしかわ有栖ありすの一面。

 この感覚には覚えがある。

 初めて彼女に会った翌日、入学式の日に私の手を引いてくれた時と同じだ。

 そう、あの時も私はアリスの事を、『かっこいい』と思ったんだ。


 小さな弧を描いて飛んでいたボールが、ゴールネットをくぐってバウンドする。

 それと同時にブザーが鳴って、試合は終わりを迎えた。

 無邪気に笑うアリスが、コートの中からピースサインを向けてくる。


「ちゃんと見ててくれた?」

『うん。とってもかっこよかったよ』


 私がそう書くと、アリスは照れくさそうに頬を掻いて、


「かぐやに見てほしくて、ちょっと張り切っちゃった」

『あんなに走ってるアリス見たの初めてだったから、ちょっと驚いたよ』

「言ったでしょ? 体動かすの好きだ、って」


 得意げに胸を張るアリスは、さっきとは打って変わって、私にだけ見せてくれるお茶目なルームメイトの姿だ。

 それがなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまう。


「あっ! まさか信じてなかったの?」

『違うよ、そうじゃなくて』


 この気持ちをどう言葉にしていいのか少し迷って、


『アリスはアリスなんだなって、ちょっと安心した』

「え? どういうこと?」

『なんでもないよ』


 それだけ見せて、私は体育館の出口に向かう。

 アリスはそんな私の周りをぴょんぴょんと跳ねながら、さっきの言葉の意味を考えてうなっている。


 いつか、ちゃんと伝えるからね。

 あなたは私のヒーローで、とっても可愛いルームメイト。私はそんなあなたが……。


『早く着替えに行こ。アリスもいっぱい汗かいたんだから、早く着替えないと風邪引くよ』

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