第22話 アルバイト(その5)

「ふん、あなたなかなかやるわね。次は私がやる番よ。優雅で可憐な動きを見ていなさい。この変態っ。あ痛ーっ!」

「マロン、変な対抗意識を燃やしていないで、呼ばれてるわよ。とっとと接客に行きなさいっ!」


 初めての客を無事に送り出したルイスは、スタッフルームに戻ってきた。するとマロンがツカツカと足音を立てて、ルイスの前やってきて高圧的な態度で言い放った。その後はチーフことパパイヤに頭を叩かれてフロアに放り出された。


「ちっ、命拾いしたな変態」


 そう言いながら、マロンは接客をするためにフロアに出た。


「ふん、私に仕事をさせようなんて良い度胸をしているじゃない。んで? 御主人様は何を頼むの?」


 客のテーブルにメニュー表を叩きつけたマロンは、客に対して注文を尋ねた。


「それじゃ・・・」


 気の弱そうな男性客はビクビクしながらメニュー表を開いた。


「あのメニュー表ってオムライスしか書かれていないですよ」

「あら、そうなの?」


 ルイスは隣で一緒に様子を見ていたアップルに話しかけた。前回マロンが担当したときに渡されたメニュー表は、オムライスしか書かれていなかった。そのことをアップルに伝えると驚いた表情をしていた。


「じゃあ、オムライスで」

「メニューなんて1個しか書かれていないんだから、すぐに言えるでしょ? このノロマっ」

「ひっ!」


 マロンは注文を受けると、注文を通すために、こちらの方に向かってきた。


「どうよ? あんたなんかより、早く注文を取ってきたわよっ。これが先輩の力ってもんよ。ふんっ」


 マロンはそのままルイスの前を通り、厨房に受けた注文を通しに行った。ルイスの場合、トラブルもあり注文を受けるまで少し時間がかかったため、時間だけ見れば彼女の言うことは間違っていないのだが、メニューを選ぶのは客であって、担当するメイドは関係ないとルイスは思った。


「やっぱり同じ時期に入ったと言うこともあるのかしら? ライバル心からか彼女に相当嫌われてるわね」


 アップルが心配そうな表情でルイスに言った。


「チェリー、出番よ5番テーブルお願い」

「はいっ、わかりました」


 ルイスもお呼びがかかり接客のため観察をやめて、持ち場に向かった。



「さて、もうすぐ午前のステージが始まるわ。チェリーはまだステージに立てないから、後ろの方で私達のパフォーマンスを見学していてね」

「わかりました」


 それから少し時間が経過したところで、午前のステージイベントの時間となった。アップルはルイスに対して後ろの方で見学するようにと指示を出し、自分はスタッフルームに戻っていった。


「ふん、あんたも見学?」

「ええ、まあ。というマロンも見学なんでしょ?」


 ルイスの隣にはマロンが立っていた。パパイヤの指示で同じように見学するように言われたのだろうとルイスは思った。


「私は勉強よ。接客は嫌いだけど歌うのは嫌いじゃない」

「へぇ。そうなんだ」


 マロンの意外な言葉にルイスは驚いていた。そして準備が終わったアップル達がステージに立ち、歌と踊りのパフォーマンスが始まった。


「ふん♪ ふん♪」


 ステージイベントが始まってからは、それまで隣でうるさかったマロンが急に静かになり、歌のリズムに合わせて、鼻歌を交えながら体を動かしていた。


(本当に好きなんだ)


 いつもとは違うマロンの行動に、ルイスはステージを見るより、彼女の方に視線が向いてしまった。



「ありがとうございました。この後もゆっくりとおくつろぎくださーい」


 センターに立つパパイヤが盛り上がっている店内に向けて、大きな声をあげた。そしてステージに立つ5人のメイドが一斉に頭を下げてスタッフルームに戻っていった。その間、店内は大きな拍手でいっぱいになっていた。


「いつか私も、ステージに・・・」

「そうなるといいね」

「はっ! 無意識のうちに思っていたことが口にっ! くっ覚えておきなさいっ、この変態」


 マロンの独り言を聞かれたのが恥ずかしかったのか、彼女は顔を真っ赤にしてルイスの前から立ち去った。



「チェリー、私の言っていたこと聞いていた?」

「えっ?」


 ステージイベントを終えてルイスの前に戻ってきたチェリーの機嫌が悪かった。


「私はステージを見ているように言ったのだけれど? 隣にいたマロンの方をずっと見ていたでしょ?」

「あっ、それは・・・」


 アップルの言うとおり、ルイスは言いつけを守らず、マロンの方が気になりステージを見ていなかった。ステージ上からルイスの動きをしっかりとチェックされていたようだ。ルイスは自分に非があるので言い返すことはできなかった。


