『探偵たちのプラエメント』

『義兄妹のとある朝』

「お兄様、起きてください」


 かすかの眠る寝室のドアを少しだけ開けて、麗薇れいらは声をかけた。

 しかしいつものことながら、声をかけたくらいで起きる幽ではない。


「はぁ……入りますよ」


 麗薇は小さくため息を吐いて、しかしどこか楽しそうに、義兄あにの寝室へ足を踏み入れた。

 この屋敷に二人で住むようになってから、もう一年以上経つ。

 麗薇にとって寝坊助な義兄の寝顔など見慣れたものだ。


「それにしても、他人の家でよくこんなに寝付けるものですね」


 順応が早いのか無防備なだけなのか、すやすやと心地よさそうな寝顔だ。

 麗薇はベッドに腰を下ろして、眠る幽の頬に手を添えながら愛おしそうに義兄を見る。

 どれだけ時間が経とうが、幽のことをと呼ぼうが、麗薇の中で幽はまだ他人なのだ。

 他の人間と比べるとかなり心を許してはいるのだが、それは義兄という肩書きゆえではなく、彼が麗薇とだからである。


「……まぁ、こんなを持った私達にとって、こうして少しでも心休まる場所があるというのは、幸せなことですからね」


 麗薇はここに来るまでの幽のことをほとんど知らないが、幽の苦悩がだけの麗薇以上であることは想像に難くない。


「お兄様……」


 麗薇は頬に触れていた手をそっと幽の胸へと這わせて、彼の鼓動を感じる。

 ゆっくりと一定周期で繰り返されるその微動は、不思議な安心感と心地よさを与えてくれる。

 手のひらに感じる鼓動に引き寄せられるように、麗薇は幽のベッドに侵入し、彼の胸に顔をうずめた。

 自分と同じボディーソープの香りに、ほのかに男子特有の匂いが混ざって、麗薇の理性が鈍る。


「……全然起きないお兄様が悪いんですからね」


 誰にともなく言い訳をした麗薇が幽のお腹に乗り、首に腕を回した瞬間。

 幽が寝返りをうった。

 必然、彼に密着していた麗薇もその回転に巻き込まれ、幽と抱き合うような姿勢になる。

 幸か不幸か、その衝撃で麗薇は理性を取り戻した。

 とはいえ、すでにお互いの吐息を感じる程の距離まで近づいているうえに、幽にホールドされた麗薇に逃げ場は無い。


「……私は何をしているのでしょう」


 先ほどの自分の短慮を思い出し辟易としながら、麗薇はまた幽の胸に顔を寄せる。


「キスもその先も、お兄様が起きている時でないと意味ないじゃないですか……」


 小さく呟いて、そっと目を閉じる。

 微かに聞こえる義兄の心音と寝息、全身を包むぬくもりを感じながら、麗薇も眠りに落ちていった。

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