第31話 領主と対面

「お帰りなさいませ。御主人様。ただいま席に御案内しますね♡」


 ルイスはヤオイオアシスに寄り、土曜日に休むことを告げた。そのまま帰るつもりでいたが、どうしてもとオーナーに頼まれ、店の制服に着替えた後、こうして受付の担当をしていた。


「さすがチェリーね。上手く動いているわよ」

「それはどうも」


 ベタ褒めするアップルであったが、ルイスは彼女に冷たく当たっていた。それは昼間の出来事が原因なのだが、それをわかっているアップルは、知らないふりをして普通に教育担当として接していた。


「チェリー、次のお客さんが来たわよ」

「お帰りなさいませ。御主人様♡」


 アップルは教育担当なので基本的に手は出さないが、もう1人受付担当のメイドが配置されていて、現在は2名体制で受付を行っている。ルイスの教育の為ではなく普通に忙しい為であった。そう言う忙しい状況にひょっこりルイスが顔を出してしまったばかりに、このように店の手伝いをさせられている状況になってしまった。


「今日は予定になかったけど、急遽、追加のステージをすることになったわ。チェリー、スタンバイして」

「え? あっ、はい」


 ルイスはパパイヤに声を掛けられた。通常ならこの時間帯にはステージイベントは行われないのだが、何故か急に行うことになったらしい。


「チェリー、行ってきなさい。受付業務は私が引き継ぐわ」

「わかりました。では行ってきます」


 教育係のアップルが受付業務を引き継ぎ、ルイスは店の奥にあるスタッフルームに移動した。


「あれ? 文無しのチェリーがお金稼ぎに来てるよ」

「うるさい。誰のせいで文無しになったと思ってるんだ」

「正当な対価だし、私知らなーい」


 スタッフルームにはマロンがいた。今日の昼の件についてルイスは抗議したが、とりつく島もなかった。


「今回のステージは、街の偉い人が店に来ているみたいで、その人に向けたアピールも含めてるんだと。めんどくせーことさせるよなぁ。あのハゲおやじ」

「誰がハゲじゃい」

「あ痛ぁ。グーで頭叩いたら凹むわぁ。物理的に」


 マロンがオーナーの悪口を言った途端、たまたまその場にいたオーナーのげんこつがマロンの頭に降りかかった。まともに直撃した彼女はうずくまり痛みに耐えていた。


「今日は2人とも急にすまんな。ちょっと訳ありなもんが来とるけぇ。よろしく頼む」

「「はい」」


 ルイスと痛みから立ち直ったマロンが返事をしてオーナーに答えた。その返事を聞いたオーナーは満足そうな顔そして熊の巣に戻っていった。


「じゃあ、今日は昼に練習した曲を披露する」

「えっ? 出しちゃって大丈夫?」

「大丈夫。問題ない」


 という訳で2人は話し合い、今日の昼間に練習した曲をメインに、今回のステージをすすめることにした。



「さあ、本日の特別ステージの開催です。今回は先日好評だったチェリーとマロンのペアです。なっ、何とこのステージで初お披露目の新曲を用意しているとのことです。みなさん、どうぞお聞きください」


 普段は、ここまで前説はいれないのだが、今回は特別なお客様が来ているということで、アップルが司会役をしている。わかりやすいハッキリとした口調で会場内を盛り上げていった。


「では、お聞きください」


 ルイスとマロンがステージに上がり、ルイスが挨拶をしたあと2人同時に頭を下げた。


 ♪~

 ♪~


 今回最初に歌ったのは、ルイスが先に歌い出し、その後をマロンが付いていく輪唱と呼ばれるものであった。当然この世界ではそのような歌い方の曲は存在せず、元となったのはマロンが川で拾った本である。今まで聞いたことがない歌い方に店内にいる客と従業員はその歌声に魅了されていた。そして2人の予定していた歌がすべて終わると店内からは盛大な拍手が沸き起こった。


「すばらしい。妻の話を聞いて今日は2人揃っていないと聞いていたが、時間ができたので、その片方の歌だけでも聴こうと思って来たのだが、運良く2人が揃っているなんて私は運がいい。実に良い物を聞かせて貰った」


 1人の男が立ち上がり、とても満足した表情をしていた。


「「妻?」」


 ステージに立っているルイスとマロンは女性客の前で歌を披露したことはなかった。だが、2人のことは妻から聞いたとこの男性は言っていた。と言うことはここで働く従業員の中に既婚者がいることになる。


「チェリー、マロン、もうステージから降りていいわよ」


 アップルが小声で2人に指示を出した。


「では、今回ステージを担当したチェリーとマロンに盛大な拍手を」


 アップルが客に向かってそう告げると店内からは、大きな拍手が起こりルイスとマロンは照れながらスタッフルームに移動した。


「2人ともお疲れ様。少しこのあといいかな? VIPルームで接客をお願いするわ。私も同行するけど、今回は見習いではなく貴方たち2人が指名されているわ。粗相のないようにお願いするわね。それじゃ付いてらっしゃい」


 ルイスとマロンが飲み物の入ったカップに口をつけて喉を潤していると、パパイヤがスタッフルームに顔を出して次の仕事を告げた。そして彼女の案内で2人はVIPルームに移動した。



(これはどう言う状況?)


