『探偵たちのプラエメント』
『義兄妹のとある朝』
「お兄様、起きてください」
しかしいつものことながら、声をかけたくらいで起きる幽ではない。
「はぁ……入りますよ」
麗薇は小さくため息を吐いて、しかしどこか楽しそうに、
この屋敷に二人で住むようになってから、もう一年以上経つ。
麗薇にとって寝坊助な義兄の寝顔など見慣れたものだ。
「それにしても、他人の家でよくこんなに寝付けるものですね」
順応が早いのか無防備なだけなのか、すやすやと心地よさそうな寝顔だ。
麗薇はベッドに腰を下ろして、眠る幽の頬に手を添えながら愛おしそうに義兄を見る。
どれだけ時間が経とうが、幽のことを兄と呼ぼうが、麗薇の中で幽はまだ他人なのだ。
他の人間と比べるとかなり心を許してはいるのだが、それは義兄という肩書きゆえではなく、彼が麗薇と同じ人種だからである。
「……まぁ、こんな生きづらい体質を持った私達にとって、こうして少しでも心休まる場所があるというのは、幸せなことですからね」
麗薇はここに来るまでの幽のことをほとんど知らないが、聞こえる幽の苦悩が見えるだけの麗薇以上であることは想像に難くない。
「お兄様……」
麗薇は頬に触れていた手をそっと幽の胸へと這わせて、彼の鼓動を感じる。
ゆっくりと一定周期で繰り返されるその微動は、不思議な安心感と心地よさを与えてくれる。
手のひらに感じる鼓動に引き寄せられるように、麗薇は幽のベッドに侵入し、彼の胸に顔をうずめた。
自分と同じボディーソープの香りに、
「……全然起きないお兄様が悪いんですからね」
誰にともなく言い訳をした麗薇が幽のお腹に乗り、首に腕を回した瞬間。
幽が寝返りをうった。
必然、彼に密着していた麗薇もその回転に巻き込まれ、幽と抱き合うような姿勢になる。
幸か不幸か、その衝撃で麗薇は理性を取り戻した。
とはいえ、すでにお互いの吐息を感じる程の距離まで近づいているうえに、幽にホールドされた麗薇に逃げ場は無い。
「……私は何をしているのでしょう」
先ほどの自分の短慮を思い出し辟易としながら、麗薇はまた幽の胸に顔を寄せる。
「キスもその先も、お兄様が起きている時でないと意味ないじゃないですか……」
小さく呟いて、そっと目を閉じる。
微かに聞こえる義兄の心音と寝息、全身を包むぬくもりを感じながら、麗薇も眠りに落ちていった。
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