第17話 トイレの妖精さん
「昨日の夕食のときなんだが、寮母のアンナさんがおかしなことを言っていたんだ」
アランはルイスに昨日の夕食のときにあった出来事を話した。
「アンナさん、ルイスが疲れているから今日は食事はいらないそうです」
「そうかい。あの子体力なさそうだからね。兵科の授業は今日が初めてだったから、相当アーノルドにしごかれたのじゃないかい?」
「アンナさんは兵科担当のアーノルド先生のことを知っているんですか?」
寮母のアンナは兵科担当教師であるアーノルドのことを知っているようだ。どういう関係なのか気になったアランは興味本位で聞いてみた。
「聞きたいかい? 実は私が寮母の仕事に就いた頃に担当した寮に寮生として彼がいたんだよ。その頃は私はピッチピッチのギャルで、ブイブイ言わせてたんだよ。何がって? そりゃあんたの想像に任せるわ。あはははは」
昔を思い出し、懐かしそうな表情をしてアンナが答えた。
「まあそのことはいいわ。でね、当時の彼はちょうどルイスのようなヒョロヒョロっとした体型でさ、運動も全くダメだったんだが、今では鬼教官といわれるほどになってしまったのだからわからないもんだね。もしかしたらルイスも彼のように将来、ムキムキマッチョになるかもね」
「何かやだな」
アランはムキムキマッチョになったルイスが、ポージングをする姿を思い浮かべてしまった。
「まあでも、今でも女性の耐性がないのは変わらないが、昔は色仕掛けをしてからかったもんさ」
「アンナさんがそんなことをしていたなんて今では想像できませんね」
「アラン、あんたなかなか度胸あるわね。私にそんなことを面と向かっていった奴は久しぶりだよ」
ガシガシとアランの頭を掴みながらアンナは言った。
「まあ、そんな訳で彼とは昔からの知り合いなんさ。毎年、新入生は彼の洗礼を受けて、体力のない者は初日にバタンキューさ」
アンナが言うには、毎年何人かルイスのように初日で同じようにダウンする者がいるらしい。既に食堂の席が2人分を除き埋まっているところを見ると、今年の脱落はルイス1人のようであった。
「さて、食事の前にみんな聞いておくれ」
アランは自分の夕食を確保して席に座ると、アンナが寮生全員に向かって話しかけた。何事かと思い、皆がアンナに注目した。
「実はね。寮の掃除は私の仕事なんだが、誰か自主的に2階のトイレ掃除をしている者はいるかい?」
フルフル
アンナの質問に食堂にいる全員が首を横に振った。
「やはりそうだろうね。2階に住んでいる者に聞くが、誰か清掃作業をしている者を見かけたことはあるか?」
フルフル
アンナの質問におよそ半数のものが首を横に振った。寮は2階建てで、首を振らなかったものは1階に部屋がある者達だ。必要な設備は1階にあるため、2階に上がる必要がないので現場を見る機会がない。そのため当然の回答になる。
「あたしも長年寮母をやっているが、あそこまで綺麗に掃除するスキルなんてない。もしかして外部の者が入って何かをしている可能性もある。もしそう言う者を見かけたときは速やかに私に報告するように」
アンナは寮生全員に対して注意喚起を行った。
「1階と2階のトイレってそんなに違うのか?」
「さあ、俺は2階のしか使わないからな」
「俺は両方使ったことがあるが、1階はすごく汚いが、2階は綺麗で臭いもしないぞ」
「そうなのか」
アンナの話を聞いた寮生は近くに座っていた者同士で1階と2階のトイレについての話を始めた。
「まあ、誰もやっていないとなると、2階のトイレには妖精さんが住み着いたのかもしれないな。アハハハ。よし、話は以上だ。食べていいぞ」
アンナの言葉で、寮生は食事を始めた。
「おい、マジかよ。2階のトイレはこんなに綺麗なのか?」
「俺これから2階のトイレ使うわ」
「なんだよ、この違いは」
アンナの話を聞いた1階に住む寮生たちはゾロゾロと興味本位で2階のトイレを見に行った。日頃使用している1階トイレとの差を見せつけられた1階の住人達はかなりのショックを受けている様子だった。
「てな事があったんだ」
「そっ、ソウナンダ」
ルイスが快適空間を作るために軽い気持ちで行ったことが、1年生寮全体を巻き込んだ大事になってしまっていることに気が付いたルイスは驚いていた。だが、それを聞いても、あの臭い空間では満足に用を足すこともできないので、自重する気は全くなかったが、洗浄魔法を使う際は更に注意が必要だと感じた。
「おっと、それより朝飯だ。ルイス、仕度して食堂に向かおう」
