『教師二人の恒例行事』

 生徒達が生活する寮の対角にある教員寮にて、白樺しらかば和子かずこ藤田ふじた茉莉まつりは週末恒例の飲み会を開催していた。

 このプライベート飲み会は二人が同じクラスを担当することになってから毎週開かれているが、会場はいつも白樺の部屋である。

 というのも……


「ふにゃぁ」

「白樺ぁ、とりあえずそこから出てこーい」


 白樺が酔うとどこかしらの隙間に入り込もうとする事が、一回目の飲み会で判明したからである。

 小柄な彼女がベッドの下に転がっていく様は見ていて大変面白い。傍から見ていれば、の話ではあるが……。


「嫌ですー。狭いとこが落ち着くのー」

「だからってそこは狭すぎるだろ」


 声をかけても一向に出てこようとしない白樺に、藤田は大きなため息を吐く。

 どうしたものかと悩んでいると、床に転がる酒瓶が目についた。

 それは白樺のお気に入りの日本酒、……の空き瓶だ。

 大して強い訳でもないのに、飲んで悪酔いするのだから困りものである。


「白樺」

「なぁに?」

「これ」


 藤田が白樺の前で空き瓶を振る。

 それを見た白樺はまるで獲物を捕らえる猫のような素早さでベッドの下から這い出してきた。


「私の鬼○し! まだ残ってたんだぁ」


 にこにこと幸せそうな笑みを浮かべて、藤田から受け取った瓶を抱えるが、中身が無い事にはまだ気づいていない。

 彼女は完全に酔っている。


「白樺、それ持ったままでもいいから今日はもう寝ろ。後片付けやっとくから」

「はーい」


 藤田の言葉に、白樺は素直に従う。さっきまでは一向に言う事を聞かなかったのに、酔っ払いの思考回路はよく分からない。

 布団に寝転んですぐに寝息を立て始めた白樺に、藤田はそっと布団をかけて、ベッドの横に腰を下ろした。


「まぁ、お互いいろいろあるもんな……」


 白樺の寝息をBGMに、藤田は何回目かの飲み会を思い出す。

 あの時に初めて、お互いの過去を語り合ったのだ。

 普段そういった話をしない二人には珍しく、それぞれが抱える悩みも、夢も愚痴も吐き出したあの日から、この飲み会がお互いのストレス発散になっている。

 いつも片付け役になる事を、藤田は少し不満に思ってもいるのだが。


「……そろそろスイパラ奢らせてもいいと思う」


 そう呟きながら、藤田はテキパキと片づけを始めた。

 気持ちよさそうな寝息と、控えめなゴミ袋の音を響かせて、今日も夜は更けていく。

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