「まあ、マロンは可愛いからね。男の子なら思わず見とれてしまうのは仕方ないわね。でもできれば私の方を見てくれると嬉しいな」


 マロンは性格はアレだが、見た目はすごく可愛い。ルイスと同じ色の金髪で長い髪を両サイドで留めている。くりくりした目に青い瞳が印象的であった。


「そう言えばチェリーとマロンってどこか似ているわよね。どこって言われると困るけど何となくね。もしかして姉か妹とか?」

「うーん、私は一人っ子だから違うと思うけど」

「そうよね。姉か妹なら、あのような態度しないわよね」


 アップルの言葉に少し引っかかる点があったが、ルイスは一人っ子なのは確実で姉も妹もいない。その点に関しては隠す必要もないので正直に伝えた。


「まあいいわ。私の言うことを聞かなかった罰として、次のステージにはあなた1人で立って貰うわ」

「えーっ!」


 突然の宣告にルイスは驚きの声をあげた。



(どうしよう、どうしよう)


 ルイスはスタッフルームで悩んでいた。アップルより突然ステージに立つように言われ、何をしていいのかわからず、考え込んでいた。


「何あんた、この世の終わりでも来たような顔をしているの?」

「えっ? 何だマロンか」

「何だとは失礼ね。心配して声をかけてやったのに」


 マロンの予想外の態度にルイスは驚いていた。


「実は・・・」


 ルイスはマロンに午後のステージに立つように言われたことを伝えた。


「そうねぇ。あんた何か知っている歌とかないの?」

「そうだな・・・とか・・・とか・・・」

「もっ、もういいわ。あんたどんな生活環境で育っているのよ。私が知らない歌やタイトルだけは聞いたことあるものもあるじゃない」


 ルイスは王女の教育の一環として芸術関係も専門家が講師となり指導を受けていた。当然歌も多種多様なものを覚えさせられ、歌詞なども頭の中に叩き込んである。その過程で覚えた多くの歌を伝えるとマロンは目を丸くして驚いていた。


「そうだわ。1人で心細いのなら、私も一緒にステージに立ってあげるわ。でもこれはチーフやあんたの教育係のアップルには内緒ね。さっき言った歌の中で私が知っているものは・・・」


 マロンの独断で彼女はルイスと一緒にステージに立つことにしたようだ。1人であの場所に立つのは心細かったので、一緒に立ってくれると言った彼女のことをルイスは心強く感じた。ルイスの言った歌の中で、マロンも歌えるものを数曲リストアップし、次のステージで披露する段取りを2人で相談した。



「ルイス、そろそろ時間よ。話はみんなに通してあるから、お客さんを楽しませるように頑張ってきなさい」

「はい、それじゃ行ってきます」


 午後のステージが行われる時間が近づき、アップルがルイスに声を掛けてきた。そしてルイスは気合いを入れて、一旦スタッフルームに移動することにした。


「最初は冗談で言ったのだけれど、まさか本当にステージに立つことになるなんて。チェリー大丈夫かな?」


 最初マロンをずっと見ていたルイスに対し、自分を見てくれなかったことでモヤモヤした感情になり、思わず言ってしまったが、助けを求めて泣きついてくると予想していたが、その様子は全くなく、そのままの流れでステージに立つことになってしまった。仕方なくアップルは他の出演予定のメイド達に経緯を話し、ステージ脇に控えて貰い、何かあればすぐに交代できるように手配をしておいた。



「さて、今回は新人のメイドさんが頑張ってステージに立ちます。不慣れな点もあるとは思いますが、温かい目で見守って差し上げてくださーい」


 司会役のメイドが案内し、フロアにいた客の全員がステージの方に注目した。そしてスタッフルームから現れた2人のメイドに対し拍手が沸き起こった。


「あの子、姿が見えないと思ったらあんなところに」


 パパイヤがステージ上に立つマロンの姿を見て驚いていた。


「今回のステージイベントは、私達新人メイドのチェリ-とマロンが歌を披露します。皆さん聞いてください」


 ルイスが客に対し語りかけて、マロンとともに深く頭を下げた。

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