「ああ、そうだな」
ルイスとアランは仕度をしてから食堂に向かった。
「おや、ルイス。あんたもう大丈夫なのかい?」
「アンナさん、心配をおかけしました。一晩寝たら元気になりました」
「若い子は回復が早くていいねぇ。私なんか運動したら数日は筋肉痛で苦しめられるよ。アハハハ。そんなルイスには特別に大盛りにしてやるよ」
「ありがとうございます。アンナさん」
アンナはルイスの皿にドサリと多めの朝食を盛り付けた。ちょうどお腹が空いていたのでルイスも増量された皿を見て食欲が増してきた。
「ルイスだけ特別扱いして貰ってズルいな。俺との量を比べてみろよ」
「量が全く違うね」
僅かな増量ではなく、見てわかるぐらいルイスとアランに盛られた朝食の量が異なっていた。食べ盛りのアランにとって、それはとても羨ましく感じたようだ。
「ふ~。食べた食べた」
「結構な量があったけど、よく入ったな」
ルイスはお腹が空いていたこともあり、多めの朝食を完食した。それを見ていたアランは驚いた様子で言った。
「でもお腹がパンパンじゃないか。ほら、まるでお腹の中に子供でもいるようだ」
「こっ、子供だなんて、いる訳ないじゃないか」
「そんなにムキになるなよ。軽い冗談だよ。それに男だとそんなことは起こるはずもないしな」
「そっ、そうだよ」
アランは冗談を言っているのがわかっていたが、命の誕生について冗談を言うことに何か腑に落ちないルイスであった。
「それじゃ学園に行きますかね」
「ああ」
食事を終えてから一旦部屋に戻り、学園で必要な物を用意し、2人は学園に向かった。時間割は昨日と同じで、商科、工科、昼休憩を挟み、農科、兵科の順になっている。ちなみに今日学園に行けば、翌日と翌々日は休みだ。まだ休日の予定は立てていないが、次の日が休みだと思うとなぜかテンションが上がってきた。
「ルイス、やっと昼休みだな。今日はどうする?」
「そうだな」
登校して、気が付けば午前の授業が終わっていた。昼休みに入ったところでアランがルイスに話しかけてきた。ルイスは既にどうするかを決めていた。
「昨日と同じメイド喫茶に行こうと思う」
「マジか? 昨日あれだけ嫌な思いをしたのに、また行く気になるなんて物好きだな。俺はパスだわ」
「そっか。一緒に行きたかったけど残念だよ」
今回、アランとは意見が分かれ、昼休みを別々に過ごすことになった。
「じゃあ、アラン。また後でね」
「ああ、あのメイドが担当にならないことを祈ってるよ」
アランと別れ、ルイスは学園を出てメイド喫茶「ヤオイオアシス」へ向かった。
「アランと行動することが多かったから、1人は少し寂しいな」
ルイスは移動途中、隣にいてくれたアランがいないことで少し寂しさを感じていた。だが、ルイスは今回単独行動をしてでも行こうという理由があった。昨日担当したマロンのことが気になったからだ。初日だから仕方ないとしても、いつまでもあのような接客をしていれば、間違いなく店の方からは不要と判断され辞めされられるだろう。なぜかルイスはそのことが気になり、自分の目で彼女が仕事に出ているか確かめたいという気持ちになっていた。
「お帰りなさいませ。御主人様。あっ、昨日はウチの者が大変失礼なことをしてしまい申し訳ありませんでした。また来店していただき光栄に存じます」
ヤオイオアシスに到着し、ルイスは店のドアを開けた。すると受付担当のメイドが挨拶をした。今日の受付担当は昨日チーフと呼ばれていたメイドであった。客がルイスだと知ると、真っ先に昨日のことを詫びてきた。
「えっと、今日はお1人なんですね」
「はい、今日は1人です」
「かしこまりました。ではお席の方に・・・」
「あっ、ちょっと待ってください」
席に案内しようとしたチーフをルイスが止めた。
「えっ? はい。何かお気づきの点でもございましたでしょうか?」
チーフはクレームだと思い、ビクッとした後身構えた。昨日のこともあり、何を言われても言い返せないのは理解していたので、警戒しながらルイスの言葉を待った。
「そんなに警戒しなくても大丈夫です。これを見せるのを忘れていただけです」
「あっ、名刺ですね。えっと、大丈夫みたいです。ではアップルが担当させていただきます」
チーフは名刺の提示だと知り、ホッとした様子だった。彼女は店内を見渡し、アップルが他の客の担当をしていないことを確認してからルイスを席に案内した。
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