 VIPルームにはテーブルを挟んだソファーにルイスとマロンが並んで座り、その向かい側には先ほど立ち上がってルイスとマロンの歌を絶賛していた男性がいた。


「ヤーオイ伯爵?」

「おや、私の名前を知っているのだな。と言うことは私が何者か知っているということだな?」


 ルイスはこの男性を良く見て名前を思い出した。そして思わずその名前を口に出してしまった。彼とは城で何度か顔を合わせたことがあるが、直接話したことはなかった。彼はこのヤオイシュタットの領主であった。


「余り市中には出ないのだが、私も平民に顔が知れ渡るとは有名になったものだな。そうだ。私はこのヤオイシュタットの領主、ヤーオイである。爵位は其方の言った通り伯爵である」

「はっ、伯爵様っ」


 ヤーオイ伯爵はルイスとマロンの前で自己紹介をした。それを聞いたマロンは驚いて真っ青になっていた。


「君はマロンと言ったか、良い反応だぞ。それに比べて君はチェリーだな。私の顔を見ても顔色1つ変えないとは、なかなか肝が据わっているではないか」


(しっ、しまった)


 ルイスはヤーオイの言葉で自分が失態と犯したことを知った。平民が伯爵相手なら隣いるマロンのようにガチガチになるはずだが、それより上の爵位のものたちも頭を下げるほど身分の高い王女にとってそこまで思考が回らなかった。


「ソ、ソンナコトハアリマセンヨ?」


 ルイスはその場を乗り切ろうと必死だった。


「なかなか面白い反応をするではないか。お前の言っていたのとは少々違ったようだな」

「うーん。まさかチェリーが貴族慣れしているなんて意外だったわ。もしかして良いところの出なのかしら? あらやだ。この店では個人情報の詮索は御法度だったわね」


 ヤーオイとパパイヤの掛け合いは、長年連れ添ったかのように自然だった。


「これは私の妻だ」

「「えーっ!」」


 ヤーオイは隣にいたパパイヤの肩に手を置き抱き寄せて、ルイスとマロンにそう告げた。それを聞いた2人は同じように驚きの声をあげた。


「ははは。なかなかの面白い反応だ。まるで姉妹のように息がぴったりだな」

「他の人には内緒にしておいてね。私の名前はクローディア。ここの領主ヤーオイの妻よ。ちなみにこのことを知っているのは店の中では貴方たちとオーナーだけよ」


 パパイヤが自分の正体をルイスとマロンの前で明かした。


「りっ、領主様の奥様がわ、わたしの教育係なんて、と、とても恐れ多いことで、ご、ございます」


 それを聞いたマロンは緊張した口調で言った。


「この店にいるときは、私はこの店のチーフ、パパイヤよ。だからそんなにガチガチにならなくても大丈夫」

「うっ、わかった」

「この店で個人情報の詮索は御法度だと言うことは承知していますが、どうして領主の奥様がこのような店で働いているのですか?」


 ルイスは疑問に思ったことをパパイヤに尋ねた。


「そうね。最初は好奇心だったわ。友人であるこの店のオーナーに頼み込んで雇っていただいたわ。街に出ることで夫が把握できない街の問題点などを知ることができ、それを夫に伝えて改善する。こうすることでより良い街作りを目指す。一応これも領主の妻としての仕事だと思ってるわ」

「妻には私の把握できない街の改善点を調べてもらって助かっているよ」


 パパイヤはルイスとマロンにここで働いている理由を告げた。


「今回は顔合わせということでこの席を設けて貰った。君たちの歌には本当に感激した。これはこの街の更なる発展に寄与するものだと私は信じている。これからも精進するとともに、街の為にいろいろと協力して貰えると助かる」

「はっ、はい」


 ヤーオイの言葉にマロンは即答で返事をした。


「ん? どうしたチェリーは余り乗り気ではないのか?」

「えっと、奥様から聞いていると思いますが、私はこの街にあるヤオイシュタット男子学園に通っている学生です。今は学生としての本分を優先したいと考えています」


 ルイスはあくまでも本来の目的があり、男子校に潜入している。それは最優先事項であり、他の貴族のいいなりになる必要性も全くなかった。


「あーそうだった。まるで女性と話している気分だったが、男子学園の学生だったなハハハっ。わかった、わかった。学業優先で構わないから空いている時間で協力するだけでよい」

「それでしたら、微力ですが街の発展に協力させていただきます」


 ヤーオイの熱意に負け、ルイスは僅かではあったが譲歩することにした。


「クローディア」

「はい、わかりました」


 ヤーオイはパパイヤに目で合図を送った。


「さて、マロン。お仕事の続きをするわよ。いらっしゃい」

「えっ? あ、あれ?」


 パパイヤが急に立ち上がり、マロンの手を掴んでVIPルームから出て行った。この部屋にはルイスとヤーオイの2人きりとなった。

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